『DEATH NOTE』 なぜ人を殺してはいけないのか

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『DEATH NOTE』とドストエフスキーの『罪と罰』

私が初めて『DEATH NOTE』を知ったのは、2009年、ドストエフスキーの『罪と罰』がきっかけです。

その頃、名訳の誉れ高い米川正夫版が廃刊になっており、そろそろ復刻しないかと、情報を探していたところ、書店のレビューで『DEATH NOTE』のタイトルを目にし、作品の存在を知った次第です。

物語は、真面目で成績優秀な高校生・夜神ライトが、偶然、死神の『DEATH NOTE』を拾ったことから始まります。「ノートに名前を書かれた人間は45秒後に死ぬ」という死神の力を手に入れたライトは、世直しのつもりで悪人の『削除』を繰り返し、社会の理不尽に苦しむ大衆の支持を得て、KIRAという名で崇められますが、法的には無差別殺人に他なりません。警察は天才的な頭脳をもつ私立探偵の『L(エル)』に捜査を依頼し、KIRA=ライトに立ち向かいますが、身の危険を感じたライトは次第に邪魔な人間を手当たり次第に削除するようになる……というものです。

DEATH NOTEは、既に多くの読者が指摘しているように、現代の『罪と罰』であると痛感しました。

参照記事 ドストエフスキーの名作『罪と罰』 米川正夫・訳の抜粋 / 『謎とき 罪と罰』江川卓

ドストエフスキーの『罪と罰』では、真面目で、頭脳明晰な貧乏学生ラスコーリニコフが、貧困と世の不条理から「すべての人間は『凡人』と『非凡人』に区別され、ナポレオンやニュートンのような『非凡人』は、罪の一線を踏み越えて、新しい法律を創造する権利を有する」という考えを持つに至ります。

そして、「無知で何の価値もない意地悪な婆は生きていても仕方ない。そんな婆はいっそ殺して、その金を万人の福祉に役立てた方がよほど有効ではないか」という理由から、顔見知りの金貸しの老婆を斧で打ち殺してしまいます。

しかし、偶然居合わせた善良な大女リザヴェータまで殺害してしまったことから、良心の呵責に苛まれ、ついには信心深い娼婦ソーニャの愛に心を動かされて、警察に自首します。

「非凡人は法も踏み越える権利を持つ」と主張するラスコーリニコフに対し、判事のポルフィーリィは言います。

一体どいういうところで、その非凡人と凡人を区別するんです?
生まれる時に何かしるしでもついてるんですか。
さもないと、もしそこに混乱が起こって、一方の範疇の人間が、自分はほかの範疇に属してるなどと妄想を起こして、あなたの巧い表現を借りると、『あらゆる障害を除き』始めたら、その時は、それこそ……

「それこそ……」に続く言葉は、「人を殺すことも正当化される」という意味です。

それでもラスコーリニコフは自説に固執し、ポルフィーリィにも挑戦的な態度をとりますが、「では、その男の良心はどうなるのか」と問われた時、饒舌なラスコーリニコフの論調が鈍ります。

結局、その良心ゆえに自主するのですが、『罪と罰』で描かれている良心とは「神への回帰」でもあり、「神の教えから離れた(原罪を犯した)人間が、再び、神の教えに立ち返るまで」が物語の主旨なんですね。

一方、『DEATH NOTE』にはいかなる神も登場しませんし、信仰心をもったキャラクターも存在しません。

夜神ライト=KIRAの犯罪に立ち向かう『L』も、特定の宗教に帰依しているわけではありませんし、Lの死後、捜査を引き継ぐニアも、信仰心というよりは義憤からKIRAを追い詰めます。

DEATH NOTEを使って、得手勝手に人を殺しまくったライトの行き着いた先は、「人間、死ねば全て終わり。何も残らない」という壮絶なものでした。そこには少年漫画らしい温情もなければ、イケメン・キャラにふさわしい演出も内。
ただただ惨めで、無残な最期があるだけでした。

私がDEATH NOTEに好意をもったのは、最初から最後まで「ライト=KIRAは悪である」という姿勢が一貫していた点です。

KIRAの裁きはこの世に必要というシンパは登場しますが、作品の根底にあるのは、「いかなる理由があろうと、一方的に人を殺すことは許されない」という揺るぎない主張です。

ライト=KIRAは「僕が好ましいと思う、心の正しい、優しい人だけが存在する世界」を作ろうとして、自分が許せないと思う人間を片っ端から排除=殺害しました。その基準は「自分の気に入るか,気に入らないか」という非常に単純かつ自己執心的なもので、『罪と罰』の判事ポルフィーリィの言葉を借りれば、

