新しい価値観を受け入れることが人生を変える

目次

【心のコラム】 自分を信じる アイデアを信じる

誰もが知っていそうで、実は、まったく理解してないこと。それは「自信をもつ」という事ではないでしょうか。

とりわけ若いうちは何をやっても不安で、こうしろと言われても反発や疑念が先に立ち、ぐずぐず迷っている人が少なくないと思います。

本作の主人公であるヴァルターも、なかなかのアイデアマンで、人並み外れた行動力があるにもかかわらず、自分に自信が持てず、のらりくらりと目の前の問題から目を反らそうとします。

彼の胸の奥に秘められた『リング』というアイデアを知るアルと恋人のリズは、なんとか彼の口からそれを引き出し、その気にさせようとしますが、コンプレックスの固まりで、自分の能力が信じられないヴァルターはどこか逃げ腰で、本気で取り組もうとしません。

自分自身で信じられないものは、どれほどアイデア自体に価値があっても、存在しないのと同然です。

そんな彼に、彼を見出したアル・マクダエルが、上司として、また未来の義父として、最後の助言をするのが、この場面です。

反発で始まった関係ですが、誰よりも彼の可能性を信じているのは、アル自身なのです。

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【小説の抜粋】 自分を信じる大切さ

ウェストフィリア探鉱と初期の海洋開発に関する疑義をめぐる公聴会は、ヴァルターの中立公正な証言が好感をもって受け入れられ、一部の疑惑を晴らすことに成功する。
一方、MIGは、創業始まって以来の大変革の時を迎え、アル・マクダエルの進退に関する衝撃的なニュースが駆け巡る。
再び世間の騒動の中、アルはヴァルターを自宅に招き、最後の助言をする。

このパートは『海洋小説『曙光』(第五章・指輪)』の抜粋です。 作品詳細と無料サンプルはこちら

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リビングの引き戸を開けると、波打ち際にぽつんと座っているアル・マクダエルの姿が目に入った。

夕陽が海を黄金色に染め、波音が砂浜にやさしく響き渡っている。

彼を掬い上げてくれた人は、ようやく全ての戦いを終えたように背中を小さく丸め、じっと海の彼方を見つめていた。

彼の気配に気付くと、アルは少し振り返り、「まあ、座れ」と促した。彼はアルの隣におずおずと腰を下ろすと、同じ海の彼方を見つめた。

あまりにいろんな出来事があり過ぎて、今は何を口にすればいいのか分からない。いざ本人を目の前にすれば、あれも言おう、これも訊きたいと考えていたことは頭からすっぽり抜け落ち、ただただ懐かしい温もりがあるだけだ。

繰り返す波の音を聞きながら、じっと押し黙っていると、

「ずっと長いこと、放ったらかしで悪かったね」
とアルが優しい口調で言った。

「もっと早く呼ぶつもりだったが、会議や要務でどうしても手が離せなかった」

「子供じゃあるまいし。放ったらかされて拗ねるほど狭量でもない」

アルは顔半分で苦笑しながら「そうか」と答えた。

「年が明けてから、毎日のように重要な取り決めをしていた。判断を曇らせないようにするにも気根が要る。だから、お前とも距離を置いていた。決してぞんざいにするつもりはなかった」

「悪気がないのは分かってる。ただ、いろいろ不安だった。分からないことだらけで、自分の考えにも自信が持てなくて」

「わしに聞かなくても、既にお前には分かっているはずだ。不安というなら、誰もが不安だ。わしでさえ、大事を前にすれば心が揺らぐことがある。人に尋ねたところで、百パーセント正しい答えが返ってくるわけでなし。真っ当な答えを得たところで、全てが上手くいくとも限らない。本当にこれで良かったのか、きっと死の前日まで自問自答し続ける。大事なのは行動することだ。正しい思想も、行動しなければ、ただの夢想に過ぎない。そして、お前には行動力がある。考える力も、豊かな感性も。正答が見えなくても、何かが心に訪れたら、迷わずにやってみろ。お前なら無茶はしない。そうだろう?」

「それは分かるが、もし間違いだったら自分も周りも不幸にする。中には取り返しのつかない過ちもあるだろう。俺はあんたみたいに利口じゃないし、キャリアも資本もない。それが分かるから、時々、決断するのが恐ろしくなる。何かとてつもない渦に巻き込まれそうな気がして」

「己の無知を自覚することは未熟とは言わない。物事に慎重なのも同様だ。本当に未熟な人間は、自分の愚について考えもしない。物事が思うように運ばないのを、首をひねって不思議がるだけだ。何をそんなに迷うことがある? 海洋情報ネットワークも、深海調査の実況も、誰に指示されなくても、あそこまで出来たじゃないか。後は腰を据えて掛かるだけだ。地に足を着けて、責任を負う身になれば、何が正解だの、間違いだのと言っておれなくなる」

