いやいやでも海の仕事をするうちに、自分が何ものか思い出す ~産業発展と共存共栄の精神

いやいやでも海の仕事をするうちに、自分が何ものか思い出す ~産業発展と共存共栄の精神

いやいやでも海の仕事をするうちに、自分が何ものか思い出す ~産業発展と共存共栄の精神

事業の根幹は人間

事業というと、アイデア、資本力、技術、PR力といった言葉が思い浮かびますが、それがどこからもたらされるかといえば、ずばり、人間です。
どれほど優れた設備や資本があっても、機械やお金、それ自体が、新しい事を思い付いたり、業務を遂行するわけではありませんから、それに携わる人間が駄目なら、事業全体が駄目になるのは自明の理なのです。

『曙光』の下巻に「ボルトを締める人の手にも意思がある」と書いていますが、どれほど設計が素晴らしくても、工事に携わる人間に意欲も責任感もなければ手抜きにしかなりません。

それが分からない人が会社を傾け、欠陥製品を世に送り出し、多くの従業員を路頭に迷わせるのです。

以下のパートは海洋小説『曙光』(第二章・採鉱プラットフォーム)の抜粋です。
詳しくは作品概要、もしくはタイトル一覧をご参照下さい。
WEBに掲載している抜粋は改訂前のものです。内容に大きな変更はなく、細部の表現のみ訂正しています。

【あらすじ】 世界を変える技術と人間の可能性

自暴自棄から潜水艇のパイロットの仕事を引き受けたヴァルターは、アル・マクダエルの事業を看破するつもりで乗り込んだ洋上の採鉱プラットフォームだが、逆に、その威容と技術に圧倒され、アルの気魄に打ちのめされる。
そんな彼にアルは共存共栄の精神と人生のやり直しを説く。

【小説の抜粋】 もう二度と自棄を起こすな

※ 採鉱プラットフォームから帰港するクルーザーの後部甲板にて

船尾ではヴァルター・フォーゲルが甲板の手摺りに身をもたせかけ、陽の沈みかけた海の向こうをぼんやり眺めている。背も高く、スポーツ選手のようにがっしりとして、仕事も私生活も充実してそうな雰囲気だが、その後ろ姿は、十代、二十代の不安定な時期に人生の導き手を失った若者の空疎が感じられた。

アルの気配に気付くと、彼はゆっくり後ろを振り返ったが、すぐにまた決まる悪そうに視線を反らした。

アルは彼の隣に並ぶと、「いくら海に話しかけても、返事はあるまい」と静かな口調で言った。

「人間とは孤独なものだ。本当に知りたい答えを誰かが教えてくれることは滅多にない。

たとえ今、父親が生きていても、答えられないことの方がきっと多い。お前はもう幼子ではないし、父親と違う人生を生きてるからだ。

それでも心の中に話しかける相手が居るのは良いことだ。

神でも、死んだ父親でも、絶対的に信じられるものがあれば、人は強くなれる。

誘惑に負けて、道を踏み外すこともない。

だが、それも突き詰めれば、聞いているのは自分自身の声だ。分かりやすく言えば、自分の中にも『父なるもの』が存在するということだよ。

海の彼方に探さずとも、お前は既に答えを知っている。それだけの知恵を父親が授けてくれた。

ある意味、父親の人生を、お前自身がもう一度生き直しているようなものだ。記憶の声を手がかりに」

彼は不思議そうにアル・マクダエルの横顔を見詰めた。今まで誰もこんな風に教えてくれたことはなかった。

「プラットフォームは気に入ったかね」

「現存する海上リグの中では抜きん出てると思う」

「どの点が?」

「基礎の構造物からして全く違う。建材はもちろん、防蝕や防錆塗料もステラマリスで目にしたものとは段違いだ。何か特別な技術でも?」

「防蝕塗料の技術はステラマリスの塗料・化成会社と共同で開発した。一部にニムロディウムの粉末を使っている。一昔前は非常に高価だったが、今は製錬技術も発達して、以前の半額で特殊塗料を製造できるようになった。もっとも、わしの手柄ではなく、わしの父の功績だがね。何十年も前、アステリアで橋梁や船舶などの海洋構造物が増築されることを見込んで、いち早くこの分野に取り組んだ。実用化するまで長く時間はかかったが、今では逆にステラマリスに技術や製品を輸出するまでになっている」

「それもこれも海底鉱物資源のため?」

「それもあるが、全てではない。産業全体を押し上げるためだ。

アステリアで成功するには、自分一人が気炎を上げても続かない。全体に活気と技術がなければ、いずれ自分自身も澱んだ水の中で息絶える。

では、どうするか? 

