ディアハンター ロバート・デニーロ

戦争とは歴史の無慈悲なロシアン・ルーレット 映画『ディアハンター』

ディアハンター ロバート・デニーロ

いわゆる『反戦映画』というのは無くなったような気がする。

昔、オリバー・ストーンが『プラトーン』で描いたような、「とにかく戦争は駄目なんだ、悲惨なんだ、こんなに不幸なんだ!!」と声高に叫ぶ作品だ。

今でも『ブラックホーク・ダウン』や『ローン・サバイバー』、最近では『アメリカン・スナイパー』のように、戦場とそこで闘う兵士をリアルに描いた作品は数あるけれど、近年は、70年代~80年代の戦争映画に代表されるような『反戦色』の強い作品は作られなくなったように思う。

特に、9.11 NYテロの後。

*

2001年9月11日。

アメリカでの同時多発テロが起きるまで、ハリウッド映画の仮想敵国といえば『ソ連(東側)』だった。

そのキャラクターは、『ロッキー4/炎の友情』のドラゴ(ドルフ・ラングレン)に象徴されるような「無口」「無表情」「冷血」「冷徹」。血の通わぬ殺人サイボーグのような造形で、ラストは『ランボー』のようなアメリカン・マッチョにマシンガンでこてんぱんに蹴散らされるか、カルチャーショック系の交流を通して、ソ連のスパイも心を開き、国境を越えた友情が花開く、というのがお決まりのパターンだった。

ドラゴはソ連キャラの典型 (当時の子供たちはノストラダムスの大予言や米ソ冷戦(第三次世界大戦)の影響もあって、ソ連といえば科学技術を駆使した悪の枢機国だったんだよ。今でもやってることは怪しいが)

ハッピーエンドの代表格が「レッドブル」(原題・Red Heat)。
モスクワ警察特捜部のダンコ―刑事(アーノルド・シュワルツェネッガー)と、おっちょこちょい系のシカゴ警察のリジック(ジェームズ・ベルーシ)がコンビを組んで、文化の違いに戸惑いながらも心を通わせるストーリー。「ソ連、憎し」の風潮の中で、ほっと一息つくような良作だった。

ところがだ。

NYテロを境に、仮想敵国はがらりと変わった。

ソ連崩壊の後、世界は一瞬、恒久平和に向かうかに見えたが、まるでそれは不服とばかり、凄惨な同時多発テロが起き、仮想敵国は冷血・ソ連から、『アラブ』『北朝鮮』『テロリスト(東側ではなく、アラブ系。あるいはソ連軍ではなく、小集団のテログループ)』に置き換わった。

ストーリーも、ベトナム戦争映画のように『反戦』を声高に叫ぶものではなく、戦場をリアルに描くサバイバル系が増え、「誰かが武器をとって戦わなければならない」みたいな話が多くなった。「武力で応戦するのは仕方がない」「我が身を犠牲にしても、国(アメリカ)の為に戦う兵士は尊い」と言わんばかりの。(もちろん、任務を全うされる方々には何の咎もありません。命令するのは政府ですから)

また作中でのテロリストの描かれ方も、えげつない。

実際、えげつないのかもしれないが、「だって、あいつら、血も涙もないんだもン。あんな奴らに攻撃されたら、武力で応戦するしかないでしょ」という印象操作がどうにも政治的で受け付けない。最近では、テロリストを生みだす背景について言及する作品もあるが、それでもハリウッド映画の印象は一方的で、強烈だ。『ソ連』といえば、冷血、無表情なキャラクターを思い浮かべたように。

ジョン・レノンが掲げた『Love&Peace』も今となっては陳腐な響き。

この世からテロや武力紛争を撲滅するのは不可能であり、我々もそれに備えて武力や法律を万全にするのが当然であり、「戦争反対! 恒久平和 !」と叫ぶ方がお花畑と揶揄される時代になった。

もちろん、それが「現実」に違いないけれど、世界全体がおかしな諦念に包まれ、昔ほど「戦争なき世界」を求めることなく、消極的にせよ武力を容認する流れも恐ろしくないか?

