犬

『心も年をとるのでしょうか』#質問の答え

犬
https://flyingquestions.tumblr.com/post/162114716745/東京丸ビルの32階から隣のビルを見下ろすと

残念ながら、とると思います。

だって、いつまでも夜店の金魚すくいやゴレンジャーに胸をときめかすわけではないもの。

子供の頃はね。

OPの爆発音を聞くだけで、嬉しかったですよ。

中に誰が入っているとか、どこで撮影してるとか、構成がどうとか、関連商品が売れたとか、そんなこと、どうでもよかった。

ただもう、青レンジャーが恰好いいとか、大ちゃんの食ってるカレーが美味そうとか、お決まりのパターンで最後に怪人が「うわー、ちゃっちゃっちゃ」と叫びながら爆発するだけで楽しくてね。毎週土曜日が待ち遠しくて、チャンネルを回せば、いつものようにゴレンジャーが始まり、次に八時だよ!全員集合が始まり、Gメン75が始まり、丹波哲郎が渋く決めたら、それでよかったの。将来何が起こるとか、お金を稼ぐのがどんなに辛いとか、考えもしない。考えもしないから、何を見ても楽しいし、何を見ても夢中になって、その裏にある大人の思惑など想像だにしなかった。

ところが、知見を広め、年をとると、そういうわけにいかなくなる。

この演出は世界的に見れば暴力的ではないか、大ちゃんに不幸があったというのは本当か、モモレンジャーのホットパンツがぴちぴちなのは、やはり計算されたお色気なのか、等々、ろくなこと考えないでしょう。

『心』と呼ぶものの中には、知見、理性、経験、達観、それら全て含むのかもしれません。

でも、どんどん頭で考えることの比重が高くなって、怪人のダジャレに素直に喜べた日は遠くなるばかりだし、感じたことより理屈の方が立つようになる。それこそ惰性の始まりではないかという気がしてなりません。

そして、来る日も来る日も、似たようなことばかり考え、物事を見つめ直すこともなく、経験に囚われるようになれば、心が老いたと言われても仕方ないでしょう。

かといって「若い心」が一番偉大というわけではなく、人間が最後に行き着く境地としては、いささか悲哀が漂うのではないかという話です。

[question]

Tags: ,

寺山修司の関連記事

キューピー

「できる」といえば、できるし、「できない」といえば、できないし。人は、自分の経験したことや知っていること以上のものを体感することはできないと思っています。どんなに優しい人でも、シリアで住まいも家族も自身の五体さえも奪われた人の痛みを心底理解することはできないし、どんなに秀でた人でも、食うや食わずやで生きている人間の苦しみなど分からないと思うからです。

女性 ファンタジー

「僕とちがって姉さんは勇気があります。それに学問がある。十八なんだけど、ぼくには姉さんの年がそのまま世界の年のような気がするんだ。それにぼくと血がつながっているくせに詩人なんです」この世の中において、堂々と詩を書けるのは、『自分の心』というものをしっかり持ち続けられる強さに他ならないから。

ボクサー

『おまえの時代』など永遠に来なくても、人は何かしら作り出すことができる。商品であれ、家族であれ。運にも幸福にも見放された人にも、創意は残されている――というのが、人間の真の偉大さではないでしょうか。

>海洋小説『曙光』MORGENROOD

海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属ニムロディウムをめぐる企業と海洋社会の攻防を舞台に描く人間ドラマ。生きる道を見失った潜水艇パイロットと愛を求めるフォルトゥナの娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
Kindle Unlimitedなら読み放題。
Amazonの海洋学ランキングで一位を記録。

CTR IMG