深海で潜水艇にトラブルが起きたらどうなる?

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【小説の抜粋】 もし潜水艇で事故が起きたら

採鉱プラットフォームの接続ミッションを前に、潜水艇パイロットのヴァルター・フォーゲルは、当日、アシスタントを務める大学生のエイドリアンと耐圧殻で打ち合わせを行う。

アシスタントが「大学生」と聞いて、最初は猛反発したヴァルターだが、僻地で生まれ育ち、勉学でも恋でも出遅れたエイドリアンの複雑な心中を知ると、少しずつ心を通わせるようになる。

しかし、潜水艇パイロットとしては、ほとんど経験のないエイドリアンを相手に、どうやってミッションを遂行すればいいのか。

一抹の不安を覚えながらも、エイドリアンに心構えをレクチャーする。

このパートは『海洋小説『曙光』(第二章・採鉱プラットフォーム)』の抜粋です。 作品詳細はこちら

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「十分後に行くから、先にプロテウスに乗ってろ、って」

「それはどうも」

エイドリアンは勝手知ったる風にタイヤ付きの白い梯子を船体に付けると、すたすたと船体上部に上がった。

久しぶりに耐圧殻の中に入ると、機械臭とカーペットのすえた臭いが鼻をつく。何度乗ってもこの臭いには馴れないが、それもあと一度きり。接続ミッションが終われば、プロテウスを目にすることもない。 

メインの操縦席に座り、自分なりに計器を確認し、コンソールをいじっていると、後ろでかたりと音がし、ヴァルターが顔を覗かせた。

エイドリアンは決まり悪そうに席を離れたが、

「お前がそこに座っていても、俺はちっとも構わないよ」

ヴァルターはやさしい口調で言った。

だが、エイドリアンは気兼ねするように操縦席を降ると、左側の床に腰を下ろした。

ヴァルターはそれ以上は言わず、メインの操縦席に腰を掛けると、

「接続ミッションの段取りについて、二、三、確認したいことがある。お前、船体保持はしたことがあるか?」

「ええ。レビンソンさんに教わりました。海上から座標を指示されたら、自動操縦システムにロードして、定位置に保持できます。位置確認の仕方も」

「そうじゃなくて、俺が無人機を操縦している間、深海流に影響されることなく、船体の向きや深度を一定に保てるか、と聞いているんだ。あの辺りは、突然、不規則に流れが変わることがある。俺は一度も潜ってないから体感的に分からないが、レビンソンが残したメモにはその時の状況が詳しく綴られていた。もしかしたら、今度のミッションでも、『右に、左に、流されるような』不規則な深海流に遭遇するかもしれない」

「船体保持なら、ある程度、自信があります。もっとも僕の操舵経験は海上の船舶が大半で、潜水艇とはかなり感覚が違いますが、潮流の激しい沖合や悪天候での操舵もそれなりに経験してますから、応用は利きますよ」

「じゃあ、緊急時の訓練は?」

「緊急時?」

「万一、潜水艇が浮上できなくて、水深三〇〇〇メートルの海底に沈没した場合の話だよ」

「……」

「お前、そんなことは絶対にあり得ない、なんて思ってるわけじゃないだろうね」

エイドリアンが答えられずにいると、彼は訳知り顔で答えた。

「まあ、プロテウスの事故で死ぬとしたら、火災で発生した有毒ガスか、自分たちの吐き出した二酸化炭素が耐圧殻に貯留して中毒死する可能性が一番高い。突然、耐圧殻が破裂してペシャンコになるとか、緊急浮上する際に急激な圧力変化によって身体が内側から爆発するとか、B級パニック映画のような事態には絶対にならないが、意識がある中での中毒死はものすごく辛いだろうよ」

「……変なことを言うのは止めてくださいよ」

「変なことじゃないさ。俺はあり得る話をしてるんだ。潜水艇に乗るからには、それぐらい覚悟してるだろ? 命が惜しいなら止めとけよ」

「あなた、惜しくないんですか?」

「惜しいとか、惜しくないとかの問題じゃない。自分のプロフェッションだ。いざとなれば火の中にも飛び込む消防士と同じだよ」

「……」

「お前を脅かすわけじゃないけれど、今回の潜航に関しては、何も無いよりは、何か有る確率の方が高い。理由は二つ。俺はこの海に潜るのは初めてで、しかも一年五ヶ月のブランクがある。おまけに海洋調査ではなく、海中での接続作業がメインだ。何事も百パーセントの保証は出来ない。今更、こんなことを言うのもなんだが、出来れば、俺一人で行きたいような気もする。そうすれば、少なくともお前を巻き添えにせずにすむ。なんと言っても学生だし、ミス・マクダエルとも幸せになりたいだろう? 両方の身に何か有ったら、それこそ彼女が立ち直れなくなるじゃないか」

「……それ、本心ですか?」

「俺が嘘を言うと思うか?」

エイドリアンは怪訝な顔をしていたが、

「僕、今度の日曜日にミス・マクダエルと海に行くんです。ミッションが終わったら、すぐにトリヴィアに戻らないといけないので、その前の思い出作りです」

「いいじゃないか。楽しんでこいよ」

「水上バイクに乗せてあげる約束をしてるんです。僕、けっこう上手いんですよ」

「そうだろうね」

「沖合から北西側の海岸を見ると、とても綺麗なんです。特に、日の暮れが……」

「それはいいけど、ちゃんとライフジャケットやウェットスーツを着けろよ」

【リファレンス】 海洋パニック映画

深海における潜水艇の事故といえば、多くの人は「酸欠」を連想すると思いますが、実際には、人が吐き出す二酸化炭素の充満によって中毒死するのが先とのことです。酸素欠乏が要因ではないんですね。

私も最初、「酸欠」と思って、そのように記述していたのですが、Kindle版のリリース後、JAMSTECの西村さんに内容確認して頂いた時に、そのように指摘を受けました。

『しんかい6500』の耐圧殻も、直径2メートルほどの大きさしかありませんが、内部でかなりスペースを取っているのが二酸化炭素の吸着剤です。

私はてっきり大量の酸素を搭載していると想像していましたが、2018年に訪問した際、その事を確認しました。緊急時には、酸素の補給よりも、二酸化炭素の吸着の方が重要なんですって。

多分、一般人が想像するのは、こういう展開だと思うんですよ ↓

気圧の急激な変化で、人間の身体が爆発する場面です。

でも、こういうことは、絶対に有り得ないそうです。

「えー、爆発しないんですかー?」とJAMSTECの専門家に質問していた私はごく普通の一般人です^^;

※ グロテスクなので、流血シーンが苦手な方はご注意下さい。
仲間を見捨てて、我先に脱出ポットで逃げ出した卑怯者は、必ず報いを受けるという、お決まりのパターンですね^^

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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