いろんな考え方があるが、まずは産業の基盤を強固なものとする。自分も立ち、相手も立つ、共存共栄の考えだ。

アステリアの場合、基礎となるのは海洋構造物だ。橋梁、船舶、浮体、護岸。

それらが脆弱で、どうして企業が経営に集中できる? 

安全なインフラが無ければ、どんな大企業も進出を躊躇する。しょっちゅう修理が必要となれば、毎年錆止めを塗り直すだけで小さな会社は疲弊してしまう。

五十年、百年と耐久する社会の基盤があって初めて、人と資本が集まり、自らも立つことができる。

いろんな会社が進出し、切磋琢磨すれば、自分の取り分は減るかもしれないが、市場に活気が生まれ、技術が高まれば、結局は長く続く。

自分が儲けたければ、まずは相手から。

己一人の利欲で大風呂敷を広げても、利口な経営者は寄りつかない。

愚昧な強欲ばかりが集まれば、せっかくの漁場もあっという間に荒らされる。

何かを成したければ、常に周囲を注意深く観察し、相手にも分け与えながら進むことだ。

時間はかかっても、回り回って、最後には自分の懐に入ってくる。

この数十年、MIGが行った投資や技術開発は、アステリアの海洋構造物を至る所で支えている。プラットフォームは生きた見本だ」

<中略>

「要は『今成すか、永遠に成さないか』の違いだ。

この世に百パーセント確実な事業などありはしないし、好条件が完璧に揃うのを待っていては、ホットドッグの屋台も引けない。目の前に解決すべき問題があり、それを可能にする一つの方策がある。そうと分かれば、自ら動く、それだけの話だよ。

あとは何が何でもやり遂げるという強い意志が仲間を呼び、資金を捻出し、難所に活路を見出す。時には運が味方することもある。全ては長期戦だ。一年、二年で、結論が出るほど単純なものではない。

お前の本当の誤りは、お前自身が諦めたことだ。たとえ『緑の堤防』が意匠の盗用に相当し、取り下げを余儀なくされたとしても、自身のアイデアの有用性を信じるなら、どんな形でも訴え続けたはずだ。仲間の怒りを買っても、陰ながら復興ボランティアを支えることも出来ただろう。

だが、お前は逃げ出した。

その苦さがあるから、屁理屈ばかりこねて、自分は駄目だ、無力だと、落ち込むんじゃないかね」

「……」

「まあ、誰にでも失敗は付きものだ。知恵者でも、焦れば判断を誤ることもある。ましてお前は若い。調子づいて、この世の真理を悟ったような気分になることもあるだろう。だが、それが当たり前だ。最初から完成された人間などありはしない。今回はこのような顛末になったが、遠く離れた所でも、真面目にやっておれば、いつかは仲間の信用を取り戻し、名誉を回復する機会もあるだろう。これまでとは異なる経験を積んで、まったく新しい道も見えるかもしれない。今プラットフォームで働いている主要メンバーの多くは、幼少の頃、親の仕事でアステリアに来て、大人の苦労を横で見ながら育った。中には気難しい者もいるが、みな筋金入りだ。お前もいやいやでも海の仕事をするうちに、自分が何者かを思い出すだろう。だから、二度と自棄(やけ)を起こすな」

【リファレンス】

若い人に本田宗一郎の話をしてもピンとこないだろうし、「彼の経営哲学が昭和の時代に合っていただけ。現代は違う」という人もあるけれど、一つだけ確かのは、本田氏は現代に生きても何かを成しただろうということ。時代がどう変わろうと、何かを成し遂げる人の考え方は大体共通していて、それゆえに、脈々と受け継がれる名著なんてものが存在するのだ。役に立たない考え方は一時代で終わるベストセラーと同じ、乗って、売れても、長続きはしない。永久不変の巨人のように思えるグローバル企業も、世界情勢やユーザーの価値観の変化に揉まれて汲々としているところを見ると、最後に問われる点は、理念とか、良心とか、実に単純な話ではなかろうか。庶民を出し抜いて、上手くやったとほくそ笑んでいる間に、やってはならない一線を越えて、一斉にNOを突きつけられる某ネットサービスみたいに。
方針に困ったら、原点に立ち返るのが一番いい。
いわゆる、商人魂というもの。
結局、正しいものが、細く、長く、変わらず続く。

 得手に帆あげて―本田宗一郎の人生哲学 (単行本)
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第二章 採鉱プラットフォーム Kindle Unlimited版

水深3000メートルの海台に広がる海底鉱物資源を採掘する為、潜水艇パイロットのヴァルターは洋上プラットフォームの採鉱システムを接続するミッションに参加する。採鉱事業を指揮するアルの娘リズは彼に一目惚れするが、彼の態度は素っ気なく..。Unlimitedなら読み放題。

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