対立する二つの海洋都市のアイデアと庶民の不安 全ての人に分かりやすく

対立する二つの海洋都市のアイデアと庶民の不安 全ての人に分かりやすく

対立する二つの海洋都市のアイデアと庶民の不安 全ての人に分かりやすく

全ての人に分かりやすく

どれほど素晴らしいアイデアやコンセプトも、大勢に伝わらなければ意味がありません。
提示する側は、全てを知り尽くしていますから、「この程度で分かるだろう、分からない方がおかしい」と思いがちですが、聞く側の予備知識はほとんどゼロですから、それを前提に話さなければなりません。説明会は知識の披露の場ではなく、理解と協力を促す場だからです。(一般ユーザーに説明する プロジェクト・マネジメントと大衆の理解

『パラディオン』という巨大な海上都市の建設プロジェクトが推し進められる中、ヴァルターは、公共性や耐久性の観点から干拓型の海洋都市『リング』を対案として提示します。自身では分かりやすいアイデアと思っていましたが、外部の人と話して、そうではないことに気付きます。
リングの価値をアピールし、パラディオン計画を阻止するには、大勢の理解を得なければなりません。
「全ての人に分かりやすく」が勝敗を決する鍵となります。

このパートは海洋小説『曙光』(第六章・断崖)の抜粋です。
詳しくは作品概要、もしくはタイトル一覧をご参照下さい。
WEBに掲載している抜粋は改訂前のものです。内容に大きな変更はなく、細部の表現のみ訂正しています。

【あらすじ】 対案として大衆に理解されるのか

ペネロペ湾周辺では、海上のヴェニスと称えられる壮麗な海上都市『パラディオン』の建設計画が急ピッチで進められていたが、水上コロニーの火災を機に、世論はパラディオン懐疑論に一気に傾く。不安に揺れる住民の為にも、パラディオンの対案として『リング』を提示することを決心したヴァルターは、周囲の協力を得てプロジェクトを練り上げていく。
そんな最中、海洋開発に関する講義で小学校を訪れた彼は、女性教師の言葉から、「全ての人に分かりやすく」の重要性に気付く。

【小説の抜粋】 二つの海洋都市 共感を得る為の工夫

ヴァルターはポートプレミエルにある小学校で『海洋開発と国土の創造』というテーマで講義を行った。

彼に声をかけた女性教師は、ウェストフィリア実況に感銘を受けたという。その後、オーシャン・ポータルで彼のことを知り、今、ローランド島でも問題になっている土地や住宅問題も含めて、子供たちに分かりやすく説明して欲しいと申し出た。

全体構想の提出期限も間近に迫り、今は少しでも仕上げに時間をかけたいところだが、小学生を相手に説明するのも良い練習になると考え、快諾した。教室には九歳から十二歳の三十五名の児童が集まり、カーネリアンⅡ号やプロテウスの写真、メテオラ海丘の海底に生息する『虫(ワーム)』の動画などに熱心に見入った。

続いて、巨大な締切り堤防(アフシユライトダイク)によって作り出された内海と干拓地、道路より高い所を流れる運河と排水設備、潮位によって開閉する可動式堤防などを紹介し、「社会の基盤は土地だよ」と強調した。

「君たちが住む家も、野菜や果物の育つ畑も、道路も、工場も、すべて土地に築かれる。その礎となるものが、ちょっと雨が降っただけで土砂が崩れたり、川の水が氾濫したり、道路が傷んでしまうようでは、とても安心して暮らせない。また、土地が痩せて、野菜も果物も育たなかったら、そこに生きる人々も死んでしまう。盤石で豊かな土地があってはじめて、社会も発展するんだよ」

「でも、アステリアには小さな島が二つしかないわ」
と前列の女の子が呟いた。

「今に大勢が水上に暮らすことになるとパパが言ってたわ。ボートを海に浮かべるんですって」

「だからパラディオンを作るんだよ」

隣の男の子が答えた。

「直径七キロの人工島にホテルやアパートを建てるんだ」

「でも、それはお金持ちの住む豪邸で、普通の人にはとても買えないとパパが言ってたわ」

「だから、いろんな方法を考えるんだ」

彼はもう一度、様々な海洋構造物や臨海都市のパネルを写し出した。

「パラディオンのように鋼製の構造物を設置して、海上に住む方法。沿岸を埋め立てる方法。内湾を堤防で仕切って干拓する方法。これからアステリアの小さな用地をどう活かすか、君たちで考えて、この島に合ったユニークな方法を考えればいい。その為の勉強だ」

