どこに作り手の心があるかはデザインを見れば分かる 海上都市の建設をめぐって

どこに作り手の心があるかはデザインを見れば分かる 海上都市の建設をめぐって

どこに作り手の心があるかはデザインを見れば分かる 海上都市の建設をめぐって

どこに作り手の心があるかはデザインを見れば分かる

デザイナーの心 意匠と形 ~社会への思いやりが都市設計の基盤となる』にもあるように、どんな小さな物にも、それを作った人の美意識や価値観が込められています。他者の評価がどうあれ、使いにくいものは使いにくいし、見にくいものは見にくい。完璧である必要はありませんが、配慮を欠いたものが公共に大きな影響をもたらすのは事実です。遊具、子供服、身障者用スロープ、エレベーター、改札機、バスの乗降口、駅のコンコース、等々。身の回りを見渡すだけでも、様々な問題に気付くのではないでしょうか。

本作では、世界的に有名な建築家フランシス・メイヤーが「海上のヴェニス」と喩えられる見目麗しい円環の海上都市『パラディオン』を提案し、これに乗じて、金脈を広げようとする新興勢力が乗り込んできます。しかし、その為に公的支援が必要な箇所は後回しにされ、庶民の不満は沸点に達します。

建築は公共の芸術であるため、「美しい」だけでは役に立ちません。自己表現と同じくらい公益も大事です。

このパートは海洋小説『曙光』(第六章・断崖)の抜粋です。
詳しくは作品概要、もしくはタイトル一覧をご参照下さい。
WEBに掲載している抜粋は改訂前のものです。内容に大きな変更はなく、細部の表現のみ訂正しています。

【小説の抜粋】 デザイナーの心

ペネロペ湾開発のアイデアを問うコンペで、フランシス・メイヤーは饒舌に『パラディオン』のメリットを語るが、TV中継で見守るエヴァ、マックス、ヴァルターは否定的だ。

そんな中、アイデアコンペのプレゼンテーションは粛々と進行する。

今回は名だたる設計事務所や大企業が多数参加している為、最終審査に残った作品はどれもクオリティが高い。各チームのプレゼンテーションも企業の商品発表会のように洗練され、どれが一位に選ばれても納得だ。

それでも壇上にフランシス・メイヤーが登場し、プロジェクタスクリーンにパラディオンが映し出されると、ひときわ高い歓声が上がり、彼も目が釘付けになった。

以前から出回っているPR用画像とは精度も色彩も格段に違う。これが天才による「本気の絵」かと震撼するほどだ。

ペネロペ湾に浮かぶ直径七キロメートルの海上都市は、円環の外郭と十字型のメインブリッジから成り、さらにL字型のサブブリッジを組み合わせて、美しいシンメトリーを作り出す。

円環の外郭は電力プラント、倉庫、工場、大型係留所などエネルギー&産業セクションに当て、十字が交わる中央ブロックには行政施設とコントロールセンター、その他のブロックには住居、オフィス、学校、病院など公共施設をバランスよく配し、海上のヴェニスのように小さな橋梁やボートで繋ぐ。また高層ビルは作らず、建物の形状や色彩は全て統一され、精巧な模型を見るようだ。だが、それが決して機械的でなく、柔らかな印象を醸し出しているのは、全体に淡い色使いがなされ、随所にグリーンや噴水などを配して快適性を高めているからだろう。それは継ぎ接ぎに拡張したメアリポートやローレンシア島の旧い住宅地とは大きく異なり、全てが計算され尽くした魔方陣のような美しさであった。

万雷の拍手の中、メイヤーがプレゼンテーションを終えると、マックスはぐいとブラウンエールを飲み干し、「これで決まりだな」と呟いた。

「いけ好かない野郎だが、誰がどう見てもパラディオンが抜きん出てる」

だが、エヴァは「そうかしら」と首を傾げる。

「私は二番目に登場した段々畑みたいなデザインがいいと思うわ。シルベリーヒルのすり鉢地形に合わせて、パリの町並みみたいに放射状に街路を整えるの。個々の建物もスペインのアンダルシア村みたいに統一すれば、素晴らしく綺麗よ。自然の地形をそのまま活かすから、お金もかからないし」

「だが、新鮮みがない」

「それならパラディオンも同様よ。完成した当初は真新しくても、すぐに飽きるわよ。シドニーのオペラハウスを間近で見たら、全然大したことないのと同じよ。その点、ボンダイ・ブロンテ・ウォークはただの崖なのに、みんな繰り返し訪れる。何時までも愛されるのは自然な風景だと思うわ」

「自然の崖と建築は違うさ」

「でも、オペラハウスの近所に住みたい人はないでしょう。パラディオンも絵の中にあるから綺麗と思うだけで、実際に住んでみたら大したことないと思うわよ」

「お前はどうあっても奴が嫌いみたいだな」

「嫌いというより相容れないの。メイヤーが建築賞を獲った『ゴールドコーストの別荘』も形状が珍しいだけ、マッチ箱を組み合わせたような段違いの建物なんて、健康な時は楽しいけど、病気になって、年を取れば、たちまち不便な箱物に早変わりするわ。バリアフリーに改装したくても、元々の形状が不規則だから手の打ちようがないし。住人が年を取って、建物が古びたら、ただの悪趣味なコンクリートの塊でしかない」

「お前も手厳しいな」

「私だって住宅設計を手がけているのよ。どこに作り手の心があるかはデザインを見れば分かるわ」

<中略>

「デザインとしては抜きん出てるよ。本当にあの絵の通りに建設されたら、さぞかし綺麗だろうね」

「そうよ、絵として見るだけならね」

エヴァは息巻いた。

「でも、建築は絵じゃない。実際に人が住むのよ。安全性、耐久性、経済性、ありとあらゆる要素を考慮しても、まだ足りないくらい。

あなた、本当にあんな橋の上に住みたいと思う? 

埠頭の先端みたいに、鉄柵もロープも何も無いのよ? 

そんな所で子供を遊ばせられる? 

ボートでブリッジ間を移動というけれど、緊急時はどうするの? 

全員が即時に退避できるライフボートも人口分用意するわけ? 

メイヤーも、それを支持する人たちも、そこまで考えが及んでいるとは思えない。

五〇年後、一〇〇年後、ペネロペ湾がどうなろうと知ったことじゃない、ってノリじゃないの。

本当にあんなものを建設するなら、山一つ削る羽目になるわよ。下手に削れば地滑りを起こして、とてつもなく危険よ。

今のところ誰も強く言及しないけど、ペネロペ湾の海底は大半が粘土と腐食物で覆い尽くされて、ポタージュスープみたいに柔らかいの。

その上に構造物を設置するとなれば、たとえ浮体式でも大量の埋め立てが必要だし、埋め立てに使った土砂もそれ自身の重みでどんどん沈下するから、コントロールするのは至難の業。

それだけの技術がアステリアやトリヴィアの土木業者にあるのか、まともに巨大海洋構造物も扱ったことがないのに、とても正気の沙汰とは思えないわ」

第六章 断崖 Kindle Unlimited版 

導き手を無くした海洋社会アステリアは混迷し、既存企業と新興勢力の対立が浮き彫りになる。新たな資本グループは世界的建築家メイヤーを擁して、富裕層向けの海上都市パラディオンの建設を推し進めるが、庶民を踏みつけにする巨大計画にNOを突きつけるべく、ヴァルターは対案として《リング》を提示する。
Kindle Unlimitedなら読み放題。

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