戦争とは歴史の無慈悲なロシアン・ルーレット 映画『ディアハンター』

目次

【社会コラム】 変わりゆく反戦の意義

21世紀の戦争映画

いわゆる『反戦映画』というのは無くなったような気がする。

昔、オリバー・ストーン監督がが『プラトーン(ベトナム戦争がテーマ)』で描いたような、「とにかく戦争は駄目なんだ、悲惨なんだ、こんなに不幸なんだ!!」と声高に叫ぶ作品だ。

今でも、リドリー・スコット監督の『ブラックホーク・ダウン(ソマリアの主都に墜落したアメリカ空軍のヘリの救出作戦)』や『ローン・サバイバー』、最近では『アメリカン・スナイパー』のように、戦場の現実と、そこで闘う兵士の日常や心情をリアルに描いた作品は数あるけれど、近年は、70年代~80年代の戦争映画に代表されるような『反戦色』の強い作品は作られなくなったように思う。

特に、9.11 NYテロの後。

時代と共に仮想敵国も変わる

2001年9月11日。

アメリカでの同時多発テロが起きるまで、ハリウッド映画の仮想敵国といえば『ソ連(東側)』だった。

敵側のキャラクターは『ロッキー4/炎の友情』のドラゴ(ドルフ・ラングレン)に象徴されるような「無口」「無表情」「冷血」「冷徹」。ソビエトの最先端の科学技術に鍛えられ、血の通わぬ殺人サイボーグのような造形で、ラストは『ランボー』みたいなアメリカン・マッチョにマシンガンでこてんぱんに蹴散らされるか、カルチャーショック系の交流を通して、ソ連のスパイも心を開き、国境を越えた友情が花開く、というのがお決まりのパターンだった。

ロッキー4 予告篇 ドラゴ

その典型が、『レッドブル』(原題・Red Heat)だ。
モスクワ警察特捜部のダンコ―刑事(アーノルド・シュワルツェネッガー)と、おっちょこちょいで破天荒なシカゴ警察のリジック(ジェームズ・ベルーシ)がコンビを組んで、文化の違いに戸惑いながらも心を通わせるストーリー。「ソ連、憎し」の風潮の中で、ほっと一息つくような良作だった。

Red Heat (1988) (Theatrical Trailer) 予告篇をYoutubeで視聴する

ところが、2001年のNYテロを境に、仮想敵国はがらりと変わった。

ソビエト共産圏の崩壊の後、世界は一瞬、恒久平和に向かうかに見えたが、それでは不服とばかり、凄惨な同時多発テロが起きた。

仮想敵国は、冷血・ソ連から、「アラブのテロ」に変わり、物語の舞台も東側・共産圏(もしくはベトナム)から、中東(もしくは北朝鮮)に置き換わった。

ストーリーも、ベトナム戦争映画のように『反戦』(Love & Peace)を声高々に叫ぶものではなく、中東の爆弾処理を描いた『ハートロッカー』がアカデミー賞を受賞したのを皮切りに、戦場をリアルに描くサバイバル系が増え、『誰かが武器をとって戦わなければならない』みたいな話が多くなった。

「武力で応戦するのは仕方がない」「我が身を犠牲にしても、国(アメリカ)の為に戦う兵士は尊い」と言わんばかりの脚本だ(もちろん、任務を全うする方々には何の咎もありません。命令するのは政府ですから)

また、作中でのテロリストの描かれ方も、えげつない。

村人全員を皆殺しにする、抵抗する人間の首を容赦なく切り落とす、等々。

実際、えげつないのかもしれないが、「だって、あいつら、血も涙もないじゃん。あんな奴ら、武力で報復されても仕方ないでしょ」という印象操作を端々に感じて、辟易することもある。

中には、テロリストを生みだす背景について言及する作品もあるが、だから、どうせよ、という話ではないし、どうにも救いようのない無力感に陥ることしきりだ。

ジョン・レノンが掲げた『Love&Peace』も、今となっては陳腐な響き。

「戦争反対、恒久平和」と叫ぶ方が、お花畑と揶揄される時代になった。

もちろん、それが現実に違いないが、世界全体が「武力行使も致し方ない」みたいな、おかしな諦念に包まれ、消極的にせよ、戦争を容認する方向に流れていくのも恐ろしくないか?

