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名曲『アクエリアス ~輝く星座』未来に輝く「水瓶座の時代」

2020 6/18
目次

【占星術コラム】 水瓶座の女

ポカリスエットよりアクエリアス

私は昔から自分が水瓶座であることに誇りを持っていて、高校生の頃には、本格的にホロスコープを作成して、惑星の象徴する意味や未来の動きについて、詳しく調べたりしたものだ。 占星学的にいえば、私の人生を導き、パーソナリティを形成しているのは、「射手座の月と上昇宮」で、海外在住になったのもその影響かと思うのだが、それにも増して、水瓶座が及ぼすものは大きい。 人にはよく、【変人・変態・水瓶座】と言われたが、労せずして個性的というのは、この世を生き抜く上で、非常に重要であったから。 * 第一、「アクエリアス」という言葉の響きからして美しいじゃないですか。 だから、私はイオン飲料を買う時も、ポカリスエットではなくアクエリアス派だ。 味はポカリの方が上だと思いながらも、ついついアクエリアスの方に手が伸びてしまう。 それぐらい「アクエリアス」が好きなのだ。 ※ 大人になってからは、射手座の方が好きだけども^^;

名曲『アクエリアス』との出会い

ところで、私が『アクエリアス』という言葉を知ったのは、70年代の歌謡番組がきっかけだ。 現代のように、猫も杓子もYouTubeというIT時代と異なり、当時は歌謡番組がTV界の花で、いつ、どのチャンネルをひねっても、山口百恵やキャンディーズ、西城秀樹、郷ひろみといった、きらきら系のアイドルが、バービー人形みたいな衣装を着て、華やかに歌ったり、踊ったりしていた。 そんな中、NHKが企画した歌謡番組――当時のアイドルが大集合して、誕生日を元に春夏秋冬のチームに分かれ、歌唱を競い合う特番で、冬チームが歌ったのが、『アクエリアス ~輝く星座』だったのである。 サビの部分で繰り返される「アクエリア~ス、アクエリア~ス」という言葉の響きが美しく、何の意味だろうと思い巡らしていたら、姉貴が水瓶座の占星術用語だと教えてくれた。 以来、私の中で『アクエリアス』という言葉は特別な響きになり、未来に素晴らしいことが待ち受けているような気持ちにもなった。 それは単に、個人の幸福にとどまらず、いつか、神の雨が地上の不正を洗い流し、正しいものが報われるという願いでもあった。 あれから数十年の月日が経ち、いよいよ『水瓶座の時代』に突入したが、子ども心に思い描いた夢は叶ったかと問われたら、半分はYESで、半分はNOである。 何故なら、地上は、いまだ憎悪と利欲が渦巻き、いっそう混沌とした様相を呈しているからである。 こんな時代に「個の時代が来た」と呑気に言える人は、あまりに社会を知らなさすぎる。 個性が発揮できるのも、社会に余裕があるからで、社会の基盤が崩れたら、個性だの、生き甲斐だのと言っておれなくなるからだ。 個々の惑星が太陽の周りを一巡するように、我々の社会も、上を向いては下に落ち、右を向いては左に舵を切り、同じ軌道をぐるぐる周回するだけ、決して螺旋を描くように高次に駆け上がることはない。 だとしても、心ある人間は、上を向いて歩こうではないか。 何故なら、我が守護星は、どんな時も天頂に明るく輝いているからである。 加筆 2020年6月18日

名曲『アクエリアス ~輝く星座』の魅力(動画とSpotify)

