恋に必要な思いやり ~あなたにもNoを言う権利がある

2020 6/29
目次

【恋愛コラム】 恋をするには資格がいる

恋をするには資格がいる。

人を愛するには能力がいる。

前者は、山本鈴美香の名作『エースをねらえ』の藤堂さんのセリフ。
後者は、英国の文人、G・K・チェスタトンの名句です。

恋に必要な資格とは、相手に対する思いやりと責任感。

人を愛する能力とは、忍耐、包容力、想像力、心の努力全てでしょう。

どちらが欠けても、恋は長続きしません。

だからこそ、一所懸命な恋は、結果によらず、人を成長させるのです。

【小説の抜粋】 本当の優しさとは

ウェストフィリア調査を終え、無事にローレンシア島に帰り着いたヴァルターと、彼を支え続けたリズは、いっそう深く結ばれる。しかし、ヴァルターが父親のアル・マクダエルを激怒させたことから、二人の状況は暗転。離ればなれになってしまう。そんな中、アルは、保守派の大物マティス・ヴェルハーレンの次男、ウィレムとの見合いを画策し、スカイタワーの落成式で引き合わせる。彼を想う気持ちとウィレムの優しさの狭間でリズの心も揺れる。

関連のあるエピソード → 
・ ウミガメの産卵 ~見守るしかない親の愛と子供の人生
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このパートは『海洋小説『曙光』(第五章・指輪)』の抜粋です。 作品詳細と無料サンプルはこちら

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宴もたけなわになり、シャンデリアの輝きが一段ときらめきを増すと、リズはホールを抜け出し、ペネロペ湾が一望できるバルコニーに出た。

あの夜、寝室のカーテンの隙間から満ちるように輝いていた月も、今はセレネ*1の眉のように細く翳り、その分、湾岸のイルミネーションが宝石のように煌めいて見える。

だが、そんな華やかさも、今はかえって虚しい。もう何日も愛する人の顔を見ていないからだ。どれほど美しく装い、称賛を浴びようと、あの夜の思い出に勝るものはない。こうしていても、彼の温もりや腕の強さばかりが思い出される。

会いたい――。

あの人と居る時だけ、孤独を忘れられる。

自身の立ち位置が華やげば華やぐほど、朴訥とした彼の優しさが胸に染みる。

今にも泣き叫びたい気持ちを必死に堪えながら、リズは改めて自身の責務を噛みしめた。

今度のお披露目でMIGのブランドイメージがいっそう高まり、アステリアの既存社会にとっても心の拠り所となるなら願ってもないことだ。一方、それは娘時代との決別であり、戴冠への道でもある。もはや後戻りはできず、自身の宿命に準じて生きていくしかない。

だが、それも愛する人の理解と支えがあればこそ。

たとえドラマのようにキャプテン・ドレイクと手に手を取って自由の新天地に旅立つことは叶わなくても、一つの目的に結ばれ、海と太陽のように番って生きていきたい。
新たな涙があふれ、頬を伝い落ちそうになった時、背後に人の気配を感じた。指先で目頭を押さえ、ゆっくり振り返ると、マティス・ヴェルハーレン上院議員の次男だ。名前は確か「ウィレム」といった。

トリヴィア政界を代表する大物議員で、保守派の要でもあるマティス・ヴェルハーレンとその夫人に目通りしたのは夕べが初めてだ。

夫妻は滞在中のスイート・ルームのダイニングにリズと父を招き、フランス料理でもてなしてくれた。

マティス・ヴェルハーレンはTVや雑誌で見るよりずっと若々しく、一昔前の政治ドラマに出てくるご意見番のようなイメージだ。青年時代は武術で身体を鍛えただけあって、六十歳を過ぎても青竹のようにしなやかな体付きをしている。政界では一切の妥協を許さぬような峻厳さだが、夫人を見つめる眼差しは老年の恋人のように優しく、それはそのまま家族の団居を思わせる。

