性があるから人間らしく生きていける 『好色な人々』の真摯な生き様(14)

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『カラマーゾフの兄弟』 第1部 第Ⅲ編 『好色な人々』 より

(1) 召使部屋にて

第Ⅲ編『好色な人々』と、なかなか直球なタイトルである。

それについて、江川卓氏は『謎とき カラマーゾフの兄弟』の中で次のように解説している。

ところが奇妙なことに、全十二編にエピローグのついた『カラマーゾフの兄弟』の全構成の中で、編の表題と章の表題が一致しているのはここだけなのである。

<中略>

ということは、『カラマーゾフの兄弟』のほとんど全登場人物が「好色な人たち」と規定されることになるわけだが、「カラマーゾフ」の「カラ」に男性性器の意味を含蓄させたかもしれないドストエフスキーのことだ。これは不思議でもなんでもあるまい。むしろここにこそ、人間を何よりまず性的な存在として見たいという、ドストエフスキーの秘められた願望ないし認識が現れているのではないだろうか。

<中略>

「好色な人たち」のロシア語の原語は、「スラドストラースニキ」である。字解きすると、これは「甘い」を意味する「スラードキイ」と、「情熱」を意味する「ストラースチエ」の合成語から派生した言葉である。つまり、「甘い情熱の人たち」という意味で、「淫蕩な人たち」と訳される「ラズヴラートニキ」に比べると、倫理的な非難の度合いはかなり薄く、どことなくほほえましい趣もある。

日本で『好色』というと、どうしても「むっつり助平」のような春画の世界が想起されるが、これも言葉のあやで(あるいは訳者の苦肉の策)で、『カラマーゾフの兄弟』でいうところの好色とは、「エロスのエネルギーを生きる原動力に昇華する、逞しい人」と感じる。

その中に、砂糖菓子のようなロマンチックな一面も秘めており、それほどに感じやすい人たちだからこそ、父子間で女を争ったり、人生に絶望したり、はたまた社会正義に目覚めたり、常に心が忙しいのだ。

鈍感で、生きる意欲にも乏しい人間に、怒りも、欲情も、あろうはずがないから。

そんでもって、「ムラムラする」気持ちを、「甘い情熱」とか「甘い微笑」とか表すのは、作家ならではのレトリックで、渡辺淳一ならば、『股間に暴れ馬を飼っている』と言うだろう(著書『男というもの』を参照)。

何にせよ、性欲、性愛、恋慕、憧憬といったものが、人間にとって非常に重要な位置を占めていることに変わりはなく、人が必死に学ぶのも、美容体操にいそしむのも、突き詰めれば、良質な遺伝子を残すのが目的で、次はそれを叶えてくれる番を求める。

わたしたちが、とりわけ若い間、うんざりするほど異性や恋や性について思い巡らすのも、遺伝子の、荒々しい自己複製の叫びであり、ここをおろそかにすると、人生はたちまち空疎なものになってしまう。何故って、私たちが生きる究極の目的は(生物学的には)自己複製であり、自分一代で血が途絶えるとなれば、誰も未来のことなど構わないし、生きる張り合いもなくすからだ。

だからといって、「好色な人々」が人の倍ほど充実した人生を生きるわけではないが、人一倍、泣き、笑い、苦しみ、焦がれるのも、一つの豊かさに違いない。

生涯、愛しもせず、憎みもせず、一生、誰とも深く関わることなく、うすっぺらい人生で終わる人から見れば、底なしの好色エネルギーに突き動かされるカラマーゾフ一族は、実に人間らしい、濃厚な人生を味わっているわけで、ドストエフスキーも、この一族を必ずしも『悪い見本』として描いているわけではないと思う。

なんといっても、彼は作家であり、牧師や教師ではないのだから。

さて、そんなフョードル・カラマーゾフの家には、忠実な老僕グリゴーリイと、その妻マルファが暮らしている。プラス、父親の知れない、養子のスメルノジャコフ。

暇乞いしようと思えば、いつでもできたのに、淫蕩の館で、ろくでなしのフョードルに気長に付き合ってこられたのは、作者いわく、「たとえご主人がどんな人であろうと、昔からのご主人を捨てたりはできない。『なぜかちゅうに、これが、いまのわしらの義務だからだ』ときめつけ、一歩も譲ろうとしなかった」から。