彼は俯き、幸運というなら、この人に拾われたことだと痛感した。さながら海底の鉱物資源みたいに――。

「オキタ社長が言っていた。お前は新しい価値観を恐れているだけだと」

「新しい価値観?」

「そうだ。目の前に、今まで考えもしなかった生き方や価値観が開けている。これこそ我が運命と直感しても、今までとあまりに違いすぎて、どう受け止めていいのか分からなくなるんだ。そういう時は、今まで無意味だ、無価値だと決めつけてきた事への見方を改め、別の可能性について考えてみる。あるいは、大事だ、不可欠だと抱え込んできたものを、思い切って手放してみる。一口に言えば、頭の切り替えだ。同じ考えに留まっても、新たな道筋は見えてこない」

「同じことをエヴァにも言われた。幸せになるということは、新しい考え方を受け入れることだと」

「その通りだ。事業だって、時には思いきった改革をやる。先代の時は通じても、現代の事情には全くそぐわない業務もあるからだ。そんな時に、かちこちの頭で旧来のやり方にしがみついても、無駄な出費がかさんで、社員もやる気をなくすだけだろう。時には他人の助言に従い、否定的に見てきた事にもチャレンジする。自分ではこんなサービスは無駄だと感じても、若い者から見れば、今はこれがトレンドですよ、という事もある。日々勉強、日々反省、毎日がノートの書き換えだ。心と頭が膠着していては、再起や成長の機会も逃してしまう。新しい価値観を受け入れることは、これまで培ってきたノウハウを白紙に戻し、プライドを傷つけることもあるが、それを消化することで新しい扉も開く。信念を固持するのも大事だが、ここぞという時に方向転換できる勇気や柔軟性も同じぐらい大事だぞ」

彼はじっと海の彼方を見つめ、いまだ断ち切れぬ帰郷の念を浮かべた。それは本当に今為すべきことなのか、それともエヴァやマックスの言う通り、ただの郷愁に過ぎないのか。

そんな彼の迷いを汲むようにアルは言う。

「年末の退任を機に、MIGとエンタープライズ社も徐々に経営体制を改変し、事業の見直しを図る予定だ。お前にも責任ある仕事を任せようと考えたが、そうしなかった。お前には一人の市民として、公正な立場で活躍してもらいたいからだ。なまじポジションや肩書きを与えるより、自分で一から切り開いて掴んだものの方が、どれほど自信と誇りに繋がるかしれない。『あれはアル・マクダエルの飼い犬』などと誰に言わせるものか。だからお前も死に物狂いでやれ。力の及ばぬところはリズが助けてくれる。その為に、今日まで様々な会合に顔を出し、外交術を磨いてきた。運の風が吹けば、小さな船も満帆で進むはずだ」

「あんた、本当に平気なのかい? 俺みたいなのが彼女と一緒になって」

「金持ちだろうが、聖人君子だろうが、いつかは飽きるし、喧嘩もする。それより、娘はお前と一緒に居ると心が安らぐという。話しても楽しいし、孤独や辛苦も思いやってくれると。父親にも与えられないものをお前が十分に与えてくれるとしたら、それに勝る財産はない。あとは仕事、そうだろう?」

彼は頷き、「一日も早く、何とかする」と約束した。

「ローランド島はどうだった。何か出来そうかね」

「正直、俺にはペネロペ湾のアイデアコンペの意義が見えない。ペネロペ湾周辺が潤えば、その利益が全体に還元されるという理屈も分かるけど、でも、その前にやるべき事があるんじゃないか」

「どんな風に」

「郷土だよ。アステリアには社会の基礎となる十分な土地がない。鉱物資源、新規産業、学術、観光、様々な可能性を秘めながら、その担い手となる人々の暮らしを支える礎がないんだ。あんたも知ってるだろう。サマーヴィルでは安価な集合住宅にも入居できない人たちが水上ハウスに暮らしている。安全性も確立されていない改造ムーバブルハウスだ。ネーデルラントでもボートハウスに暮らす人は少なくないが、自分で望んで水上に暮らすのと、用地不足からやむなく水上に居を構えるのでは訳が違う。あんなコンテナを繋ぎ合わせたような水上コロニーで何年、何十年と、どうやって生きていくんだ? ペネロペ湾では富裕層向けの高級住宅や豪華なレジャー施設が次々に建設され、居住に適した平地も全て商業地にあてられているが、それは本末転倒じゃないか。俺はネーデルラントに生まれ育って、その地に生きる人々が自らの手で国土を建設する意義を肌で知っているから、余計に疑問を感じずにいない。今後ますます産業が栄え、企業が利益を上げるのは結構なことなんだろうが、それを支える人々の基盤なくして真の社会の発展など有り得ない。この海の星に、十年、二十年で腐食し、老朽化するような海上施設を作って何になる? まして一部の恵まれた層だけを対象に立派な建物をこしらえて、誰が救われる? 本当に必要なのは共同体の基礎となる郷土だ。百年、二百年と社会を支える、安全で緑豊かな大地だよ」