いわば、戦争に慣らされていく状態だ。

このままいけば、やがて疑問も抵抗もなくし、それを当たり前と受け入れる時代が再びやって来るかもしれない。

人類はそこまで愚かではないと信じたいが、昨今、些細なことで怒りを爆発させ、平気で破壊行為に及ぶ群集を見ていると、武力行使や強権発動へのハードルは下がったと思わずにいられないのである。

【映画コラム】 歴史のロシアンルーレット

『ディアハンター』といえば、ロシアンルーレット。

ロシアンルーレットといえば、『ディアハンター』。

というくらい、強烈な印象を与えた1978年の名作だ。

ピッツバーグの製鉄所で働く、ロシア系移民のマイケル(ロバート・デニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョン・サヴェージ)は、休日になると鹿狩りを楽しむ、ごく普通の若者だ。

結婚式の後、ベトナム戦地に赴くことになっているが、マイケルたちは戦場の現実も知らず、呑気に酒など飲み交わしている。

そして、突然、画面は切り替わり、ベトナムの生々しい現状へ。

マイケル、ニック、スティーブンの三人は、ベトナム人民軍の捕虜となり、ロシアンルーレットを強要される。

命からがら逃げ出すものの、スティーブンは両足に重傷を負い、ニックも心を病んで、ベトナムの町に消えてしまう。

一人、故郷に帰り着いたマイケルは、昔の仲間から歓迎されるが、そこにかつての陽気な青年の姿はどこにもない。

そんなマイケルの元に、ニックの生存を仄めかす証拠が届く。

マイケルは、陥落寸前のサイゴンに飛び、ニックを救出しようとするが、そこで目にしたものは、ロシアンルーレットに興じるニックの姿だった……。

*

私は長い間、『親愛なるハンター』= Dear Hunter だと思っていた。

ちゃうちゃう。

Deer Hunter = 鹿狩りを趣味とする若者たちの物語である。

実際にベトナム戦争で捕虜がロシアン・ルーレットを強要されたという事実はなく、あくまで映画の演出だが、それでも史実と錯覚するほどの臨場感で、いまだこれに勝る狂気は存在しないほど。

ロバート・デニーロとクリストファー・ウォーケンの鬼気迫る演技も、何度見ても圧倒される。

恐らく初めて見た人は、次に自分の頭が吹っ飛ぶような恐怖と緊張感を覚えるはずだ。

*

だが、なぜ、『ロシアン・ルーレット』なのか? 

そこには、正義も、人類愛もない。

運がよければ生き残り、そうでなければ、絶命する。

そこに善人と悪人の区別はなく、ただ『運』があるだけだ。

この運命のルーレットこそ、歴史や社会の不条理を見事に言い表している。

誰も好んで紛争地に生まれ落ちるわけでもなければ、時代と執政者を選んで育つわけでもない。

たまたま、「その場に居た」というだけで、否応なしに戦火に巻き込まれ、その他大勢と共に塵のように蹴散らされてゆく。

ひとたび歴史の渦に巻き込まれれば、個人の愛や努力でどうにか変えられるものではない。

もし、思想や正義に意味があり、努力で運命が変えられるなら、弾丸は悪人や怠け者だけを選んで命中し、善人は避けて通るだろう。

だが、現実の戦争は、決してそうはならない。

歴史の無慈悲なロシアン・ルーレットのように、運がよければ生き延び、そうでなければ命を落とす。

今、普通に暮らしている者は、たまたま、その場に居なかっただけ。

正義も、努力も、関係なく、主義信条が命を守ってくれるわけでもない。

ひとたび、戦火に巻き込まれたら、その他大勢と同じように、逃げ惑うだけ。

人間同士の殺し合いに、正しいも間違いもないのだ。

*

映画『ディアハンター』もベトナム戦争を題材にしているが、トム・クルーズ主演の『7月4日に生まれて』のように、声高々に反戦を叫ぶ作品ではい。

戦場で傷ついた若者の姿をリアルに映し出し、見る者に深い悲しみや虚しさを感じさせる。

川に墜落して両足の骨を折り、不具者となったスティーブン。

戦場を経験したが為に、普通の庶民に戻れなくなったマイケル。

正気を失い、陥落前のサイゴンでロシアン・ルーレットに耽るニック。

登場人物が政治や平和についてとうとうと語らない分、余計で戦争の酷さや虚しさが身に染みる。

見終わった後の、この虚脱感こそ、戦争が過ぎ去った後の世界の心象という気がする。

そして、いつの時代も、戦火に巻き込まれ、逃げ惑うのは貧乏人(庶民)だけ。

敵国だろうが、同盟軍だろうが、貧乏人に待ち受ける運命はみな同じだ。

当たるか、外れるか。

気まぐれにロシアン・ルーレットを弾く手は、決して自ら汚れることはない。

*

それでも「仕方ない」と思うなら、それがあなた方の決断であり、未来だろう。

この映画が作られてから、約40年。

時代は再び「反対」から「容認」へと移り変わろうとしている。

確かに綺麗事で世は治まらないが、それでも、一つだけ、人類が決して失ってはならないものがある。

それは武力に対する違和感だ。

たとえ時風がそれを掻き消しても、我々は常に違和感を胸に抱き続ける必要がある。

なぜなら、我々が、疑問も、違和感も、感じなくなった時が、全ての終わりだからだ。

「武力行使も、やむなし」と賛同する時、あなたのこめかみにも銃口が向けられることを忘れてはならない。

*

心を病んだニックは陥落寸前のサイゴンで秘密のゲームに耽る(ネタバレ)

