ベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」~歓喜の歌を世界で最初に耳にした聴衆~

目次

『ベートーヴェン交響曲 第九番 合唱付き』について

映画『敬愛なるベートーヴェン』より

世界で一番幸せな人は、ベートーヴェン交響曲第九番の初演に立ち会った聴衆だと思う。

当時は、ロックもポップスも無かったから、「ベートーヴェンの新曲発表」=「ビヨンセやマライア・キャリーのニューアルバム発売」と同じような感覚だったと思う。

今度は、どんな名演を聞かせてくれるのか、新しい旋律はアダージョか、プレストか。

期待に胸を膨らませて、劇場に足を運んだ人々の興奮やさざめきが目に浮かぶ。

それはきっと、現代人の私たちには想像もつかないほど、エキサイティングな出来事だったにちがいない。

*

そんな『第九』の初演を忠実に描いたのがエド・ハリス主演の映画『敬愛なるベートーヴェン』だ。

敬愛なるベートーベン [DVD]
出演者  エド・ハリス.ダイアン・クルーガー.マシュー・グッド.フィリーダ・ロウ.ニコラス・ジョーンズ.ラルフ・ライアック (出演), アニエスカ・ホランド (監督)
監督  
定価  ¥13,800
中古 20点 & 新品  ¥1,986 から

次第に聴覚をなくしていくベートーヴェンを補佐する為にやって来た写譜師アンナ(架空の人物)との交流を通して、人間ベートーヴェンの苦悩をリアルに描いた良作である。

本作では、ベートーヴェンはすでにオーケストラを指揮できる状態になく、舞台袖からアンナがサポートする。

また有名な逸話では、演奏を終えたベートーヴェンは、会場が静まりかえっているので、第九は不評だったのかと焦ったが、実は、万雷の拍手が聞こえず、コンサートマスターに促されて、初めて観客の大喝采に気付いた……というエピソードがある。

実際のところ、どんな状況だったのか、後世の人間は様々な資料をもとに想像するしかないが、ともあれ、世界で初めて第九の演奏に立ち会った聴衆は、世界一幸運だったに違いない。

第九の栄光の後、ベートーヴェンは最後の力を振り絞って、難解かつ画期的な曲調の『大フーガ』を作曲するが、あまりに新しすぎた為に、当時の聴衆は誰一人理解せず、ベートーヴェンは失意のうちに息を引き取る。

が、彼の死後、弦楽四重奏曲『大フーガ』は、後世の作曲家に大いなるインスピレーションを与えることになる。

↓ こちらの動画は英語ではありませんが、音楽と雰囲気は分かると思います。

難聴の苦痛に耐えながら、作曲に打ち込むベートーヴェン。当時はろくな補聴器もないですから、巨大なカタツムリみたいな器械を耳に差し込んで、どうにか音を拾っていたのは本当です。

本作で特に印象的だったのは、ベートーヴェンの隣の部屋に住むおばあさんの一言だ。

いつも廊下に椅子を出し、長い間、座っている老女に対し、アンが(毎日ピアノの音がうるさいだろう)と気遣い、「どうして引っ越さないのですか?」と尋ねると、おばあさんは急に立ち上がり、

引っ越す? ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの隣に住んで、誰よりも早く作品を聴けるのよ。初演前に聴けば、ウィーン中が嫉妬するわ。“交響曲7番”の時から住んでるの。

今風に喩えれば、フレディ・マーキュリーの隣に住むような感じだろうか。

『誰よりも早く新曲が聴ける』という幸福感は大いに共感する。

私も隣に住みたかった。

ベートーヴェンの隣に住む老婦人

『歓喜の歌』 シラーの詩と日本語訳

An die Freude

O Freunde, nicht diese Töne!
Sondern laßt uns angenehmere
anstimmen und freudenvollere.
(ベートーヴェン作詞)

Freude, schöner Götterfunken,
Tochter aus Elysium
Wir betreten feuertrunken.
Himmlische, dein Heiligtum!

