Re:バカ建築って? #0114

Re:バカ建築って? ~「意味・思想」は、ヘンな建物の存在を正当化する「免罪符」にはならない #0114

Re:バカ建築って? #0114

どうも、古井です。
#0113から投稿をいただきました。
○○さん、本当にありがとうございます。

ばかけんちく談話室に限らず、当時の匿名掲示板では、著者が飛び入りで投稿されることも珍しくありませんでした。特に京都工業繊維大学の先生方は、ゼミで学生相手にお話されるように、親切丁寧に解説してくださったことが今も印象に残っています。素人意見にムカっとすることもあったでしょうにね^^; ほんと、これぞ議論、という感じでした。

>何をもって「バカ建築」とするのか、定義が難しいですよね。
>でも、ある程度定義しておかないと、いろいろ無理がありそう。

 確かに、僕ら自身も探偵団のホームに、

  #「ばかけんちく」の概念自体も、この積み重ねの中でどんどん
  #進化・深化していくことでしょう。

 ...と書いているとおり、定義しきれていません。

 ですが、せっかくの○○さんの投げかけですので、現時点での考えをまとめてみました。

———————–

>でも私が考えるに、「バカ建築」とはその「つくり手の思っている意味」
>すらが不在なものを言うのだと思うのです。

>どのような意味や思想でもかまいません。表現として「デザイン」の過程
>を経て産み出された建築は、見るものに多様な解釈の可能性を与えるとい
>う意味でまだ救われます。

なるほど。だから、程度の差こそあれ、意味や思想を少しでも込めようと
している、あるいはそういうプロセスを経ている「アトリエ・タイプ」は、

>(ここに掲載されているアトリエ系の「バカ建築」は、だから、
>私には「バカ建築」とは感じられないものが多いです。)

 と、あるように、「ばか」とはニュアンスが違うんじゃないか、
 ということですね。

  #ちなみに「バカ」とするとどうも語気が強いので、
  #僕らはすべて「ばか」と書いてます。

 「ばかけんちく探偵団」としては、これまでの取材や談話室でのリアクションを通じての現時点での考え方として、やはり「アトリエ・タイプ」も、「ばかけんちく」として扱っています。

 キーはまさに、○○さんの言われたように、「意味・思想」だと思います。ここでいう「ヤンキー・タイプ」「課長暴走タイプ」、あるいは○○さんの著書にテンコ盛りになっている「ディズニーランダイゼーション菌」に感染した建物たちは、「意味・思想不在型」の「ばかけんちく」と言えるでしょう。

 しかし、全く逆の「意味・思想入れすぎ型」のものも、やはり「ばかけんちく」として等価に見ていきたいと、僕らは思います。

 一つには、その建物に「意味・思想」が込められているのか、いないのかが、単に街を歩いていてフと建物に出会ったフツーの人には全然わからない、ということがあります。現に今回UPした「ばかのはち」の京都の顔ビルは、「意味・思想」が込められているのか、いないのか、要するに「アトリエ・タイプ」なのか「ヤンキー・タイプ」なのか、僕らにも皆目わかりません。しかし、いずれにせよ、フツーの通行人が外観から受けるインパクトは、紛う事なき「ばかけんちく」です。

 要するに、「フツーの人の視点」からはどっちも同じようなもの、なんだと思います。フツーの人には、ヘンな建築と出会ったとき、それが「考えなしでヘン」なのか「考えすぎでヘン」なのか、を判別する術がないのです。「考えなし」も「考えすぎ」も、一周まわって受け取られ方は結局おんなじという皮肉な現実もあり得るのでは。

 ですから、○○さんの、 

  >でも私が考えるに、「バカ建築」とはその「つくり手の思っている意味」
  >すらが不在なものを言うのだと思うのです。

という感じとはちょっと違うかもしれません。「意味があってもばかけんちく」というパターンもアリだと思っています。

 「ばかけんちく探偵団」は「フツーの人の視点」というのを大前提としています。
 なので、「意味・思想」の有無で、「ばかけんちく」か、そうでないかは判断できない/してはいけない、と考えています。

  ●「意味・思想」は、フツーの人々から「ばかけんちく視」を免れるバリヤーにはならない。
  ●「意味・思想」は、ヘンな建物の存在を正当化する「免罪符」にはならない。

  ...探偵団としては現時点でこういうふうに思っています。

 # 念のためですが、僕らは、
 # 『建築を、表現として、思想を込めて「デザイン」すること』
 # 自体を否定しているわけじゃありませんよ、決して。
 # 意味・思想が深く込められ、なおかつカッコよく、快適な建築だって
 # もちろんありますからねぇ。

——————–

>こうしたつくり手の側からの問題とは別な次元で、
>「バカ建築」を「鑑賞」する見方もありえると思います。

>それが出てきた事情はとりあえず置いといて、出てきた形態の不思議さを
>「鑑賞」する、あるいは文化的特質として分析しようというわけです。

あはは。これは僕らもそうですね。「それが出てきた事情はとりあえず置いといて」というところが特に(笑)。

今後もぜひご意見などよろしくお願いします。

しかし、全く逆の「意味・思想入れすぎ型」のものも、やはり「ばかけんちく」として等価に見ていきたいと、僕らは思います。

要するに、「フツーの人の視点」からはどっちも同じようなもの、なんだと思います。フツーの人には、ヘンな建築と出会ったとき、それが「考えなしでヘン」なのか「考えすぎでヘン」なのか、を判別する術がないのです。「考えなし」も「考えすぎ」も、一周まわって受け取られ方は結局おんなじという皮肉な現実もあり得るのでは。

管理人の古井さんは、このあたりの受け答えが絶妙なんですね。
専門家の指摘を謙虚に受け止めつつも、素人にとっての建築観はきちんと主張する。卑下するわけでもなく、逆ギレするわけでもなく。
こういう大人の受け答えが非常に好ましかったのです。

そして、これこそ、インターネットの本当の醍醐味だったのですよ。
いろんな立場、いろんな価値観の人が、各自の意見を持ち寄り、一つのテーマに沿って、理解を深めていく。
ネットコミュニティが罵詈雑言の言論プロセスになる以前は、こういう大人のやり取りがあちこちに見られたのです。
今は二言三言で文句を投げつける、子供の喧嘩みたいだけど。


●「意味・思想」は、フツーの人々から「ばかけんちく視」を免れるバリヤーにはならない。
●「意味・思想」は、ヘンな建物の存在を正当化する「免罪符」にはならない。

これも重要な指摘です。
現在の言論封殺は、何度も繰り返し書いているように、「裸の王様論」なんですね。
「この着物が見えない、あなたの方がバカなのです」という主張です。

作り手に、自他とも認める、どれほど高尚な「意味・思想」があったとしても、「おかしな建築を作ってもいい免罪符」にはならないと。
そして、そこに素人がエクスキューズを入れれば、「この着物が見えない、あなたの方がバカなのです」という論法で封殺にかかる。
これでは反省も成長も生まれようがありません。

どんな分野でも、改善や改革のベースにあるのは、優れた知識ではなく、「素朴な疑問」です。

「なぜ、その屋根は赤いの?」「この場所に、そんなオブジェが必要なの?」みたいなシンプルな問いかけです。

その問いかけを探究し、また一歩、レベルアップする為に知識を身につけるのであって、客観性も内省も伴わない知識は単なる情報ではないでしょうか。

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