そして、妻のマルファも、そんなグリゴーリイに付き従い、フョードルのみならず、育児放棄された長男ドミートリイの世話も焼いている。

そして、外では尊大なフョードルも、家の中では心淋しい老人で、

彼が自分のそばに、できるだけ身近に、なにも同じ部屋にではなくてもよいから、せめて別棟のあたりに、自分に忠実なしっかりした男にいてほしいと思うのは、ほかでもないそういう瞬間であった。それは自分とはまるでちがって、淫蕩な男ではなく、自分がしでかす乱行を逐一目にして、あらゆる人蜜を知りつくしていながら、それでも忠誠心からそういういっさいを大目に見て、楯ついたりしない、いや、それより何より、この世でも先の世でも、いっさい非難めいたことや、脅しじみたことを言わない男であり、いざとなれば、しっかり自分を守ってくれる、そういう男でなければならなかった。

<中略>

要するに問題は、どうあっても、自分以外の人間にいてほしいということだった。

そうした感情は、突き詰めれば、『愛』と申します。

グレゴーリイが奉公を止めないのも、イワンやアリョーシャが同居してくれるのも、ドミートリィが父のことで心苛まれるのも、なんだかんだで、フョードルという人間を愛しているからで、それは言い換えれば、愛に値する人物でもある……ということである。

いかにグレゴーリイが無知な田舎の従僕でも、善人と悪人の見分けぐらいつくだろう。イワンやアリョーシャも同様だ。

それが当人にも分かっているから、逆に甘えて、横暴にもなるのだろう。

この幼稚性が、フョードルの本性という気もする。

そんなグレゴーリイとマルファにも、子供が生まれたことがあった。

ところが、この子は生まれ落ちた時から『指が六本』あったうえ、二週間後には鵞口瘡で死んでしまった。

グレゴーリイは、「ありゃ……龍だからで……」と落胆し、我が子の死後は、《神さまの本》を耽読するようになった。

なぜ『龍』なのか――という疑問について、江川氏は次のように解釈する。

この点を明らかにするためには、当時のロシアに広くひろまっていた民間宗派の実態にすこし踏みこんでみる必要がある。

十七世紀に分離派の一派として生まれた宗派(セクト)に鞭身派というのがある。1700年1月1日に生きながら天に召されたダニイロ・フィリッポフが開祖とされており、この点では作中に登場する聖痴愚フェラポント神父にその面影が映されている。鞭身派の教義の特質は、教会や僧を否定し、直接にキリスト、聖霊との交わりを求める点にあり、そのための手段として、男女の信徒が一部屋に集まり、祈祷、歌、踊りのあげく、最後には手や鞭でおたがいの全身を打って、集団的な恍惚状態に達する独特の儀礼が行われた。この瞬間にキリストないし聖霊が信徒たちの胎内に入ると信じられたのである。 <中略>

ところでこの鞭身派は「性」の問題については、もともと「霊は善、肉体は悪」の立場をとり、開祖フィリッポフの十二戒にも次のように言われていた。

「娶るなかれ、すでに娶れる者は、その妻と姉妹のごとく暮らすべし。いまだに嫁がざる者は嫁ぐなかれ。すでに嫁げる者は離別すべし」

要するに、性についてははっきりと否定的な態度をとっていたわけである。

ところが、時が経つにつれて、この開祖の戒律はしだいにゆがめられ、新と同時の性の交わりは「鳩と鳩とがむつむごとき愛」とか、さらには「キリストの愛」とか美化されるよになった。しかも、半裸の男女が一室に集まって、集団的な恍惚状態に達する独特の儀礼となれば、本来は聖霊と交わる神聖な集まりであるはずのものが、おのずと乱交パーティに変質していく場合もしばしばあったわけで、そのことが、「あそこはおもろいで」と鞭身派の人気を集め、急速に信徒の数を増加させた一因であるとする説もあるほどである。