Deine Zauber binden wieder,
Was die Mode streng geteilt;
Alle Menschen werden Brüder,
(シラーの原詩:
Was der Mode Schwert geteilt;
Bettler werden Fürstenbrüder,)
Wo dein sanfter Flügel weilt.

Wem der große Wurf gelungen,
Eines Freundes Freund zu sein,
Wer ein holdes Weib errungen,
Mische seinen Jubel ein!

Ja, wer auch nur eine Seele
Sein nennt auf dem Erdenrund!
Und wer's nie gekonnt, der stehle
Weinend sich aus diesem Bund!

Freude trinken alle Wesen
An den Brüsten der Natur;
Alle Guten, alle Bösen
Folgen ihrer Rosenspur.

Küsse gab sie uns und Reben,
Einen Freund, geprüft im Tod;
Wollust ward dem Wurm gegeben,
und der Cherub steht vor Gott.

Froh, wie seine Sonnen fliegen
Durch des Himmels prächt'gen Plan,
Laufet, Brüder, eure Bahn,
Freudig, wie ein Held zum Siegen.

Seid umschlungen, Millionen!
Diesen Kuß der ganzen Welt!
Brüder, über'm Sternenzelt
Muß ein lieber Vater wohnen.

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

頌詩(歓喜に寄す)

ああ友よ、そんな調べではだめなのだ!

声を合わせて もっと楽しくうたおうではないか。
もっとよろこびにあふれる調べで!

よろこび、それは神から発する美しい火花、
楽園の遣わす美しい娘、
わたしたちは熱い感動の思いに突き動かされて、
気高いよろこびよ、おまえの国へ歩み入る!
おまえは世のしきたりがつめたく引き裂いたものを、
不思議な力でふたたびとけ合わせる。
おまえのやさしいつばさに懐かれると、
すべてのものは同胞となる。

心の通じ合える真友を得るという
むずかしい望みのかなったものも、
気だてのやさしい妻をめとることができたのも、
よろこびの気持ちを声に出して合わせよ!
そうだ この広い世の中で たったひとりでも
心をわかち合える相手がいると言えるものも和すのだ!
だがそれさえできぬものは、よろこびの仲間から
ひと知れずみじめに去って行くがよい。

すべてのものは自然の胸にいだかれ、
その乳房からよろこびをいっぱいに飲んでいる。
操正しいひとも邪なものもみなすべて
ばらの香りに誘われて自然のふところへ入って行く。

自然はわたしたちにくちづけと ぶどうと
死の試練をくぐりぬけた友を与えてくれた。
快楽などはうじ虫に投げ与えてしまうと、
知と正を司る天使が神のまえに姿をあらわす!

よろこびにあふれて、ちょうど満点の星々が
壮大な天の夜空を悠然とめぐるように、
同胞よ、おまえたちも与えられた道を歩むのだ、
よろこびに勇み、勝利の大道を歩む英雄のように。

たがいにいだき合うのだ、もろびとよ。
全世界のひとたちと くちづけをかわし合うのだ!
同胞よ! 満点の星々のかなたには
父なる神はかならずやおわしますのだ。
そうすれば おまえたちはひれ伏すか、もろびとよ。
この世のものたちよ、おまえを創造した神がわかるか。
満点の星々のかなたに神を求めよ!
星々のかなたに神はかならずやおわしますのだ。

訳 : 喜多尾道冬 ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 ライナーノーツより

合唱のポイント(発音と歌唱のコツ)

歌詞は有名ですけど、実際、ドイツ語で何と言っているのか、知らない人も多いのではないかと思います。

以下、合唱パートにおける発音を紹介しておきますね。
(私は専門家ではないし、日本語に置き換えているので、厳密には違う部分もあるかもしれませんが<ウムラウトとか・・>、だいたいの感じをつかめていただけたら嬉しいです)

曲自体は長いですが、同じ歌詞の繰り返しなので、すぐに覚えられます。

歌唱のコツは、私が参加した第九合唱団で教わったものです。参考にどうぞ。
(井上道義・指揮 京都市交響楽団 / 合唱指揮 伊吹新一氏)