途中で気付いたのだが、彼らの先代はフランデル地域のフラマン語共同体の出身らしい。六代前、一族の長が国際機関の特命を帯びてトリヴィアに移住したのが始まりだ。祖父の代まではオランダ語で話していたが、今は完全に英語圏に馴染み、「又姪が趣味で勉強している程度」だという。もったいないような気もするが、日常的に使われることのない先祖の言語を代々伝えるのも容易い事ではない。

一方、次男のウィレムは高級ブランドのスーツをスマートに着こなし、母親に似て端麗な顔立ちだが、目元に腕白坊主の名残がある。二世議員ではあるが、法廷ドラマの弁護士みたいに朗々と話し、政治経済は言うに及ばず、文化、福祉、スポーツ、女子学生のファッションに至るまで一見識を持っている。

リズはテーブルに着いた時から双方の親の思惑が見え見えで、ウィレムと積極的に話す気分になれなかったが、ウィレムの方は、どこか心ここにあらずなリズの胸中を察し、わざと小難しい議題を持ち出しては、夫妻の関心がリズのプライベートに及ぶのを阻止してくれた。

食事が終わると、親同士はリビングに場を移して社会談義の続き、娘と息子は最上階のスカイラウンジでゆっくりお酒でもという流れになった時、リズはたまらず疲れを理由に断りを入れた。それでウィレムも気を悪くするかと思ったが、「それは、そうでしょう。朝から五時間近くも船に乗って、その後すぐに落成式の打ち合わせ、ペネロペDC代表との歓談、ドレス合わせとなれば、疲れない方がどうかしている。どうぞ、ゆっくり自室でお休み下さい。僕の方はまた後日、気が向いた時で構いませんから」と気遣い、リズを解放してくれた。

さすがに二晩続けて素っ気なくするのも失礼と思い、居ずまいを正すと、

「どうぞ、そのままで」

ウィレムは夕べと同じ優しい口調で言った。

「お邪魔でしたら、すぐに向こうに行きますから、そう固くならないで下さい」

だが、リズは軽く首を振り、

「夕べは大変失礼を致しました。せっかくお誘い下さいましたのに、ご厚意にお応えもせず……」

「どうということはありません。誰にでもNOを言う権利があります。まして僕とあなたは初対面だ。易々と酒を酌み交わす気持ちにもなれないでしょう。僕も意に染まない会合には顔を出しませんし、あなたにもその自由がある。スカイラウンジでご一緒するのを断られたぐらいで根に持つほど狭量でもありません。それより、この手のお見合いにはうんざりしているのではありませんか、お互いに」

ウィレムがわざと砕けた言い方をすると、リズも少し緊張を解き、「そのように言って頂けると、私も救われます」と答えた。

「そう堅苦しくならないで。本当に何でもないことです。一目会ったぐらいで、あなたのような女性の心を鷲掴みにできるとも思いません。あなたの眼差しを見れば、遠くに想う人があることぐらい、すぐに察しがつきますよ」

「あの、ミスター・ヴェルハーレン、それは……」

「何度も申し上げています。堅苦しくならないで、と。あなたが誰に恋をしようと、あなたの自由です。その為に咎められる理由など何一つない。それから、どうか『ウィレム』と呼んで下さい。あるいは、ウィル。僕はどちらかといえばウィルと呼ばれるのが好きです。意志を意味しますからね」

「Will。いい言葉ですね。私も大好きですわ」

「周りにもよく言うんです。Will will do it. と。僕は口先だけの政治家にはなりたくない。自分を戒める為にもウィルと呼ばれたい」

「ええ、お気持ちは分かりますわ。でも、しばらくはミスター・ヴェルハーレンと呼ばせて下さい。愛称でお呼びするのは、もう少しお互いを知ってからの方が……」

「やれやれ。名前一つでそこまで頑なになられては、とりつくしまもない。でも、あなたにはその方が気楽なら、そうなさって下さい。できれば、いつか親しみを込めてウィルと呼んで下されば非常に光栄ですが」

