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愛の貴石 ブルーディアナイト ~針状結晶と富の宝庫~

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【小説の抜粋】 愛の貴石と稀少金属の針状結晶

北方のウェストフィリア島の探鉱に乗り出したファルコン・マイニング社の社長ロバート・ファーラーは、自らが出資するウェストフィア開発公社の視察にやってくる。

ファーラー社長の手中には、数十年前、美しい乙女から暴力で奪い取った、青い貴石があった。

稀少金属ニムロディウムの針状結晶を含む貴石は、アル・マクダエルの実姉ダナが鉱物学者の恋人から贈られたものだった。

ウェストフィリア島のマグナマテル火山で、”見つけてはならないもの”を見つけてしまった鉱物学者の父子は悲惨な事件に巻き込まれる。

このパートは『海洋小説『曙光』(第四章・ウェストフィリア・深海調査)』の抜粋です。 作品詳細はこちら

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ローランド島東部のペネロペ湾に向かうエグゼクティブジェットのコンパートメントでは、ファルコン・マイニング社のロバート・ファーラー社長が高級布張りの快適なスリーパーシートで身体を休めながら、壁に取り付けられた大型スクリーンでアステリアの公共広告を眺めている。区政センターが産業振興の為に作成したプロモーションビデオで、観光、工業、海洋化学、新規産業の創設など、海洋都市の魅力と可能性を感じさせる内容に仕上がっている。

だが、ロバート・ファーラーがそそられるのは、こんな田舎くさいコマーシャルではない。『ブルーディアナイト』と呼ばれる美しい貴石だ。

ファーラーはいつも後生大事に持ち歩いているイタリアンレザーのアタッシュケースを開くと、紺のベルベットをあしらった細長いジュエリーケースを取り出した。そこにはプラチナの台座に収められた青いペンダントが今も恋人に思いを馳せるように輝いている。

女の小指のように円くカボションカット*1されたこの石は、海のように深みのあるロイヤルブルーで、光を当てると、まるで宇宙の深淵から光が差すように六条の星彩効果(アステリズム)が現れる。しかも光源によってロイヤルブルーからピンクパープルに色調が変わり、これまで国宝級の宝石を目にしてきたファーラーでさえ目を見張るほどの逸品だ。

しかも、この石は鉱業的にも計り知れないポテンシャルを秘めている。石の中に含まれる針状結晶(インクルージヨン)が純度九九・九九パーセントのニムロディウムで構成されているからだ。

通常、ニムロディウムは酸素と強固に結合した「酸化ニムロディウム」という形で存在し、単体のニムロディウムは地上には存在しないことで知られている。
だが、ウェストフィリアで採取されたこの石は、元素鉱物ともいえる高純度のニムロディウムを含み、生成の過程も、性質も、大きな謎に包まれている。研究が進めば、従来の定説を覆す画期的な発見になるだろう。

にもかかわらず、存在を公にできないのは、この貴石が暴力によってもたらされたものだからだ。

それはかつて美しい娘の胸元を飾っていた。

鉱物学者の恋人からの贈り物だ。

仕事を依頼された男は、ただ奪い取るだけでよかったのに、娘の美しさに獣欲を刺激され、四人がかりで暴行した挙げ句、一緒に居た恋人まで殺害した。
しかも生き証人である娘は冥界から蘇ったように強力な統率力を身につけ、タヌキの弟と一緒にファルコン・マイニング社に反旗を翻している。
今、ロバート・ファーラーの手の中にあることが知れたら、あの姉弟は悪魔の手を借りても事件に関わった者を裁きの場に引きずり出し、暴行の事実はもちろん、鉱業局員の買収、学界ぐるみの虚偽、脅迫、捏造の数々を白日の下に晒すだろう。たとえ刑事事件としては時効でも、一連の出来事が明るみに出れば、世間にどれほど糾弾されるかしれない。

(まったく、しぶとい)

ロバート・ファーラーは舌打ちすると、年々、評価が下がるニムロデ鉱山と、それに引き摺られるように失速するファルコン・マイニング社の現状を苦々しく思い浮かべた。

ノア・マクダエルが『真空直接電解法』に成功した事はまだいい。低品位のニムロイド鉱石に活路が開けたところで、ニムロデ鉱山やファルコン・マイニング社の地位は揺るがない。採鉱量、品質ともに、ニムロデ鉱山に勝るものはないからだ。

しかし、ニムロディウムがそれ以外の場所からもっと効率よく採掘できるとなれば、話は別だ。それが隕石であれ、海洋であれ、ファルコン・マイニング社には命取りになる。
ところが、あのタヌキは海台クラストの存在を突き止めたばかりでなく、ステラマリスでは商業的に失敗した採鉱プラットフォームを完成して、不可能を可能にした。その生産量は、ニムロデ鉱山に比べたら微々たるものだが、採掘の手法でも、精錬でも、鉱業的には計り知れないポテンシャルを秘めている。ファーラー一族に遠慮して誰も表立って言わないが、企業として負けたのは誰の目にも明白だ。

それでなくても、この十数年、技術特許の数、信用格付け、伸び率、あらゆる面で差を付けられ、昨年末はとうとう一流ビジネス誌が主催する毎年恒例の「会社ランキング」でMIGインダストリアル社とMIGエンジニアリング社が二位と六位にランクアップし、ファルコン・マイニング社とファルコン・スチール社は揃って圏外に弾き飛ばされた。おまけに顔だけが取り柄の青臭い社会評論家に「ファルコン・スチール社は買収を繰り返して図体だけ大きくなった会社。技術でここまで上り詰めたMIGインダストリアル社とは比ぶべくもない」と揶揄され、一から十まで癪に障ることばかりだ。

年明けには子飼いのエコノミストやジャーナリストに小遣いをやって、プラットフォームに不利な記事も書かせたが、話題になったのは、ほんの数日だけ。世間の関心はあっという間に大物政治家の愛人スキャンダルに移ってしまった。

おかげで社長としての力量まで疑われ、債権者や株主の中には「ファーラー一族の引責」を声高々に叫ぶ者まで出現している。だが、それは決してロバート・ファーラーの落ち度ではない。父ドミニクの代に海台クラストの採鉱計画を甘く見て、なんら手を打たなかったのが原因ではないか。

今では鉱業局も採鉱プラットフォームに期待を寄せ、トリヴィアの新規産業として積極的にPRしている。それだけでも十分、ファルコン・マイニング社の弱体化を世間に知らしめるようなものだ。

おまけに助っ人としてやって来た潜水艇のパイロットは、接続ミッションに成功しただけでなく、「海洋情報ネットワーク」だの「オーシャン・ポータル」だの、犬コロのようにちょこまか動き回り、今度はウェストフィリアの深海調査の実況を画策していると聞く。鼻づまりのオランダ人のくせに、野良犬みたいに骨一本で手なずけられ、今ではタヌキの娘と相思相愛だ。もっと派手に遊び回ってくれれば、大衆が喜びそうなスキャンダルを提供できるのに、酔いもせず、贅沢もせず、デートしても午後十時には中学生のカップルみたいにお別れのキスをして、それぞれの住まいに帰っていく。あのジャンヌ・ダルク気取りの小娘と、哲人ぶったタヌキの化けの皮を剥がそうと、情報屋にもずいぶんチップをはずんで身辺を探らせたが、めぼしいものは何一つ見つからず、彼らの名声は日に日に高まるばかりである。

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