Freude, schöner Götterfunken,
フロイデ シェーネル ゲッテルフンケン

Tochter aus Elysium
トホテル アウス エリージウム

Wir betreten feuertrunken.
ヴィル ベトレンテン フェウエルトルンケン

Himmlische, dein Heiligtum!
ヒムリッシェ ダイン ハイリヒトゥム

Deine Zauber binden wieder,
ダイネ ツァウベル ビンデン ヴィーデル

Was die Mode streng geteilt;
ヴァス ディ モデ シュトレング ゲタイルト 

Alle Menschen werden Brüder,
アレ メンシェン ヴェルデン ブリューデル

Wo dein sanfter Flügel weilt.
ヴォー ダイン サンフテル フリューゲル ヴァイルト

Seid umschlungen, Millionen!
サイト ウムシュルンゲン ミリオネン

Diesen Kuß der ganzen Welt!
ディーゼン クス デル ガンゼン ヴェルト

Brüder, über'm Sternenzelt
ブリューデル イーベルム シュテルネンツェルト

Muß ein lieber Vater wohnen.
ムス アイン リーベル ファーテル ヴォーネン

Ihr stürzt nieder, Millionen?
イール シュトゥルシュト ニーデル ミリオーネン

Ahnest du den Schöpfer, Welt?
アハネスト ドゥ デン ショプフェル ヴェルト

Such' ihn über'm Sternenzelt!
スフ イーン イーベルム シュテルネンツェルト

Über Sternen muß er wohnen.
イーベル シュテルネン ムス エル ヴォーネン

Küsse gab sie uns und Reben,
クッセ ガブ シエ ウンス ウント レーベン

Einen Freund, geprüft im Tod;
アイネン フロウント ゲプリューフト イム トート

Wollust ward dem Wurm gegeben,
ヴォラスト ワルト デム ヴルム ゲゲーベン

und der Cherub steht vor Gott.
ウント デル ケエルプ シュテフト フォル ゴット

【格好良く歌うコツ】

(1) [ t ] は舌打ちするように音を切る。母音を付けない。

たとえば Welt(ヴェルト)の最後の「t」は、to(ト)と母音を付けて発音するのではなく、「チッ」と舌打ちするように、舌先を口蓋の上に付けて、純粋に「t」の音だけ出すのがコツです。

この「t」を歯切れ良く、明瞭に発音すると、ドイツ語っぽく聞こえます。

(2)ポイントは「Welt」「Gott」「Götterfunken」

合唱のクライマックスに相当する言葉が上の三つです。

Diesen Kuß der ganzen Welt (この口づけを全世界に!)の「Welt」

und der Cherub steht vor Gott.(智天使ケルビムは神の御前に立つ)の「Gott」

そして、Freude, schöner Götterfunken (歓喜よ、神々の麗しき霊感よ)の「Götterfunken」

いずれも、曲の最高音に込められた歌詞ですから、ここで「歓喜が爆発するように」、あるいは「天に突き抜けるように」高らかに歌うのがコツです。

(3)中間部のフォルテで気張らない

合唱の一番難しいパートは、曲の中間に現れる以下の部分です。

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ピアニッシモからフォルテへ、フォルテからまたピアニシモへ、寄せては返す波のように強弱をつけて歌わなければならないドラマチックな部分なだけに、つい山場の「Welt」で、ガーンと大きな音を出してしまいがちですが、他の部分の「Welt」と違い、ここは天国をを思わせるような透明感が大切な箇所。
この箇所の「Welt」をはじめ、フォルテの部分は、あくまで崇高に、上品に歌うのがコツです。

(4)フーガの部分は周りの音をよく聞いて

フーガの部分は各パートが掛け合うように歌う部分なので、飛び出したり、出遅れたりする人が続出する箇所でもあります。

Brüder, über'm Sternenzelt
Muß ein lieber Vater wohnen.

この部分のポイントは、「Brüder」。「全世界の兄弟よ」と呼びかける、このブリューデルは優しく。
それに続く「Sternenzelt」は、星のきらめきを思わせるように。
ここが美しく決まらないと、演奏全体が死んでしまいます。

(5)最後の爆発感が肝心

クライマックスは、次の歌詞の繰り返し。

Seid umschlungen, Millionen!
Diesen Kuß der ganzen Welt!