「こんな小さな島で何が出来るの」

「確かに目に見える部分は小さい。使える土地を全て整備しても、許容人口は四十万が限度と言われている。だが、アステリア全体を見渡してごらん。そのうちウェストフィリアにも大型タンカーを係留できる港ができるし、島の南端では鉱業や製造業の基地も開かれる。火山や温泉を利用した観光業も可能だろう。また、ローレンシア海の裏側にも二つの島がある。どちらも絶海の孤島で、ここから数千キロも隔っているが、全く何の価値もないわけじゃない。南極部の大陸も詳しく調べれば何か出てくるはずだ。海そのものが可能性なんだよ。肝心なのは興味を持つこと。そして、調べること。『何も無い』と見切れば、それまでだ。どんな所にもアイデアの種は眠っている。それを見つけて、大きく育てるのが君たちの仕事だ」

講義が終わると、教室の隅で見ていた女性教師が「話がお上手ですね」と感嘆した。

「特別な訓練でも受けられたのですか」

「いいえ、特別には。あえて言うなら、父が話し上手でした。何でも世界の事象に喩えて、子供にも分かりやすく説明してくれました」

「それも一つの才能ですね」

「才能なんですか?」

「そうですよ。教師でも、知識は深いのに喋りが苦手で、上手く伝えられない方もありますもの」

そういう考え方もあるのかと、彼は不思議な気持ちで受け止める。

「パラディオンはどうなるのでしょうね」

教壇の機材を片付けながら女性教師が呟いた。

「本当にあんな大きな施設が必要なのか、みな不安に感じています。大勢が幸せに暮らせるならいいですが、一棟、一億エルクもするような高級住宅をキャッシュで買える層が流れ込めば、私たちの暮らしも大きく左右されますもの」

「それは物価の上昇や住宅不足を懸念されているのですか」

「それもありますけど、みな生活物資の不足を心配しているのですわ」

「生活物資の不足?」

彼は我が耳を疑った。

「そうです。とりわけ生鮮食品の買い占めですわ」

「それは初めて聞きました」

「お金持ちが上等な暮らしをされるのは一向に構わないんですよ。ただ、良い物はどうしてもキャッシュのある方に流れていくでしょう。ただでさえアステリアは食糧の大半をトリヴィアからの輸送に頼り、生鮮食品も割高で、質のいいものはあっという間にスーパーから消えてしまいます。これも家庭の主婦にとっては頭の痛い問題です。先日も、行きつけのスーパーで、パック入りのイチゴが半日で売り切れました。まさかと思って顔見知りの店員に聞くと、どこかのご婦人が大量にまとめ買いしたそうです。ワンパック、七〇〇エルクもするイチゴを三〇箱も。次の入荷は八日後と聞くと、その場で買い上げたそうですわ。新鮮なうちに冷凍保存して、ジャムやケーキに使うのですって。それも個人の自由ですけど、庶民には庶民の気遣いというものがあって、他の方にも行き渡るよう、無茶な買い占めはしないものです。隣町にイチゴ畑があって、毎日入荷するわけじゃないんですから。イチゴに限らず、レタスでも、白身魚でも、何でもそうです。だから、主婦は戦々恐々としてるんですよ。お金持ちが大挙して押しかけたら、店頭から生鮮食品があっという間に消えるんじゃないかって。それはそれで対策があるんでしょうけど、庶民には脅威ですわ。洋服や日用品は我慢できても、食品は毎日口にする命の糧ですから」

「仰りたいことは、非常によく分かります」

「下らないと思われるかもしれませんが、主婦って、そういう事が気になるんですよ」

「ちっとも下らなくないですよ。俺にも一歳の子供がいます。新鮮で栄養たっぷりな物を食べさせたい気持ちは同じです。俺は豊かな干拓地に育って、店頭から野菜や果物が消えるなど考えたこともなかったけど、ここのスーパーではたまにありますからね。冷凍でいいじゃないか、という話なんでしょうけど、食生活って、そういうものではないですからね」

