海洋惑星と産業開発 ~文明を支えるのは鉱害病でボロボロになった人の手 

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【小説の抜粋】 海の惑星アステリア

未曾有の大洪水で壊滅した故郷フェールダムの復興ボランティアに打ち込み、再建コンペでも検討したヴァルターだが、大手建設会社・ロイヤルボーデン社から広告用パースの意匠の盗用を疑われ、さらには長期休職が原因で職場を解雇されてしまう。

頼りになる祖父も亡くして、故郷にも職場にも完全に行き場を失ったヴァルターは、自暴自棄になってステラマリスを飛び出し、一時期、トリヴィア(世界最大の宇宙植民地)のトレーラー村に引きこもるが、不思議な運命の巡り合わせで、特殊鋼メーカーのカリスマ経営者、アル・マクダエルに見出され、海の惑星アステリアに赴くことになる。

アステリアは、惑星表面積の97パーセントが海洋で覆われた辺境の植民地だ。居住可能な島は二つしかなく、海水から工業原料を生成する海洋化学工業と、その周辺事業(運輸、製造、通信、娯楽サービスなど)でようやく成り立っている小さな海洋社会である。

しかしながら、その海底には、宇宙文明の根幹を成す稀少金属ニムロディウムをはじめ、豊富な鉱物資源を含むティターン海台が広がり、これを完全自動化された洋上の採鉱システムによって採掘するのが、アルの積年の願いであった。

再び潜水艇パイロットとして採鉱システムの立ち上げに関わることになったヴァルターだが、ミッションの内容を知って、愕然とする。
それは水深3000メートル下で、揚鉱管、水中ポンプのリアクター、集鉱機を機械的に接続するアクロバティックな水中作業だった。

深海調査しか経験のないヴァルターは、短期間で技術と知識を習得しなければならないプレッシャーと、古参メンバーとの軋轢の中で苦闘するが、彼に一目惚れしたアルの愛娘エリザベスと次第に心を通わせるようになり、今一度、プロとして海に立ち向かう決意を固める。

想像以上に開発の進んだ湾岸の風景を見ながら、ヴァルターは、何故今さら海底鉱物資源の採掘に挑むのか訝るが、セスは「宇宙文明を支えているのは科学技術ではなく、鉱害病でボロボロになった人の手」と示唆する。

次のエピソード → 宇宙文明を支える鉱物資源 ~なぜ採鉱システムの技術革新が必要なのか

このパートは『海洋小説『曙光』(第二章・採鉱プラットフォーム)』の抜粋です。 作品詳細はこちら

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アステリアはUST歴九五年、PAS第9恒星系の第三軌道に発見された。惑星表面積の実に九十七パーセントが海洋で覆われた水の惑星だ。赤道面の直径は約九〇〇〇キロメートル、ステラマリスの七十パーセントほどの大きさで、小さな衛星を一つ有する。

居住可能な陸地は、北半球の低緯度に位置するローレンシア島とローランド島の二つに限られ、大規模な植民には適さない。他は自然環境の過酷な極地の大陸だったり、大洋のど真ん中に浮かぶ絶海の孤島で、上陸もままならない。また、海上に突出している岩石島の大半は海底火山の頂部、もしくは完全に活動を停止した古い海山の一部で、いずれも人が住むには適さず、今後開発の予定もない。今後どのように技術開発が進んでも、ローレンシア島とローランド島以外に大多数が暮らす都市は建設されない――というのがセスと大多数の見解だ。

現在、アステリアの海洋開発の拠点になっているのは、全海洋で十番目に大きなローレンシア島だ。

北緯十一度、東経二三度に位置し、島の総面積は約六〇〇平方キロメートル、海岸線は約二〇八キロメートル、最高標高一七二メートル。上空から見ると、洋梨のような形をしている。

通年の平均気温は二十三度、冬期でも最低気温は十八度前後と、亜熱帯リゾートのような気候だが、雨期は短く、台風の通り道でもない。

九月初旬の今日も気温は二十六度とさほど高くないが、多湿のせいか、数値よりも蒸し暑く感じる。

ローレンシア島の周囲には、南端部の二キロ沖合に直径三〇〇メートルほどの小さな岩石島と、北西に十二キロ離れた所に直径八キロメートルのパンゲア島がある。パンゲアといっても小豆のような裸島で、町はなく、五十年前から建材用の砂利を採掘したり、僅かではあるが、天然ガスを採取している。

一方、マックス・ウィングレットとエヴァが向かったローランド島は、ローレンシア島の東方二五〇キロメートル先にある。ローレンシア島より一・四倍大きいが、面積の八〇パーセントが山地で占められ、海岸線も大半が複雑で険しいリアス海岸であることから、ローレンシア島ほど開けてはない。現在、西海岸のポートプレミエルと、東海岸のペネロペ湾を中心に開発が進んでいるが、ローレンシア島ほど都市圏が拡がることはないだろう。

セスが運転するセダンは陸橋を渡り、ローレンシア島の東沿岸を走る『A1幹線』と呼ばれる片側二車線の湾岸道路に合流すると、エンタープライズ社に向けて一気に南下した。

この十数年、ローレンシア島の発展はめざましい。

六十五年前、最初の海洋化学工業JP SODAが北西部のメアリポートに設立され、工業用の水酸化ナトリウムや酸化マグネシム等などの製造に成功すると、様々な関連産業が展開し、町並みも海岸に沿って西に東に広がっていった。