Brüder, über'm Sternenzelt
Muß ein lieber Vater wohnen.

Freude, schöner Götterfunken,
Tochter aus Elysium

最後は Götterfunken(神々の火花……とうちの合唱団の先生は言っていた)が意味するように、歓喜の火花を散らしてフィニッシュするのがコツ。

指揮者によっては、「ゲッテルフンケン!」と歯切れ良く歌い終わるパターンと、「ゲッテルフ・ン・ケ・ン」と一音一音溜めるように表現するパターンと二つあるので、指示をしっかり理解して、とちらないようにしましょう。

ベートーヴェンと『第九』作曲の過程について

ベートーヴェン(1970-1827)の作曲した9曲の交響曲は、どの1曲をとっても決して相似してはいない。その中でもこの『第九』は、彼の作品中で特異なだけでなく、交響曲史上でもユニークな姿を維持し続け、その独自の芸術的価値はその後の交響曲史に照らしても少しも色褪せていない。そもそも純粋な器楽様式の中に声楽を導入したこと自体が革命であったし、その試みが初演時にして大成功を博したことも奇跡的なのである。

知的欲旺盛な少年として育った部オートーヴェンは18歳半になった1798年5月にボン大学に聴講生として入学している。ボン大学はいわゆるライン啓蒙運動の拠点となっていたわけで、啓蒙君主として誉れの高かったオーストリアのヨーゼフ二世皇帝を兄にもつケルン選帝侯のマックス・フランツが前選帝侯の設立したアカデミーを発展的に解消してボン大学に昇格させていたのである。

<中略>

ボンの街は学生街さながらゲーテやシラーの文学を論じ合ったり、当時流行し始めていたカント哲学の談論が街のレストランの日常的な光景になっていた。

ベートーヴェンが入学した時期はまさにあのフランス大革命勃発の前夜であった。1789年7月14日の人民軍によるバスチーユ襲撃を機に人民が蜂起したというニュースはどこよりも早くボンに伝わってきた。シュナイダー教授の熱のこもった革命思想に関する臨時講義にはほとんど全ての学生が感動したのである。この講義をベートーヴェンが直接にせよ、関節にせよ、聴いたことは間違いないだろう。18世紀後半の音楽家で、政治や社会に深い関心を示したのはベートーヴェン以外の大作曲家には見られない。こうした革命精神は、芸術家の創造精神にとって、ある意味では不可欠であり、後のベートーヴェン音楽の様々な様式革新に何も影響を与えなかったとは考えられないのである。

一方、直接的な政治思想ではないが、その創造精神において極めて急進的であったのがフリードリヒ・シラーであった。シラーの友人であるB.L.フィッシェニヒがイエナ大学からボン大学に招かれてシラーの講義をしたのが1792年であった。ベートーヴェンはこの講義を聴き、また街のレストランでは個人的にフィッシェニヒとの知古も得ていたのである。

このフィッシェニヒが1793年1月26日付けのシラー夫人シャルロッテに宛てた手紙が残されており、「この少年は選帝侯の命により、先日ウィーンのハイドンの元に派遣されたところです。彼はシラーの「歓喜」を作曲しようとしています。しかも全節にわたってです」といった記述が見られるのである。

約30年後に第九交響曲終楽章として結実することになるシラーの詩「歓喜に寄す」との最初の出会いが革命思想に関する談論が溢れていたボン時代の大学聴講生時代にあったのである。

しかし、このシラーの詩との出会いを「第九」と直接結びつけることはできない。確かに『第九』の終楽章主題に似た音形やこの詩への付曲の試みを30年間の長い創作活動の中に何度か見出すこともできる。

しかし、それは『第九』に限ったことでも、ベートーヴェンに限ったことでもないのである。肝腎なことは交響曲構想としてこの詩への付曲を具体的に考え始めた時点にこそあるのだ。

1813年初春までに「第七」と「第八」の交響曲を完成させていたベートーヴェンはしばらく交響曲創作から身を引いている。

1817年にベートーヴェンはロンドンの友人から、ロンドン・フィルハーモニー協会が次の冬のシーズンにロンドンに招待したい、そのためにも2曲の新しい大交響曲を作曲してもらいたいという手紙を6月9日付けで受け取っている。