(こうした鞭身派の堕落を受けて) セリワーノフによって開かれた新しい宗派が「去勢派」であり、信徒は「ペチャーチ」(刻印)と呼ばれる術を受けることになった。

女性の場合は、乳首だけを切除するのが「小ペチャーチ」、乳房までえぐりとるのが「大ペチャーチ」と呼ばれた。男性の場合の「小ペチャーチ」は睾丸を切除するわけだが、「大ペチャーチ」については手術を終えたあと、術者が切除部分を被術者の目の前に突きつけ、「見よ、蛇の頭は挫かれたり、キリストはよみがえりたまえり」と唱える、のだという。

このことと関連してとくに指摘しておきたいのは、去勢派の間に龍退治で有名なエゴーリイ聖者の崇拝が広まって、馬にまたがったエゴーリイ聖者が槍で龍を仕留めているさまを描いた画像(イコン)が、去勢派の儀礼の場所としてよく使用された風呂場にしばしば掲げられていたということである。

つまり、去勢派の間では「龍」も「蛇」の同類とみなされていたわけで、ここではじめて、グリゴーリイがもらした謎めいた言葉「龍」の意蜜が明らかになるのである。

おそらくグリゴーリイは自身の「性」への一種の恐怖意識からこういう言葉を使ったのではないか、と推測される。 <中略> 六本指の赤ん坊を目にした瞬間、グリゴーリイの脳裏には、それが自身の肉欲=蛇のみにくい化身と映ったのではないかと考えられる。

そこら中が痛くなるような話だが、思えば、人がAVやキャバクラやラブドールやポルノ雑誌などで性欲を解消するようになったのは、ここ100年ぐらいの話。もちろん、それ以前も、売春宿やストリップ小屋、奴隷制みたいなものはあったが、多様性や自由度でいえば今の方がはるかに選択肢が多いし、世の中もずいぶん寛容になった気がする(いまだ厳格な国や文化もあるけれど)

また、当時は、貧しい農家の親が娘を遊郭に売るような、現代からは考えられないような事も平然と行われていたし、またそれをどうこうするのも自由だったことを考えると、昔の人の性に対する苦悩や苦痛は計り知れないものがあっただろうし、それゆえの悲劇も多かったと思う(今のように人権が守られない点で)

その極端な処方箋として、上記のような宗派が登場しても不思議はないし、むしろ、そこまでしなければ乗り越えようのないものだったのかと同情したりもする。

現代みたいに、「風俗に行った」「AVを見た」と軽く語れる時代でもないし、性に対する医学的、あるいは生物学的研究も、ようやく最初の一歩を踏み出したばかり。

「年頃の男の子が女性の裸に興味を持つのは、性ホルモンの分泌が活発になるからですよ」みたいな会話もなく、当時の人は、得も言われぬ衝動におののいたり、欲求不満に身悶えたり、現代人からは想像もつかないような性の苦悩を抱えていたのかもしれない。

そんな中、ドストエフスキーが、あえて『好色な人たち』というタイトルを用いたのは、決して彼等の性衝動を揶揄するものではなく、江川氏の言う通り、「それも含めて一人の人間」、飾りもしなければ、偽りもしない、ありのままの人間を描きたかったからではないだろうか。

その結果、誰一人として幸福になれないにしても、それもまた人生だ。

結果よりも、悩み、考え、神にも説けない難問に挑もうとする強い意思にこそ、人として生きる価値がある。

わたしたちは、「豊かな性」というと、「いつでも、どこでも、だれとでも」を思い描くが、真に豊かな性とは、自身で自分の性を肯定し、性行為を通じて、思いやりや責任感を学んでいく点にある。その中には快楽やロマンスも含まれ、いわば心・知・身を含めた、全人的な体験こそが、性の本当の意義であり、豊かさなのだ。

カラマーゾフの兄弟に登場する『好色な人々』は、世間目には決して賞められた存在ではないが、それぞれに真摯で、どうにかこの難局を突き抜けようとしている。

そして、それが性=生のリビドーに基づくものであるとするなら、我々はこの暴れ馬を鞭で叩くのではなく、愛によって調教すべきなのかもしれない(渡辺淳一風に)。

出典: 世界文学全集(集英社) 『カラマーゾフの兄弟』 江川卓

カラマーゾフ随想について
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この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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