宇宙港のある島の東側には、三つの埠頭からなる工業港、倉庫街、オフィス街が広がり、見た目はステラマリスの地方の港湾都市とさして変わらない。人口は短期滞在者も含めて七万人弱、それで、これだけの係留施設や貯蔵設備、道路、橋梁、通信などのインフラを完備しているのだから、意外と生産性は高いのかもしれない。

彼は想像以上に活気のある港町の風景を眺めながら、「北海沿岸をドライブしている気分だ」と呟いた。

「そうだろうね。建設にあたっては、ステラマリスから技術者を招聘したから。必然的に似たような町並みになる」

「トリヴィアに技術者はないのかい?」

「高等教育機関で海洋学や造船工学を教えるようになったのは、ここ二十年ほどの話だ。それ以前は全面的にステラマリスの専門家に頼ってた」

「あんたは何処から?」

「ステラマリスだ」

「スペイン語圏だろ」

「……よく分かったね」

「港で働くと、いろんな国の人と接する。流暢に英語を話す人でも、どこか母国語の癖があるものだ。人種や文化が入り交じっても、母国語だけは親から子に確実に受け継がれる。あんたは長いのかい?」

「かれこれ二十八年だ」

「母国に帰りたいと思わない?」

「さほどにはね。所帯をもてば、そこが自分の故郷になる」

(そんなものかな)と思いながら、再び窓の向こうに視線を巡らせる。

さらにA1幹線を南に下ると、もう一つ、入り江を利用した小さな船着き場がある。工業港ほど大きくはないが、精密機器の工場を中心に新たな産業セクションとして開発が進んでいる。エンタープライズ社もここに第二の倉庫と専用バースを構え、採鉱プラットフォームの補給基地にしている。

やがて船着き場のロータリーに差し掛かると、三つ目の出口を右折し、島の内側に向かう二車線道路をそろそろと上がった。

彼の勤務先となるアステリア・エンタープライズ社は小高い丘の中腹にある。

周辺に建物はほとんど無く、常緑高木に囲まれた中にぽつんと立っているが、敷地は広々として、エクステリアには花壇や人工池もある。建物も横広がりの四階建てで、前面の透き通るようなガラス製カーテンウォールがモダンな水族館を思わせる。

セスいわく、エンタープライズ社の位置づけは、MIGとは完全に独立したアル・マクダエルの持ち分会社らしい。MIGが非上場の株式会社であるのに対し、エンタープライズ社は百パーセント自己資本で設立された有限責任会社で、経営もアル・マクダエルを頂点とするトップダウン方式である。MIGにとって最もリスキーな採鉱プラットフォーム事業の一部を「後方支援」の形で上手に分散し、万一、失敗しても、ダメージがMIG全体に及ばぬよう取り計らっている。

また自己資本のメリットを生かして、物流、ディベロッパー、海洋開発コンサルタントなど、MIGとは畑違いの事業を展開し、そこで得た利益を採鉱プラットフォームの開発維持費に充てるというユニークな戦略も取っている。

「だが、なぜそんなにまでして海底鉱物資源の採掘にこだわるんだ? ネンブロットに行けば、全長三〇〇メートルの無人掘削機がガンガン露天掘りしてると言うじゃないか」

「それは一部の金属鉱山や、石灰や陶石や珪石みたいな非金属鉱床に限った話だ。希少金属、とりわけニムロディウムはそうじゃない」

「未だに奴隷が手掘りしているとでも?」

「機械は使っているが、それに限りなく近い。TVのドキュメンタリー番組などで目にしたことはないか?」

「いや」

「だったら、一度は見ておくんだね。宇宙文明を支えているのは科学技術ではなく、鉱害病でボロボロになった人の手だと分かるから」

【リファレンス】 文明と鉱業とレアメタル

スマホ、パソコン、自動車、医療器具に至るまで、日頃、私たちが便利に使っているハイテク機器の金属材料が、何所から、どのようにもたらされているのか、時々は意識してもらえたらと思います。

もちろん、意識したところで、今すぐ何かが変わるわけではありません。

しかし、技術を革新することはできます。

金属資源のリサイクル、効率的な製錬、稀少金属に依存しない素材の開発、等々。

技術者でなくても、日々の暮らしにおいて、私たちに出来ることはたくさんあります。

たとえば、用済みの旧機種をリサイクルに出す、電球や電池、電化製品などをむやみに廃棄しない(ショップの店頭にそれ専用のボックスがあると思います)、物は大切に使う、などです。

手の平サイズの電気機器にも、何種類のレアメタルが使われ、それを得る為に、どれほど多くの人の手を介しているか。
一人一人がリサイクルや節約に協力するだけでも、未来は違ってくるわけですよ。
地球環境保護の為ではありません。
そこから創出される新技術・新産業もあるからです。

若い方には、ぜひ鉱業、金属工学、地学の分野を目指して頂きたい。

IPS細胞の山中先生やLEDライトの中村先生が未来の医療や暮らしを確実に変えていくように、次は皆さんの手で鉱業や製造の在り方を変えて欲しいと願っています。

自国から高価な鉱物資源が産出すれば、当然、国民も豊かになるはずなのに、その国の国民には全くといっていいほど恩恵がありません。
なぜか? という問いかけが、世界情勢を知る糸口になります。

こちらの書籍も併せて読むと参考になります。

アフリカのルポルタージュで実績のある白戸圭一さんの渾身の書です。

 ルポ 資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と繁栄 (朝日文庫) (文庫)
 著者  白戸 圭一 (著)
 定価  ¥902
 中古 31点 & 新品  ¥80 から

現代文明と鉱業に関するリファレンスはこちらにも掲載しています。

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この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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