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「生活者の視点」と建築家の視点が混ざりあう場はあるのか?  #0003

2020 5/20

生活者の視点 #0003

建築家という職業をやっている者の実感からすると、クロウトの間にだって批評なんてほとんどない。

クロウトの間にだってお互いについて意見を言う共通言語があるわけではなくて、建築家それぞれが小さく自己完結してしまっている。  

だから建築家だってかなりアキラメ気味です。

僕はこれは建築家側の単純な努力不足なんだと思います。

誰かがある建物について、あるときは手厳しく、たまには心強く、なにか言ってくれるのを待つ、あるいは受動的に待つだけではなく、積極的に自分をさらけだすってことは、とても困難なことですけど、これに対する努力がたぶん足りない。

でも、現状のあれこれを考えると、それは言うほど簡単ではないとも思います。  

要するに、そうした意見の行き交う場、その受け皿がないからです。

一般の雑誌は建築を必要以上に『ゲージュツ』の枠の中で扱いたがりますし、建築専門の雑誌はそのちっぽけな自己完結を開くものでは残念ながらぜんぜんない。

古井さんの言う「生活者の視点」と建築家の視点が混ざりあう場が、既存のメディアとしてないんだと思います。

なぜ専門家と素人は解り合えないのか

『ばか建築にマヒしてる風潮』 #0002 ~意見するのにプロも素人もないにも書いているように、専門家が「素人は黙れ」と恫喝するような雰囲気の中、ますます専門家 VS 素人の構図は深まっているような気がします。

建築にしても、建築の専門家がいつも絶対的に正しい訳ではなく、素人が感じる違和感の方がもっと本質を突いていたりしますし、そこで謙虚になれるか否かの違いが、学術の発展の分かれ目ではないでしょうか。

本来、ネットの掲示板というのは、『ばかけんちく談話室』のように、肩書きや年代の違いを超えて、いろんな人が活発に議論できることを期待して開かれたものでした。

当初は期待通りに機能して、知的好奇心の刺激される場所でもあったのですが、やはり匿名性が災いして、書き込みもどんどん先鋭化し、結局、「素人は黙れ」のマウンティング大会で終わってしまった場所が多いと思います。もっとも、実名主義のSNSでも、まったく噛み合わない議論は多数存在しますが。(むしろ、肩書きによるマウンティングは強化された感じ)

ここから言えることは、多くの場合、交換日記的な議論は長続きしないという点でしょう。

議論というのは、声色や表情など、言葉だけでは読み取れない相手の反応も考慮して交えないと、些細なことで感情を激したり、誤解を招いたり、ろくなことがありません。

そして、多くの場合、人は自分の立場を守る為に正当性を主張しますから、真の意味で、自省や考察、学術的探求には繋がりにくいんですね。

上記の「Hさん(建築設計)」の言う、『そうした意見の行き交う場、その受け皿がないからです』という主張はまったくその通りで、意識的に作り出さない風潮もあるのではないでしょうか。

なぜなら、議論が盛んになり、有能な素人が次々に意見を言うようになれば、専門家の立場も揺らいでしまうからです。

ある意味、専門家の妙なこだわりが、逆に学術の硬直化を招いているというのも皮肉ですけど、それはマウンティング合戦になりやすいネット議論においては、いっそう顕著であるような気がします。

生活者の視点

ばかけんちく談話室について

『ばかけんちく談話室』は、1995-2007年にかけて古井亮太氏が運営されていた『ばかけんちく探偵団』に設置されていた掲示板です。 詳細は「ばかけんちく談話室について」をお読みください。
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