いわば、戦争に「慣らされてる」状態だ。

やがて誰もが疑問をなくし、抵抗もなくして、それを受け入れるようになる。

*

確かに綺麗事では世は治まらない。

機関銃を手にした相手に竹槍で応戦できるはずもなく、丸腰でも敵兵の中で生き残れるのはトム・クルーズぐらい。

それでも、一つだけ、人類が決して失ってはならないものがある。

それは武力に対する違和感だ。

たとえそれが求められる時代にあっても、我々は常にその違和感を胸に抱き続ける必要がある。

我々が何の抵抗も疑問も感じなくなった時が全ての終わり。

果たして自分が血まみれになっても、「やむなき選択」と割り切れるものだろうか。

歴史のロシアンルーレット

『ディアハンター』といえば、ロシアンルーレット。

ロシアンルーレットといえば『ディアハンター』。

というくらい、強烈な印象を与えた1978年の名作だ。

私は長い間、『親愛なるハンター』= Dear Hunter だと思っていた。

ちゃうちゃう。

Deer Hunter = 鹿狩りを趣味とする若者たちの物語である。

実際にベトナム戦争で捕虜がロシアン・ルーレットを強要されたという事実はなく、あくまで映画の演出だが、それでも史実と錯覚するほどの臨場感で、いまだこれに勝る狂気は存在しないほど。

ロバート・デニーロとクリストファー・ウォーケンの鬼気迫る演技も、何度見ても圧倒される。

恐らく初めて見た人は、次に自分の頭が吹っ飛ぶような恐怖と緊張感を覚えるはずだ。

*

なぜに『ロシアン・ルーレット』なのか? 

という問いかけには、見る人の数だけ答があるだろう。

そこには、正義も、人類愛もない。

運が悪ければ頭が吹っ飛ぶし、運がよければ生き残る。

そこに善人と悪人の区別はなく、ただ『運』があるだけだ。

この機械的な『選別』こそ、歴史や社会の不条理を見事に言い表している。

誰も好んで紛争地に生まれ落ちるわけでもなければ、時代と執政者を選んで育つわけでもない。

たまたま「その時、その場に居た」というだけで、命も、未来も、全てが左右され、その他大勢と共に塵のように消えゆく。

ひとたび歴史の渦に呑まれれば、個人の愛や努力でどうにか変えられるものではない。

もし、思想や正義に意味があり、努力で運命が変えられるなら、弾丸は悪人や怠け者だけを選んで命中し、善人は避けて通るだろう。

だが、現実の戦争は決してそうはならない。

歴史の無慈悲なロシアン・ルーレットと同じ、運が悪ければ死に、運がよければ生き延びる。

我々は、たまたま、その場に居なかっただけ。

人間同士の殺し合いに、正しいも、間違いも、ないのだ。

*

映画『ディアハンター』もベトナム戦争を描いているが、『7月4日に生まれて』のように声高々に反戦を叫ぶ作品ではない。戦場で傷ついた若者の姿をリアルに映し出し、見る者に深い悲しみや虚しさを感じさせる。

川に墜落して両足の骨を折り、不具者となったスティーブン。

戦場を経験したが為に、普通の庶民に戻れなくなったマイケル。

正気を失い、陥落前のサイゴンでロシアン・ルーレットに耽るニック。

登場人物が政治や平和についてとうとうと語らない分、余計で戦争の虚しさが身に染みる。

見終わった後の、この虚脱感こそ、戦争が過ぎ去った後の世界の心象ではなかろうか。

そして、いつの時代も、戦火に焼け出され、逃げ惑うのは貧乏人(庶民)だけ。

敵国だろうが、同盟軍だろうが、貧乏人に待ち受ける運命はみな同じだ。

当たるか、外れるか。

気まぐれにロシアン・ルーレットを弾く手は、決して自ら汚れることはない。

*

それでも「仕方ない」と思うなら、それがあなた方の決断であり、未来だろう。

この映画が作られてから、約30年。

時代は再び反対から容認へと移り変わろうとしている。

*

心を病んだニックは陥落寸前のサイゴンで秘密のゲームに耽る(ネタバレ)

