コラム子育て・家育て– category –

思春期の子供の自立と親子関係。幼児育児の悩みとママの気持ちについて綴ったコラム集。
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コラム子育て・家育て1個ぐらい食事前にキャンディを食べてもいいじゃないか、人間だもの → 相田みつを的育児観
親の試行錯誤が全てムダかといえば、決してそうではなく、あの失敗も、この間違いも、人間らしい積み重ね。その人間らしさは、いつか「思い出」や「哲学」といった形で、子供に返ってくる。親の試行錯誤が全てムダかといえば、決してそうではなく、あの失敗も、この間違いも、人間らしい積み重ねだ。その人間らしさは、いつか「思い出」や「哲学」といった形で、子供に返ってくる。 -
コラム子育て・家育て鳴かぬなら それもまたよし 我が子なり ~松下幸之助流の子育て
経営の神様と言われた松下幸之助の人心術の極意は『鳴かぬなら それもまたよし ホトトギス』でした。子育ても経営も同じ。鳴かない鳥の頭を叩いたり、強く言って聞かせても、親の思い通りに鳴くわけではありあません。幸之助氏のように、鳴くまで、待ってみませんか。 -
コラム子育て・家育て頑張らない育児 ~なぜ『頑張って』しまうのか
癇癪もちでも、成績悪くても、引っ込み思案のいじめられっこでも、ありのままを受け入れていく以外に親子が生き延びる道はないと思う。頑張っても、頑張っても、報われない。子供が自分の思う通りにならないと嘆く前に、自分の都合よく改造しようとしているのではないか、と自問してはいかがでしょう。 -
コラム子育て・家育て途中で何度も崩れていいから、頑丈な積木の家庭を作ろう
摩擦が多いのは、関係が深い証。家庭も親子関係もみっともないものでいいと思います。途中何度も崩れてもいいから、「一見きれいだけれど線の細ーい不安定な積み木」ではなく「マグマのように不揃いだけれど頑丈な積み木」を築きたいものです。 -
コラム子育て・家育て辛いときほど一緒に居てみよう ~どんな時も手を離さずに~
特別なことなど何もしなくていい、「親だから」と身構える必要もない。「ただ一緒に居る」ことが子供にとって救いになることもある。子供の「あっちに行け」は「今だけ放っておいて、でも心は見捨てないで」の意味。 -
コラム子育て・家育て貞子の『リング』 ~「自分さえ良ければ」の連鎖~
私は、母親の優しさ、しいては人間の優しさというのは、「1+1=2」に出来ない、子供(もしくは人間)の『どうしようもなさ』に対する理解だと思っています。 -
コラム子育て・家育て親殺しは心の中で成し遂げる オイディプスの幸せ道
親に逆らうことに罪悪感を持ち続ける限り、あなたは生涯、呪いの囚われ人であり、「親 死んでほしい」「親 殺したい」という憎悪から解放されることもありません。あなたの心の中で、親は一生許しがたい悪魔として存在し、その毒は、あなたの人生も、あなたの周りの人も、めちゃくちゃにしてしまうでしょう。 -
コラム子育て・家育て親子の間にも距離は必要 ~ヤマアラシのジレンマから学ぶ
親子といえど、心をもった、一対一の人間関係。くっつきすぎても、離れすぎても、心は温まりません。ショーペンハウワーの寓話『ヤマアラシのジレンマ 」のように、子供と適切な距離をあけてみませんか。物理的に距離を置くことで、逆に解り合えることもあります。人間関係の適切な距離は、いっそう愛と信頼を深めるものです。 -
コラム子育て・家育て親も自分の生き方にフォーカスする ~自分が克服すべき問題を子どもに重ね見ていませんか?
空しさや劣等感など、本来、自分が克服すべき問題を子どもに重ね見て、子どもを通して解決しようとしていませんか。あなたの人生の問題は、あなた自身で解決しなければ、意味がありません。子どものことはいったん横におき、自分自身と向き合いましょう。 -
コラム子育て・家育て親の死を願っても、人生は変わらない
親の死を願っても人生は変わりません。親が変わることを願っても、親は死ぬまで変わりません。変えられるのは自分の気持ちと生き方だけ。無理に許す必要はありません。親の呪縛を逃れて、自分らしい人生を生き直してみませんか。 -
コラム子育て・家育て親とは、自分たちはダイエーで買った1000円か2000円のトレーナーで済ませても、子供には1万円以上するMiki Houseのトレーナーを着せたいと思うもの
親とは「自分たちはダイエーで買った1000円か2000円のトレーナーで済ませても、子供には1万円以上するMiki Houseのトレーナーを着せたい」と思うもの。子供の喜ぶ顔が見たいから、私も家人も、この3年間、欲しい物も買わず、やりたいことも後回しにして、幼子二人と格闘してきたのです。 -
コラム子育て・家育て褒める育児 ~何について褒めるか
褒めることは子供に親の価値観を植え付けることでもあります。何をどう褒めるかで結果も違います。親力というのは、何をどう教えるかではなく、いかに我が子の中に美しい心情や努力を見出すかにあります。