『女性』の魔を描く ラース・フォン・トリアー監督『アンチクライスト』

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映画『アンチクライスト』について

過激な性描写とアンチクライストの意味するもの

いきなりネタバレして申し訳ないが、日本の映画館なら、スクリーンのど真ん中に巨大なモザイクが入ると思います。

結合部や局所のアップが大写しになるからです。

ハリウッド映画でも、欧州ものでも、性器(男性、女性とも)が映り込む作品など、珍しくもなんともないし(それもブルース・ウィルスみたいな名のある俳優の)、TVロードショーでもゴールデンタイムに堂々と流れたりします。

太腿の陰に、あるいは下腹部の下に、一瞬シルエットのように映り込んだとしても(特に男性器)、それは避けようのない事故であり、自然現象ですから、そこに悪意がない限り、笑って許されるのが共通の認識だと思います。

ところが、この映画は、意図的に特大アップ、意図的に演出しているので、そりゃもう、カンヌ映画祭でブーイングが起きるのは当然至極。

いろいろ見慣れてる私も、さすがに絶句させられました。

これを『芸術』と見るかどうかは、受け止め方次第ですが、女性の底知れぬ狂気や貪欲さを描くのに、結合部のどアップは本当に必要なのかと、思ったりもします。

80年代、エロティック・サスペンス映画「氷の微笑』で、シャロン・ストーンがノーパンで登場し、刑事の前で足を組み替える時、アンダーヘアが見えたとか何とか騒いでいた時代が、はるか昔のように感じます。

予告編だけ見れば、わが子の死を嘆く哀れな女性と献身的なセラピストの夫の心の触れ合いが生み出す奇跡の物語……という印象ですが、タイトルをしっかり見ましょう。「アンチクリスト」。いわずもがな、キリストに反するもの=「悪魔」を示唆しています。

とはいえ、尻尾のついた醜悪な怪物やポルターガイストまがいの怪奇現象が登場するわけではなく、ここで言う「悪魔」とはシンボリックなもの。

今一度、タイトルをよく見てください。

anti christの最後のTが♀になってますね。

つまり、ここで語られる「魔」とは、女性という「性」に潜む底知れぬ恐怖を表しているわけです。

夫とのセックスに耽っている間に、幼な子がベッドから抜け出して、窓から転落死してしまう……このエピソードだけで、十分、先が読めるでしょう?

これは子どもの魂が復活して、母親の深い傷を慰めるような、ハッピーエンドの物語ではありません。

狂気の果てとしか思えないような結末が待っています。

なぜなら、監督は、ビョークを起用して、一見、素敵なミュージカルに仕立てながら、最後は観客を絶望のドン底に叩き落とす(?) 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の制作者。「救いようのない結末」を描かせたら右に出る者はないですからね。

参照記事 → すべてが見えたから もう他に見たいものなどないの ~ビョーク『ダンサー・イン・ザ・ダーク』&『レオン』

特に、最近、女性のせいで痛い目にあった殿方は、身も心もボロボロになったウィレム・デフォーに己を重ね見るのではないでしょうか。


女性という『魔』

ところで、この映画の見方は二つあると思います。

一つは、女性の視点。

もう一つは、母親の視点。

女性の視点から見れば、「それはあり得ない」という気持ちになるけれど、母親の視点から見れば、必ずしもそうとは言い切れない。

「夫とのセックスに耽っている間に」というエピソードが主張する通り、母親の中にも超えがたいエゴがあり、「子どもか、私か」という選択は、日常的に存在するからです。

喩えるなら、「目の前に美味しそうなケーキがあって、自分一人、お腹いっぱい食べたいけれど、やはり母親としての情愛と責任感から、子どもによりたくさん分け与える」という気持ちです。

だから、この映画のラストで、子どもの転落死の真相を知った時、男性は「は?」と思うかもしれないけれど、女性は「なんか、わかるかも」という気持ちになる。

一瞬……まさに一瞬だけども、子どもより自分の方が大事になってしまう。

その瞬間、どんな母親も「自分は悪魔ではないか?」と戦慄するはずです。

本作のヒロインは、そんな自分に対する恐怖ゆえに精神を病んでしまうけれど、現実の母親も、日々、自分の中のエゴイスティックな悪魔と闘っています。まさに万人を愛するキリストとは対極の存在です。

だから、余計で恐ろしい。

「生きていること自体が罪深い」というなら、命を生みだす性行為もまた悪魔の所業であり、性欲をかきたてる女性器こそが、まさに悪魔の象徴である……といった本作の演出。

妻を癒そうとするセラピストの夫と、映画『エクソシスト』のようにグロテスクな闘いを展開するあたり、分かる人にしか分からないかもしれません。

関連記事 → 悪魔は嘘に巧妙に真実を織り交ぜる / 映画『エクソシスト』

それにしても、シャルロット・ゲンズブールはよく演じました。

同性とはいえ、気分が悪くなる描写も多々あったのに、シャルロットが知的な女優さんなので、下品にはならなかった、という印象です。

『ナインハーフ』のキム・ベイジンガーみたいに、セクシャルな映画に出演したがために、その後の活動に支障をきたした女優さんも少なくないので、今後、がんばって欲しいですよね。

それにしても、最近の3Dブーム、CGゴテゴテの特撮ブームに反して、棺桶に閉じ込められた男が瀕死の状態で脱出を試みる『リミット』や、岩の割れ目に滑落して127時間後に自分の腕を切り落として脱出する『127アワーズ』のように、一人か二人の役者だけを使い、セットにもほとんどお金をかけず、とことん一つの場面を掘り下げるようにして人間の心理に迫る作品がけっこう流行ってます。

この『アンチクライスト』も、セットらしいものはほとんど使わず、一つの絵を地獄まで切り裂くような演出がなされています。

それだけに脚本の質が問われるし、役者の力量も一目で露呈してしまう。

非常に難しいタイプの作品だと思います。

でも、「ロード・オブ・ザ・リング」あたりから、やたらモブシーンの多い、仕掛けばかり大げさな映画が相次いでうんざりしていた私には、とっても有り難い傾向。

2000年過ぎてからはハリウッドもネタが出尽くしたという感じでしたが、また新感覚の映画が登場して、私も嬉しい限りです。

アンチクライスト [DVD]
出演者  ウィレム・デフォー、シャルロット・ゲンズブール (出演), ラース・フォン・トリアー (監督)
監督  
定価  ¥8,360
中古 12点 & 新品  ¥1,780 から

初稿 2011年2月23日

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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