ジョン・ウィリアムスの演奏が心にしみるテーマ曲の『カヴァティーナ』

カヴァティーナ Cavatina

ディアハンターを永遠の名作にたらしめたのが、スタンリー・マイヤーズ作曲の『カヴァティーナ』。

ジョン・ウィリアムスのベストアルバムに収録されているせいか、「ジョン・ウィリアムスのカヴァティーナ」と勘違いしている人も少なくないが(私もその一人)、スタンリー・マイヤーズです。

こちらがスタンリー・マイヤーズによるカヴァティーナ。

ジョン・ウィリアムズのカヴァティーナもオーケストレーションが美しい。

しかし、私の一押しは、Tranquil Cove というアンビエント系アーティストによるカヴァティーナ。

全体にエコー効き過ぎで、お経のような雰囲気だが、妙に透明感があって、優しい気分になる。これもヒーリング音楽の効果か?

『カヴァティーナ』の魅力は、マイケル(ロバート・デニーロ)よりも、ニック(クリストファー・ウォーケン)の心情をよく表している点だろう。

もちろん、これは私個人の印象で、テーマの主人公がマイケルか、ニックかは定かではない。

だが『哀しみ』という点においては、繊細であるがゆえに、いっそう深く傷つき、正気を無くしたニックに、より同情を禁じ得ないからだ。

マイケルは強い。

もしかしたら、ニックと同じように繊細かもしれないが、それでもあの土壇場で、わざと多めにリボルバーに銃弾を装填し、ベトコン相手に銃をぶっぱなす度胸は超人というより他ないだろう。

戦争がなければ、休日に鹿狩りを楽しむ陽気な青年として生きていけたニックの、あまりに深い心の傷を思うと、カヴァティーナの哀しくも優しい旋律は、ニックの魂に捧げられたとしか思えないのだ。

現代なら、「戦争に行けば、ひどい目に遭うのは分かりきったこと」と言う人もあるかもしれない。

しかし、ネットもない、衛星放送もない、太平洋の向こうのことなど知りようがない時代、政府のプロパガンダを真に受けて、英雄気取りで戦場に行ってしまった若者も少なくないだろう。ましてアメリカは戦勝国で、本土決戦や本土空爆も経験していない。無知な若者をその気にさせるのは容易かったはずだ。

そして、同じことは、時代を変えても生じる。

戦争でなくても、日々、誤った情報に触れれば、白いものも黒と思い込むようになる。

戦争の現実を知って、放心したニックの不幸は、決して過去のものではないのだ。

私たちは、皆、例外なく、歴史のロシアン・ルーレットの下に生きている。

一見、自分の努力で勝ち取ったように見える幸福も、たまたま時代の弾が当たらなかっただけかもしれないし、勝者も敗者も紙一重、いつその順番が自分に回ってくるかは分からない。

カヴァティーナは、さながら名も無き庶民に捧げるレクイエムといったところ。

私たち、一人一人、歴史の流れにおいては、ニックのように儚い存在。

*

病院の通路から死者の移送を見送るニック。

傷ついたニック 病院にて

アメリカの国旗と兵士たちの棺桶

軍医に氏名や生年月日を聞かれるが、まるで幸せな過去を打ち砕かれたように答えに詰まるニック。
嗚咽をもらす場面が演技とは思えぬ素晴らしさ。

嗚咽をもらすニック

どうやったら演技でこんな泣き顔が作れるのか……。

クリストファー・ウォーケン

これも印象的なエンディング。もう二度と、昔の明るさが戻ることはない。

ニックに乾杯

とにかく、クリストファー・ウォーケンが素晴らしいのです。

クリストファー・ウォーケン

ロバート・デニーロとも長い付き合い。
個人的に親しいわけではないけれど(当たり前だが)、映画を通して、同じ時代を、一緒に生きられて光栄だった。

ロバート・デニーロ

アイテム

コアなファンから字幕版への不満が続出してますが、とりあえず購入しました。

吹替も最強メンバーでしょう。

マイク(ロバート・デニーロ) 山本圭
ニック(クリストファー・ウォーケン) 羽佐間道夫
スティーブン(ジョン・サヴェージ)野沢那智
リンダ(メリル・ストリープ) 池田昌子
スタンリー(ジョン・カザール) 青野武

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監督  
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特典のブックレット。ファン垂涎の品ということで。

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初稿: 2016年7月23日

ディアハンター ロバート・デニーロ
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