しかし、この年のスケッチ帳には作品106の《ハンマークラーヴィア・ソナタ》への着手こそ見られるものの、ひとつとして交響曲のためのスケッチも生まれていないのである。この年の暮れから翌1818年前半までに使用していたスケッチ帳の終わりの方にようやく「第九」第一楽章のための断片的スケッチが現れてくる。このスケッチ帳には「第九」とは別の交響曲の構想が言葉で記述されている。そこには「アダージョの頌歌、交響曲中に教会施法による頌歌を加える……終楽章で次第に声楽が加わるように……構成は普通の10倍の大きさで」といった内容である。結果的に見れば、1818年段階でのふたつの異なる交響曲構想が「第九」というひとつの姿に統合されたことになるのである。

しかしこれらふたつの交響曲創作はほとんど進展しないまま1822年秋まで時が過ぎている。この間に使われた12種類のスケッチ帳のいうれにも『第九』関連のスケッチは見られないのである。この4年間は《ミサ・ソレニムス》と最後の5曲のピアノの大作、すなわち《ディアベリ変奏曲》と《ハンマークラヴィーア》以後の4曲のソナタの創作に充てられていたのである。

従来『第九』の創作期を可能な限り若い時代に遡ろうとすることで、この作品に対するベートーヴェンの思い入れの大きさを見ようとする傾向があったが、実際に作曲した期間は1818年春に着手した経緯はあるものの、実質的創作は1822年暮れから1824年2月中旬までの1年3ヶ月程度であったのである。

演奏会場の調達や日時の決定に並行して、オーケストラの増強とソリストや合唱団の選手編成などで手間取りながらも、異例の練習時間も十分にとって、『第九』は、1824年5月7日金曜日の夜7時から満員のケルントナートーア劇場で初演されたのである。

黒い礼服がなく、濃い緑色の上着を身につけたベートーヴェンは4度も聴衆のアンコールに呼び出され、しまいには警察官が「静粛に!」と叫ぶほどであった。当時は皇帝への喝采でさえ3度までが慣例となっていたのである。

初演時のスタッフは、総監督=ベートーヴェン、総指揮者=宮廷劇場楽長=ウムラウフ、オーケストラ指揮者=シュヴァンツィヒ、独唱陣は、ソプラノ=ゾンターク、アルト=ウンガー、バリトン=ザイベルト。ヴァイオリン=24、ヴィオラ=10、チェロ・バス=12、管楽器=スコアの倍管編成、合唱は各声部20~24名であった。

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 ライナーノーツより 平野昭

交響曲第9番 ライナーノーツより

交響曲第9番 ライナーノーツより

CDとSpotifyの紹介

第九も名盤揃いですが、聴く側にこだわりがあるので、万人に共通の名演というのはまずありません。
しかしながら、耳に心地よい、絵に描いたような第九はあります。
カラヤン版は誰でも安心して聴ける演奏です。
特にこだわりもなく、「とりあえず一枚買っておくか」という方におすすめです。

バーンスタインの第九も人気がありますが、特におすすめなのが崩壊記念コンサートの録画映像。
カラヤンのケレンの入った「いかにも!」な表現が苦手な方にはこちらをおすすめします。

ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱つき》[バイロイトの第9/第2世代復刻] by 
 定価  ¥2,407
 中古 21点 & 新品  ¥980 から

これも持ってましたね。私が買ったCDは「足音入り」だったんですよ。
フルトヴェングラーがコツコツと舞台袖から出てきて指揮台に立つまでの、その足音まで収録されているというレアものです。
今度の復刻版にも足音が入ってるんでしょうか・・。
歴史的背景を知れば、この演奏の良さが分かります(Amazonのレビューにも一部紹介されています)
現代のスタイリッシュな演奏が好みの方には、ただただ古臭いものにしか聞こえないでしょう。
マニアが最後に辿り着く「歴史的に意義のある」名盤です。

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

目次
閉じる