カヴァティーナ Cavatina と戦地に旅立った若者たち

ジョン・ウィリアムズとスタンリー・マイアーの名演

ディアハンターを永遠の名作にたらしめたのが、スタンリー・マイヤーズ作曲の『カヴァティーナ』。

ジョン・ウィリアムスのベストアルバムに収録されているせいか、「ジョン・ウィリアムスのカヴァティーナ」と勘違いしている人も少なくないが(私もその一人)、作曲したのは、スタンリー・マイヤーズです。

こちらがスタンリー・マイヤーズによるカヴァティーナ。

ジョン・ウィリアムズのカヴァティーナもオーケストレーションが美しい。

ジョン・ウィリアムスの演奏が心にしみるテーマ曲の『カヴァティーナ』

しかし、私の一押しは、Tranquil Cove というアンビエント系アーティストによるカヴァティーナ。

全体にエコー効き過ぎで、お経のような雰囲気だが、妙に透明感があって、優しい気分になる。これもヒーリング音楽の効果か?

カヴァティーナの哀しみは、ニックの心情を表す

『カヴァティーナ』の魅力は、マイケル(ロバート・デニーロ)よりも、ニック(クリストファー・ウォーケン)の心情をよく表している点だろう。

もちろん、これは個人の印象で、誰かがそう定義したわけではない。

だが、『哀しみ』という点においては、繊細であるがゆえに、いっそう傷つき、最後には正気を無くしたニックに深い哀悼の意を禁じ得ない。

その点、マイケルは強い。

もしかしたら、ニックと同じように繊細かもしれないが、それでもあの土壇場で、わざと多めにリボルバーに銃弾を装填し、ベトコン相手に銃をぶっ放す度胸は鉄人という他ないだろう。

戦争がなければ、休日に鹿狩りを楽しむ陽気な青年として生きていけたのに、たまたま歴史のロシアン・ルーレットに弾かれたというだけで、破滅に陥ったニックの心情を思うと、カヴァティーナの哀しくも優しい旋律は、ニックの魂に捧げられたとしか思えないのだ。

*

現代なら、「戦争に行けば、ひどい目に遭うのは分かりきったこと」と言う人もあるかもしれない。

しかし、ネットもない、衛星放送もない、太平洋の向こうのことなど知りようがない1970年代、政府のプロパガンダを真に受けて、英雄気取りで戦場に赴いた若者のことを誰が責められるだろう。

ましてアメリカは戦勝国で、本土決戦も主都空爆も経験していない。無知な若者をその気にさせるのは容易かったはずだ。

その点、現代は、ITの普及により、嘘も、誇張も通じなくなった。

一般人でも、地図サービスを通して、自宅に居ながら、現地の詳細な情報を得られる時代である。

ならば、ベトナム戦争に赴いた若者たちより利口と言えるだろうか。

確かに、IT時代の若者は、詳細な情報を入手できるようになったが、反面、過った情報に踊らされ、偏狭になりやすい。

誰かが「間違いだ」と叫べば、訳も分からず、ブームに乗って、破壊行為に及んだりする。

何の関わりもない一般人に罵詈雑言を浴びせたり、真っ当に取り組んでいる人の社会活動を妨害したり。

銃器でなくても、人を破滅させ、平和な暮らしを脅かす手立てはいくらでもある。

戦争の現実を知って、放心したニックの不幸は、決して過去のものではないのだ。

私たちは、皆、例外なく、歴史のロシアン・ルーレットの下に生きている。

一見、自分の努力で勝ち取ったように見える幸福も、たまたま暗黒時代の弾が当たらなかっただけの話であり、現在の勝者も敗者も紙一重、いつその順番が回ってくるかは分からない。

カヴァティーナは、さながら名も無き庶民に捧げるレクイエムといったところ。

私たち、一人一人、歴史においては、ニックのように儚い存在だ。

*

病院の通路から死者の移送を見送るニック。

傷ついたニック 病院にて

アメリカの国旗と兵士たちの棺桶

軍医に氏名や生年月日を聞かれるが、まるで幸せな過去を打ち砕かれたように答えに詰まるニック。
嗚咽をもらす場面が演技とは思えぬ素晴らしさ。

嗚咽をもらすニック

どうやったら演技でこんな泣き顔が作れるのか……。

クリストファー・ウォーケン

これも印象的なエンディング。もう二度と、昔の明るさが戻ることはない。

ニックに乾杯

とにかく、クリストファー・ウォーケンが素晴らしいのです。

クリストファー・ウォーケン

ロバート・デニーロとも長い付き合い。
個人的に親しいわけではないけれど(当たり前だが)、映画を通して、同じ時代を、一緒に生きられて光栄だった。

ロバート・デニーロ

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コアなファンから字幕版への不満が続出してますが、とりあえず購入しました。

吹替も最強メンバーでしょう。

マイク(ロバート・デニーロ) 山本圭
ニック(クリストファー・ウォーケン) 羽佐間道夫
スティーブン(ジョン・サヴェージ)野沢那智
リンダ(メリル・ストリープ) 池田昌子
スタンリー(ジョン・カザール) 青野武

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特典のブックレット。ファン垂涎の品ということで。

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初稿: 2016年7月23日

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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