ばかけんちく談話室 

生活者の視点で考える建築 ユーザー第一か、デザインか  #0006

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ダメなものはもちろんダメ

特に「建築家」を背負ってるつもりはないのだけど、機能云々について少しだけ。

大前提として、雨漏り云々とか機能的な配慮が足りないとか、そういうのは、生活者の視点からであれ、建築家の視点からであれ、そんなもの全然ダメな建築ですよ。

当たり前ですけど、それはどんな視点から見たってダメな建築だし、はっきりと建築家の失敗です。

そんなことも解決できない建築家なんか、犬にでも喰わせればいい。

建築家だからといって、そんなこと些細なことだと思っているわけでは全然ない。

ただ、それだけだと話がちょっと単純すぎるかもしれません。

というのも、極端な例を挙げれば、雨漏りを防ぐために使い勝手が犠牲になるとか、使い勝手を優先させたがために雨漏りの危険が大きくなるとか、そういう場合だってあるからです。

もちろん、両方うまく解決するのが当たり前と言えばその通りですけど、時には背に腹はかえられないっていう状況もあり得ます。

そうした場合に、建築家はどっちをとるか、いずれにしろ文句を言われるのは覚悟の上で、選択せねばならないときもあります。

そういう場合には、機能を配慮していないと簡単にいうことはできないとも思います。

もちろん、単純に建築家の不勉強ってことが多いというのは、実感としては僕もわかりますし、これはいかにもひどいなぁって思うこともしばしばですけど、一般論としてはそう簡単に言えないかな、とも思うのです。云々。

民意か、自己表現か 公共の芸術としての建築 ~デザインに現れるエゴと野心にも書いているように、建築は『公共の芸術』としてが側面が大きく、自分がピンク色が好きだからといって、全面、ピンク色のアパートを建てるわけにはいきません。足の悪いおばあさんが暮らす家で、「エントランスも二階にある方がお洒落だ」と、わざわざ階段を二十段も上がってアクセスしなければならない上階に玄関を作るのも、良心的とは言えません。たとえ外観が美術的に素晴らしくても、です。

建築はユーザーファーストの芸術であり、使う人への配慮なくして成り立たちません。

『民意(公共)か、自己表現か』の言葉通り、「ユーザーのこうして欲しい」と「自分はこう表現したい」の狭間で、とことん苦しむ世界だと思います。

だからこそ、ユーザーと折り合って、公共性の高い作品が実現すれば、冥利に尽きるのですが。

人間のことですから、人並み以上に善良である必要もないですが、公共の芸術を手掛けるからには、他のどんな分野よりも社会性の高い専門家であって欲しいと願うのは、要求が過ぎるでしょうか。

絵画と音楽と違って、建物は簡単に作り替えできませんし、一度、建ってしまえば、外観だけでなく、人の動線や暮らしぶりまで大きく変えてしまいます。

だからこそ、公共の芸術の担い手には、それにふさわしい責任感をもって欲しいし、葛藤の中に己の芸術が花開くからこそ美しいのではないかと思ったりします。

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闘う建築家と公共の芸術

『ダメなものはもちろんダメ』 #0006

『ばかけんちく談話室』は、1995-2007年にかけて、古井亮太氏が運営されていた『ばかけんちく探偵団』に設置されていた掲示板です。詳細は「ばかけんちく談話室について」をお読みください。
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