『アクエリアス ~輝く星座』は、アレンジこそ古いが、宇宙的な広がりを感じさせる曲だ。 ヒッピー文化を象徴するロック・ナンバーでありながら、まるで祈りのような響きがある。 「アクエリア~」スと声高々に歌う彼女は、さながらセントラルパークに降臨した現代の巫女だ。 サイケなファッションに身を包んだヒッピー祭司を、無我の境地に掻き立てる。 急速に工業化が進む70年代において、彼等だけは異質だ。 彼等にだけ見える未来のビジョンを追って、宇宙のエクスタシーを体験する。 この映画が……というよりは、当時、ヒッピーがなぜ物議を醸したか……という話になれば、いつの時代にも、若い世代は、年寄りが考えもつかないような思想やファッションにはまり、世代的に断絶するものと捉えた方が早いかもしれない。 70年代といえば、いわゆる「戦争を知らない子どもたち」が、全体主義や軍国主義のあざとさに気が付いて、「戦争なんか仕掛ける大人が馬鹿だ」と主張しだした頃である。当時の年寄りにしてみれば、自分達は祖国を守る為に命がけで戦ったのに、お前らはなんだ、自由だの、個性だの、アナーキストみたいに無責任な事ばかり言いやがって、てなものである。 でも、それは現代も同じ。ブランド先導型の大量消費社会や商業主義に嫌気が差した十代が、環境保護活動やYouTuberに夢中になるのと変わりない。そして、そんな十代も、二十年、三十年と経つ頃には、「いいねの数で一喜一憂して、アホみたいだね~」なんて言われるようになるのだけども。 ともあれ、アクエリアスの歌唱には、未来に向かう祈りがこめられ、いつ聴いても、新鮮で、感慨深い。 そして、この映画で描かれた70年代のヒッピーが、社会の根幹となる秩序を破壊し、後先かえりみぬ享楽主義と利己主義を持ち込んで、今、若者から、「格差社会や貧困をもたらした永久戦犯」のように非難されているのも感慨深い。 ちなみに女性歌手が頭髪に星の飾りをちりばめているのは、皇妃エリザベートの肖像画を意識してかな? 上記と同じサウンドトラックはこちら。 こちらがレコードとしてヒットしたThe Fifth Dimensionの『アクエリアス』。 楽曲としては、こちらの方が有名かも。
When the moon is in the Seventh House And Jupiter aligns with Mars Then peace will guide the planets And love will steer the stars This is the dawning of the age of Aquarius Age of Aquarius Aquarius! Aquarius! Harmony and understanding Sympathy and trust abounding No more falsehoods or derisions Golden living dreams of visions Mystic crystal revelation And the mind's true liberation Aquarius! Aquarius! When the moon is in the Seventh House And Jupiter aligns with Mars Then peace will guide the planets And love will steer the stars This is the dawning of the age of Aquarius Age of Aquarius Aquarius! Aquarius! Aquarius! Aquarius! [instrumental and tempo shift] Let the sunshine, let the sunshine in, the sunshine in Let the sunshine, let the sunshine in, the sunshine in Let the sunshine, let the sunshine in, the sunshine in [continue to end with concurrent scat] Oh, let it shine, c'mon Now everybody just sing along Let the sun shine in Open up your heart and let it shine on in When you are lonely, let it shine on Got to open up your heart and let it shine on in And when you feel like you've been mistreated And your friends turn away Just open your heart, and shine it on in 月が第7宮に入り 木星が火星と直列するとき そのときこそ、平和が諸々の惑星を導くことだろう そして愛が星々の舵を取るのだ いまは水瓶座の時代の夜明けのとき 水瓶座の時代だ 水瓶座、おお水瓶座よ 調和と理解と 共感と信頼が満ち溢れる インチキやバカげたものはもうおしまい ヴィジョンに溢れた光り輝く生の夢 神秘的な透徹とした黙示 そして心の真の解放 水瓶座の時代だ 水瓶座、おお水瓶座よ 陽の光を 太陽の輝きを差し込ませよう 陽の光を入れるんだ 太陽の輝きを 陽の光を入れるんだ 太陽の光が差してくるぞ 日本語訳 : komasafarinaさま (サビの部分だけ、私の好みに変えています)
komasafarinaさんが素晴らしい訳を付けておられたので、そのままお借りしました。 『ヘアー』という作品が制作された背景も詳しく紹介されていますので、ぜひ参考にどうぞ。 Aquarius / Let The Sunshine In ちなみにAmazonの解説は次の通りです。
フィフス・ディメンションの名アルバム『輝く星座(アクエリアス)』は、もとをたどればアマデウスの名を同名の映画で世間に知らしめた監督ミロス・フォアマンが生みの親といえる。ジェームズ・ラドー、ジェローム・ラグニ作詞、ガルト・マクダーモット作曲の画期的なミュージカルをフォアマンが映画化した『ヘアー』(1979年)は、時期的には『カッコーの巣の上で』と『アマデウス』(いずれもフォアマンが監督し、アカデミー賞に輝いている)の間に作られた。 評論家の評価は分かれ(ジーン・シスケルはその年のベスト・フィルムと評した)興行収入もぱっとしなかったためか、世間から忘れ去られていった。しかしこの映画は見事なまでに1960年代をよみがえらせてくれるのである。 『ヘアー』は色鮮やかに彩られたカウンターカルチャー(反体制文化)の世界を再現してみせる。 カウンターカルチャーが打ち砕くべき敵としてとらえたもの、それはベトナム戦争だった。 監督並びにデザイン担当チームは観るものに迫ってくる映像を作り出し、流れるような動きのオープニングではヒッピーの集団が、警官が、さらには警官の乗っている馬までが「アクエリアス」のおなじみのビートに大いに乗りまくる。 セントラル・パークを根城にするヒッピーたちのリーダー、バーガー(このバーガー役でトリート・ウィリアムズは初めて主役を射止めたが、彼のキャリアではこの役が最高だといえる)は、徴兵されたクロード(ジョン・サヴェージ)を仲間に入れてやり、ニューヨークを案内し、これぞ60年代だという最先端のシーンを味わわせてやる。 今回の新たな録音はたいへんすばらしく、ハイライトはシカゴのメンバー、ドン・ダカスが披露するタイトル曲「ヘアー」である。バーガーが歌うレジスタンス・ナンバーに「アイ・ガット・ライフ(生きてるんだ)」とあるとおり、感動的に高らかに歌い上げられる最後の曲「レット・ザ・サンシャイン・イン」にいたるまで、この映画はまさにいのちのある作品となっている。 (Doug Thomas, Amazon.com)