「だが、このアステリアに十分な用地を確保するのは至難の業だぞ。ローレンシア島にはまだかなりの余裕があるが、ローランド島は面積の八十パーセントが山地で占められた岩石島だ。あと数カ所、湾岸整備するので精一杯だろう」

「だが、絶対的に不可能でもない」

「いい方法があるのか?」

「海を干拓するんだ。ダムで仕切って、内部の海水をドライアップする」

「それは河口や内湾を埋め立てるのかね」

「そうじゃない。直径十五キロメートルの円環の二重ダムで仕切るんだ。地盤が強固で、浅海であれば、海岸から離れた沖合でも作れる。高さ数十メートルの鋼製ケーソンを約四八〇個、連続的に建造する能力と、これを海底に固定する技術があれば、数十万人が暮らす用地を一気に創出できる」

「だが、それほどの規模なら建設費も数兆エルクは下らないだろう。それはどうやって工面するね? 必要な人材は? 設備は? 高さ数十メートルの鋼製ケーソンを四八〇個も建造するなら、膨大な鋼材が必要だぞ。それはどこから入手する?」

「そこまでは……」

「『分からない』で済まさず、とことん考えてはどうだ。わしだって、採鉱プラットフォームの構想を描き始めた頃は全くの白紙だった。いくらMIGという後ろ盾があっても、数十億の資金を一夜で調達できるわけじゃなし、産業省の許可を得るにも何十もの手続きを必要とする。人材も然りだ。プラットフォームの設計図も、自分では一枚も描けないし、油圧うんぬんと言われても解らぬこともある。それでも成そう、成さねばならぬ、その気迫で考え抜いた。もちろん、わし一人の実力ではない。ダナも知力の限りを尽くしたし、両親も資金繰りや政治面で粉骨してくれた。それ以外にも手助けしてくれた者は大勢いる。それはさながら、真っ白なキャンバスに一本、一本、線を引き、鉄材を組み上げるが如くだった。最初からお膳立てされた新規事業など有りはしない。個人、大企業に関わらず、新規に事を成そうとする者は、すべからく同じ辛苦を味わう。成否を決める要素は様々だが、全てに共通するのは粘り強さだ。考えて、考えて、考え抜いて、様々な障壁を乗り越えた者だけが目標を達成することができる。最初から腰砕けでは、どんな優れたアイデアを日の目を見ることはない」

「突飛で、非現実的なアイデアでも?」

「だから、まずは実現への道を模索するんだよ。その為の勉強であり、人脈だ」

「模索……」

「そうだ。どんな小さな商品も、最初は企画を立てるところから始まる。途中で不可能と分かれば、机上で撤回すればいいだけの話だ。その為に勉強したことは決して無駄にはならない。何年、何十年経ってから、何かで役立つ日も来る」

「確かに、机上で考える分は無料(タダ)だね」

「もっと自分を信じろ。自分で信じられないものを、誰が信じてくれる? 自身のアイデアの価値を見出すのも自分なら、形にするのも自分自身だ。誰かが代わりにやってくれるわけでは断じてない。そして、ひと度、生涯のテーマと定めたら、ぶれず、迷わず、やり通せ。日々積み上げれば、必要な技術や資金は必ず後から付いてくる。一に信念、二に気概、そこに知恵や人徳や行動力が備わって、初めて大事を成す機運が開ける」

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【リファレンス】 まずは考えてみる

デザインとは精神の具象 アイデアの対極は『無』にも書いていますが、どんな建築パースも興味深いものです。この動画に紹介されている「11の未来都市のデザイン」も、到底実作できそうにありませんが、多くの示唆に富んでいます。大切なのは、何をどのように考え、どう形に表すか、そこに「こうあるべき」という制約はありません。私たちは自由な観念の中で、何をどう表現してもいいし、どんな可能性を夢見てもいいのです。

しかし、どれほど優れたアイデアも、絵に描いて、提示しないことには始まりません。

恥ずかしいから、自信がないから、と、ずっと胸の中にもっていても、何の意味もないのです。

アイデアや思想を表明することは、時に嘲笑や批判の的となるかもしれませんが、それでも私たちは挑まねばなりません。

なぜなら、それが生きた証であり、意思もった人間である所以だからです。

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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