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『王様は裸だ』と言える社会 一般人の違和感が真実を突くこともある #0094

#0094 「ばか」に対する考え方

はじめまして、はじめて投稿させてもらいます。

いつもこのページで爆笑させてもらってます。さて、いきなり本題ですが「ばか」とは、いたいどうゆうことなのでしょうか、何を基準としてるのでしょうか。みなさんはどうも自分自身または、一般的な価値観(常識)で理解できないものを頭ごなしに否定して「ばか」と称している、つまり単にバカにしているように感じました。本当に「ばか」を純粋に感心し笑っているのか疑問です。自分または、ひととは違う価値観を持つ人の物のとらえかたは、面白いじゃないですか。世の中少しくらい「ばか」がいてもいいじゃないですか。

そもそも建築とは無意味な人の存在にあえて意味をみつけ文化を形成しそしてそこから産みだされたもの。素直に爆笑しましょう。
        
この考え方にたいする意見待ってます。
(ここにメルアドが記載されていました)

みなさんはどうも自分自身または、一般的な価値観(常識)で理解できないものを頭ごなしに否定して「ばか」と称している

「ばか」という言葉は難しいです。

大阪では「ばか」より「アホ」の方がマイルドで、「アホ」の中には「可愛いやつ」というニュアンスが含まれますが、東京で「アホ」と言われると、本当にバカにされたように感じ、不快に感じる人の方が圧倒的に多い、という話を聞きます。逆に、大阪で「ばか」と言われることは、「救いようがないほど愚か」というニュアンスがあり、東京人が気軽に「ばかだね~」と言うのとは相反すると。

何にせよ、「ばか」でも「アホ」でも、他人に言われて気持ちのいい言葉でないのは確かで、たとえ使っている本人が愛情を込めたつもりでも、「ばか」と言われた方は不快に感じるのは当然でしょう。「ばかけんちく」という言葉も、このコミュニティでは「愛すべきばか」の意味で使われていますが、万人に通じるギャグでないのは確かです。

しかし、表現の仕方が何であれ、「何故、ばかにされるのか」という問いかけは大事だと思います。

作り手には申し訳ないけれど、人が「ばか」っぽく感じるのには理由があり、それが本当に受け手の無知・無教養によるものか、否かは、誰にも判定できないんですね。

たとえば、私はスターウォーズ新シリーズ(21世紀版)は、もう観ていません。私にとって、スターウォーズといえば、ルーク・スカイウォーカーの冒険譚なので、エピソードⅠ~Ⅲのアナキン(ダースベーダー)の物語に付き合うのが精一杯でした。あの取って付けたようなエピソードも、決して満足いくものではありません。はっきり言って、新シリーズは作らないで欲しかった。ダークサイドに堕ちるのが、あんな動機なら、最初から観る側の想像に任せてくれた方がよかったというのが正直な気持ちです。まして、その後に続く、21世紀版の新シリーズは言わずもがな、です。

しかし、21世紀になってからファンになった人は、「あれがいいんだ」と思うだろうし、支持する人と、支持できない人の差は何かと問われたら、単に嗜好の問題で、決して、無知・無教養が原因ではありません。単純に、『分かる人が上等、分からない人は無知』と決め付けることはできませんし、賛成派、否定派、それぞれの真摯な想いは尊重されるべきです。

しかしながら、否定派の意見の中には、問題の本質に迫る指摘もあり、「否定派の意見は気に食わない」と単純に無視していいものではないと思うんですね。

たとえば、私が最大のミステイクと思うのは、若き日のアナキンの描き方なのです。パドメを愛するあまり……という動機は理解できるけども、愛や恋の話ではなく、もう少し、自由同盟軍やジェダイ評議会に対する政治的、あるいは哲学的齟齬というものをしっかり描いて欲しかったんですね。そうでなければ、ジェダイを裏切り、ダークサイドに堕ちてでも、帝国軍に寝返ったアナキン=ダースベイダーの行動に納得がいかないからです。あのエピソードの描き方を見ていると、単にジェダイ評議会から仲間外れにされ、オビ=ワンに叱られて、拗ねて、皇帝側に付いた「こじらせ」にしか思えないからです。ダースベイダーを悪の枢機卿として描くならば、彼なりの政治的理念や人類社会の展望を前面に出して、「なぜジェダイより、帝国軍なのか」という動機をはっきり示しませんと、ただの『青春期の恨み』にしか見えません。

このように考える旧シリーズのファンは私だけではなく、同様の印象をもっている人は少なくないのですよ。

夢をぶち壊したとまでは言いませんが、同じ新シリーズを作るなら、もう少し、脚本を練って欲しかった、と。

そして、このような意見は、「新シリーズの魅力を理解できない人の戯言だ」「作り手をばかにしている」と非難されるべきでしょうか。

私はそうは思いません。私一人が捻くれて抗議しているならともかく、新シリーズに違和感を抱くオールドファンは世界中に少なからずいます。

もしかしたら、新規ファンよりも、旧シリーズの魅力に精通しているからこそ、新シリーズにも辛辣な目を向けずにいられないのです。

しかし、そうした違和感も、「作り手をばかにしている」で全否定してしまったら、批評も成り立たないし、潜在的に存在する問題を見落とし、悪い方に、悪い方に、転がっていく原因にもなりかねません。

シリーズが長期化するほど話もだらけて、ファンの気持ちが離れていくのも、作り手が慢心して、旧ファンの指摘や違和感を無視するからではないでしょうか。

『ばかけんちく』もそれと同じで、多くの人が「なんだかなぁ……」と違和感を覚えるのには、それなりに理由があります。

どれほど専門家の間で絶賛されても、おかしなものはおかしいし、美しくないものは美しくないのですよ。

それを「素人にはこの建物の美しさが分からないからだ」で切り捨てられたら、批評文化も失われるし、問題の改善や技術の進歩も止まってしまいますよね。

確かに、物事を正しく批評するには、それ相応のスキルや知識が不可欠ですが、一般人が感じる「おかしさ」もまた真実を突いている部分があります。

さながら無知で無邪気な子供が「王様は裸だ」と直言するように。

王様にとって、「王様は裸だ」と笑いものにする子供の存在は、甚だ目障りかもしれませんが、この社会から「王様は裸だ」と言える人間がなくなったら、王国は欺瞞と世辞と慢心に満ち溢れ、改革も、進歩もなく、そこで終わってしまうのです。

この意見に対する管理人・古井さんのレスはこちらです。
Re:「ばか」にたいする考え方 ~誤解と表現の難しさ・管理人はツライよ #0095

「ばか」にたいする考え方 #0094

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『ばかけんちく談話室』は、1995-2007年にかけて古井亮太氏が運営されていた『ばかけんちく探偵団』に設置されていた掲示板です。 詳細は「ばかけんちく談話室について」をお読みください。