【コラム】 『水瓶座の時代』とは

ところで、なぜ「水瓶座の時代」なのかと言うと、これについては人気占星術家のマドモアゼル愛先生が下記のように紹介されています。
月刊誌ミスティ「水瓶座時代」特集 水瓶座時代とは地球自転がもたらす歳差現象の軸が2100年ごとに1サイン動くという気が遠くなるような周期のことで、現在は魚座の最後にある。 最後といっても逆行している駒振り現象なので今は魚座のはじめにあり、もうすぐ水瓶座に逆行して入る。イエスが言った人の子の時代は水瓶座エイジを差している。 大きな流れに沿ったものは紆余曲折があっても結局は伸びていく。 今ほど目先の状況に左右されない大きな流れに沿ったスタンスをとることが重要だと思う。 時代が変わる、大激変の時代……などといわれて久しいが、その根本にはこの歳差現象の大きな変化があるのだ。
上記を受けて、2008年には次のように書いていたのだが…… * 連日のように暗いニュースが流れ、将来はもっと悪くなるように思われているふしがあるが、果たして本当にそうだろうか。 私はむしろ、人類社会は少しずつ進歩し、世界中が戦火で包まれるような野蛮な時代に逆戻りすることはないと考えている方である。 その過程で、誤った出来事は何度も繰り返されるかもしれないが、地球規模のスケールでは良い方に向かっているのではないか、と。 産業革命、情報革命ときたら、次は意識革命――。 もうすでにインターネットを介して個と社会の関わり、流通、ビジネス、技術開発etc……人間関係まで変わりつつある。 この先に、それこそSF作家が夢見たような「世界政府」「宇宙植民」「惑星開発」みたいなものが待ち受けているとしたら、それが実現する頃には、私たちが考えているような社会の観念とか人間の価値観、生と死すらも、まったく違ったものになっているだろう。 そんな未来人から見れば、私たちの時代なんて、なんとも未熟で野蛮だったと回想されるに違いない * 2020年の今。 私は、物理的な破壊よりも、内的な破壊に危機感を抱いている。 物理的な破壊というのは、大型兵器が使用されて、焦土と化すような破壊ではなく、孤独や怒り、劣等感や被害妄想といった、内面の破壊である。 それは肉体的な死こそもたらさないが、怨念が極限に達すれば、暴力や自死といった極端な形で現れ、結果的に人の命を奪うので、決して軽視することはできない。 一方、利益追求においては、ますます人間の価値は軽くなり、それもまた人間関係や共同体の破壊をもたらすだろう。 人類はまた新たな戦争の時代に突入する。 砲弾が飛び交う災禍ではなく、デマと罵倒にまみれた、情報禍である。 今後いっそう、人間としての質が問われるとしたら、『水瓶座の時代』に求められるのは、正義よりも、良心よりも、本物の知性かもしれない。

DVDとCDの紹介

ヘアー [DVD]
出演者  ジョン・サベージ (出演), トリート・ウィリアムズ (出演), ビバリー・ダンジェロ (出演), ミロス・フォアマン (監督)
監督  
定価  ---
中古 0点 & 新品   から
ベトナムへ行く前に残されたわずかな時間を楽しもうとN.Y.にやってきたクロードが出会ったのは自由奔放なヒッピーたち。 「生きているのだもの、笑いもするさ」――ピュアな心情を高らかに謳う彼らから、本当に大切なものをクロードは感じ始める……。 ヒッピーなお兄さんやお姉さんの記憶は私もうっすらと残っています。 近所の美大生のお兄さんの髪の毛が肩につくほど長かったり、ジーンズの裾が袴みたいに広がっていたり(ベルボトム)。 お姉さんのブラウスの柄もサイケやったなーと。 私には得体の知れないヒッピー文化ですが、あの年代にしか生きた者にしか分からない心情があるのでしょうね。 この私のバブルの思い出のように……。 サントラ盤はこちらです。『ヘアー』サウンドトラック盤 初稿 2008年11月24日
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