「正しい人と、正しくない人を、どこで、どう判断するのですか?」

という疑問が湧きます。

その基準となるものが「僕」であり、僕自身が絶対的な正義というなら、たとえ地上から心の歪んだ犯罪者が一掃されたとしても、それはファシズムに他なりません。
漫画の中でも『L』がKIRAのことを「子供っぽい」と評しますが、まさにその通りです。
ライト=KIRAは、一度も自分を省みることなく、どこまでも自分の正義を押し通そうとしました。
それは一見、正しいことに見えて、物事を一つの側でしか測れない、幼稚で、身勝手な価値観なのです。

突然怒鳴られたり、お金を掠め取られたり、理不尽なことを経験すると、「世間に迷惑をかけるような人間は、この世から一掃されればいいのに」と思います。

だからといって、生命まで奪っていい権利は誰にもないし、ある人にとっては正義でも、別の人にとっては理不尽なこともあります。社会の秩序を保つ上で、正義感は無くてはならないものですが、何を正義とし、何を非するか――という話になると、単純に個人の価値観では推し量れない事がたくさんあります。たとえば、業界が生き残る為に談合することを悪とみなすか、皆が平等に食っていく為と黙認するか、みたいな話です。

その点、DEATH NOTEは、Lも、ニアも、捜査班も態度が一貫しており、KIRAに同情して、捜査の手を緩める者は一人としてありませんでした。唯一、若手の松田くんが心を揺さぶられますが、それも「仲間のライト君」への好意があればこそ。そのぶれない姿勢が、読者の信頼と安心感に繋がったのではないでしょうか。

ちなみにDEATH NOTEに登場する死神はリンゴが大好物でした。

キリスト教において、リンゴの意味するところは『原罪』。

原罪とは、人間が神の教えから離れて、自分の頭で善悪を判断することを意味します。

旧約聖書では、イブがヘビに「この果実を食べてごらん。神のように賢くなれるから」とそそのかされ、アダムと一緒に口にします。利口になった彼らは、突然、自分たちが裸であるのに気付き、神の目を恐れて身を隠します。神との約束を破ったアダムとイブは、神の怒りをかい、楽園から追放されます。

神の教えに身を委ね、心を合わせて生きていれば、飢えも知らず、苦役に身を磨り減らすこともなく、いつまでも楽園で暮らせたのに、神と同じように賢くなろうと知恵の実を口にしたが為に、苦界に突き落とされるわけですね。

そこで、もう一度、神の教えに耳を傾け、心を委ねれば、再び楽園に戻ることができるというのが、改心であり、回帰です。

DEATH NOTEの死神がリンゴを好むのは、そこに知恵とエゴの両方が詰まっているからかもしれません。

もっとも、旧約聖書にイブの差し出す果実が「リンゴ」と明記されているわけではありませんけども。

昨今は主となる価値観もなく、仰ぎ見るようなローモデルも存在せず、あれが良いと聞けばあっちに流れ、こっちが正しいと聞けばこっちに流れ、ふらふらと腰の定まらない人も多いですが、もっと素直に考えてはどうでしょう。良いものは良いし、駄目なものは駄目。わざと理屈をこねて尖る必要はありません。何百年にわたって支持される考えにはそれなりの理由があり、理屈でねじ曲げても、滅び去ることはありません。仕事も、子育ても、政治も、人間関係も、大切な根本は変わらないから、人は腰を据えて取りかかることができるのです。

『なぜ人を殺してはいけないのか』

それは、いかなる理由があろうと、人命は尊重されなければならないからです。
たとえ相手が凶悪犯としてもです。
一時の感情から、「この人は生きてもいい」「この人は死ぬべき」と選別することは、一番大切な基本を無視することであり、逆の見方をすれば、それは殺人者の思考と何ら変わりありません。
その為に司法があり、死刑制度の是非が今も問われている所以です。

この世のことは、絶対的な答を示すのが目的ではなく、「なぜいけないのか」を考え続けることに意味がある命題もあります。

『なぜ人を殺してはいけないのか』という問いかけも、その一つでしょう。

DEATH NOTEが若い世代に一つの答を示し、それをいろんな風に解釈する読者がいる。それだけで、この作品は価値があると思います。

考えてもくだらない。

分かりきったこと――で済ますのは、思考停止に他なりません。

答えなき答えを探し求めるのも、人間の誠実であり、いつの時代も「正しい答え」が全ての問題を解決するわけではありません。

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初稿 2009年5月29日

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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