「そうよ、よく分かってらっしゃるわ。あなた、主婦を味方につければ最強よ」

「そうなんですか」

「当たり前じゃない。政治家に投票するのも、主婦の意見が夫に影響するのよ。主婦の支持を得れば、二票獲得したも同然。パラディオンも、あの虫眼鏡みたいな人、なんて言ったかしら――そうそう、メイヤーっていうの? 主婦の気持ちなんて、何も考えてなさそうだもの。あんなのが本当に建設されて、お金持ちの奥様方が生鮮食品を買い占めるようになったら、最悪だわ。ちなみに、『リング』はパラディオンとどう違うのです?」

これは意外な質問だ。一見して分からないものだろうか。

「パラディオンは海底に鋼製の構造部を設置して、その上に建物を作りますが、リングは二重ダムの内側の海水をドライアップして現出した海底面に建物を作ります」

「つまり、海水面より低い所に建物を建てるの? すり鉢の底みたいに?」

「概念としては、そうです」

「でも、海の底なんて想像がつかなくて。堤防の中って、どんな感じなの」

彼はLeopardを開き、ゼーラント州の干拓地の写真を何枚か見せた。

「これは堤防内部の町並みです。海面と二階の屋根が同じくらいの高さでしょう。この家が建っている一帯は二世紀前に作られた干拓地です。最初に自然堤防を築き、徐々に排水して、農耕地や宅地に利用しています。こちらは海水浴場の裏手の駐車場。コンクリートダムの内側の駐車スペースが海面よりはるかに低いでしょう。でも、威圧感はほとんどありません」「写真で見たら、ずいぶん自然ですね。『海面より低い土地』って、もっとおどろおどろしいイメージでしたけど」

「干拓地のど真ん中に暮らせば、気にもならないですよ。俺の友人は堤防のすぐ側に住んでいましたが、二階の部屋の窓から堤防の天端でランニングする人がいつも見えたそうです。でも、それが日常の風景なんです」

「まあ、そうなんですか」

女性教師は可笑しそうに笑った。

「リングの場合、内周ダムの法面は緑化して、菜園や自然歩道に応用しますし、ダムに添って二車線の環状道路も敷設しますから、この写真の家よりは圧迫感が少ないです」

「それじゃあ、陸上の町とあまり変わらないのかしら」

「真ん中の居住区は干拓地と同じで、ほとんど違和感なく暮らせますよ」

女性教師は、その他の写真も興味深く眺め、

「正直、素人にはパラディオンもリングも大差ないように感じます。『堤防内部の海水を排水して海底面に暮らす』というのがピンとこないんですよ。その辺り、もう少し具体的にイメージを提示されると、共感を得やすいのではないでしょうか」

なるほど、と彼は納得した。彼にとっては堤防も干拓地もありふれた光景だが、全く知らない人にはイメージすら難しいだろう。

今まで専門家の見地にこだわってきたが、肝心なのは知識を持ち合わせない大多数の人だ。そこに分かりやすくアプローチできるか否かで印象もずいぶん違ってくる。

「よければ、集まれる人だけ集まって、プレゼンテーションを聞いて頂けませんか? 二十分ほどで終わります」

「じゃあ、午後の授業が終わった時に」

女性教師は快諾すると、都合がつきそうな教員に声をかけた。

直接関係ないからこそ聞いてもらう価値がある。それは企画書を完璧に仕上げるよりも、何よりも重要に思えた。

[six-book]

【リファレンス】 海洋都市 干拓型と埋め立て型

干拓地といえば、オランダのポルダー。海面下より低い土地を上手にいかし、農業や畜産業に役立てています。よそでは見られない、ユニークな地形や風景もしばしば。水際に行くと、よくこんな所に住む気になったなぁと感心することしきり。
水が家の中に入ってきますよ、奥さん! みたいな所に、普通に家が建ってます。日本では考えられない風景です。

こちらはパラディオンの参考にもなったドバイのパーム・アイランド。建設には大量の土砂が使われています。

建設の過程やコンセプトを解説するドキュメンタリー動画はThe Palm Island, Dubai UAE – Megastructure Developmentからどうぞ。

第六章 断崖 Kindle Unlimited版 

導き手を無くした海洋社会アステリアは混迷し、既存企業と新興勢力の対立が浮き彫りになる。新たな資本グループは世界的建築家メイヤーを擁して、富裕層向けの海上都市パラディオンの建設を推し進めるが、庶民を踏みつけにする巨大計画にNOを突きつけるべく、ヴァルターは対案として《リング》を提示する。
Kindle Unlimitedなら読み放題。

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