慕うような目で見つめられ、リズは戸惑うように顔を伏せた。

すると、ウィレムは降参したように溜め息をつき、 

「どうやら僕はあなたを困らせるだけで、道化の役にも立たないようですね。もしかしたら、今夜は笑顔を見せて下さるかと期待したのですが、あなたの心は誰かのことでいっぱい、髪の一筋から血の一滴までその人に注がれているみたいだ。でも、それが間違いとは思いませんよ。純粋に恋できるのが羨ましい限りです。あなたのような女性にそうまで想われる相手の男性もね」

「ヴェルハーレンさんは、恋のご経験は?」

「さあ。有るとも無いとも、どちらとも言えません。少なくともあなたのように、朝から晩まで思い詰めるような恋の経験がないのは確かです。どうやら僕はコメディ向きで、ロマンチックな恋愛にはとんと縁が無いらしい」

「そんなことはありませんわ。お顔も、身のこなしも、素敵でいらっしゃいますもの。きっと密かに想いを寄せている女性も多いはずです」

「そうですね。なんと言っても、大物議員の息子ですから」

ウィレムが自嘲するように答えると、リズも少し彼の横顔を見やり、

「きっとご自身の魅力に気付いてらっしゃらないだけです。今も私の非礼を気遣って、わざと砕けた物言いをなさってる。そういう優しさは、黙っていても周りの女性に伝わるものですわ」

「それは本気で仰っている? それとも型通りの慰めですか?」

「本当のことを申し上げているのですわ。お上手を言ってあなたの歓心を買ったところで、私にはまるで意味がありませんもの」

「まるで意味が無い? それもとどめを刺すような言葉ですね。百パーセント、脈が無いと分かっても、もしかしたら自分にも入り込める余地があるのではないかと期待するのが男ですよ。もう少し僕の面子も立てて頂けませんか。でないと、明日にも『モテモテ君』の看板を下ろして、親の勧める相手と結婚しなければならなくなる」

リズが可笑しそうに顔をほころばせると、ウィレムもにっと笑顔を浮かべ、

「友人として話しませんか、ミス・マクダエル。僕もあなたも別の次元に幸せを求めてる。そして、その気持ちを分かってくれる人は周りにはない。もしかしたら、あなたの恋する人だけが、あなたの不安や淋しさを理解してくれるのかもしれませんね」

「だから余計で辛いのです」

リズは遠く海を見やった。

「やっと手に入れた幸せが再び波に運ばれていくみたい……。全てに恵まれているように見えて、本当に欲しいものは決して手に入りません」

そんなリズの横顔をウィレムは無言で見つめていたが、

「よかったら、景気づけに一杯やりませんか。昨夜の分も兼ねて、甘いカクテルでも。それで少しでもあなたの淋しさが紛れて、沈んだ顔に微笑みが浮かべば、僕もここに来た甲斐があったというものです。本当はこんな仰々しい集まりに顔を出したくなかった、でも、両親がうるさく言うもので、仕方なく」

「まあ、そんなお年になっても、ご両親にうるさく言われるものですか」

「そんな年? これまた、グサっとくるようなことを平気で仰いますね」
リズが慌てて言葉を取り消すと、ウィレムは眩しそうに目を細め、「とにかく一杯飲みましょう」と、戸口に立っていたバンケットコンパニオンにショートカクテルの「ブルームーン」を二つオーダーした。

程なく逆三角形のカクテルグラスに薄紫色のブルームーンが運ばれてくると、ウィレムはその一つをリズに差し出し、「一つ、おまじないを教えましょう」と空を仰いだ。

「大学時代、アルバイト先の女の子に教わったおまじないです。グラスワインに月を映して、恋の成就を祈りながら飲み干すんですよ。とはいえ、今夜はもう月も沈んでしまったし、僕が代わりに満月をやってあげましょう。ほら、こんな感じ」

ウィレムが親指と人差し指で円い月を作って見せると、リズは初めてクスクス笑い、ウィレムも頬を緩めた。

「やっと笑って下さった」

「……すみません」

「謝ることはないですよ。人間、誰しも辛い時はあります」

その時、初めて、リズはウィレムの顔を正面から見つめた。

怜悧な顔立ちは第一印象と変わらないが、茶色い瞳は思いのほか優しかった。

緩くウェーブのついたダークブロンドの髪があの人に似ている――と思った。

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