秋 木

ほんとに愛しはじめたときにだけ 淋しさが訪れる『ダイヤモンド』

秋 木

木という字を一つ書きました

一本じゃかわいそうだから

と思ってもう一本ならべると

林という字になりました

淋しいという字をじっと見ていると

二本の木が

なぜ涙ぐんでいるのか

よくわかる

ほんとに愛しはじめたときにだけ

淋しさが訪れるのです

寺山修司少女詩集 (角川文庫)

多くの場合、『淋しさ』という言葉は、退屈や、無視された怒りや、自我が通らぬもどかしさを表す言葉として使われているように感じる。

何もすることがなくて、淋しい。

誰にも相手にされなくて、淋しい。

分かってもらえなくて、淋しい。

自分が何ものでもないような気がして、淋しい。

それも淋しさに違いないが、愛を知った人の淋しさは、わかり合えない辛さや愛されない空しさとは異なる。

想っても、想っても、二人が永久に一つになることはない。

そんな限界の淋しさだ。

私があなたで、あなたが私なら、もう何も苦しむことなどないのに。

想うほどに、独りを感じて、泣けてくる。

そういう切ない涙の話だと想う。

恋と恋の狭間に
淋しい

 寺山修司少女詩集 (角川文庫) (文庫)
 著者  寺山 修司
 定価  ¥ 691
 中古 34点 & 新品  ¥ 50 から
 5つ星のうち 4.1 (13 件のカスタマーレビュー)

Tags: , ,

寺山修司の関連記事

本 diary

シベールの日曜日は現代に生きるためには、無垢な心がどのような報復をうけねばならないかということを物語る残酷な映画であった。ガラス玉を星のかけらと思い込める感受性は、その星のかけらの鋭い刃先でみずからの心を傷つける。現代の生きづらさの正体とは。

ノート

どんなツールが登場しても、人々は好ましいレスポンスを期待し、その度に裏切られ、孤独や疑念を増していく。応酬の手間が軽ければ軽いほど、待ち時間が短ければ短いほど、耐性も弱まり、感情も激しく振幅するようになる。

人生処方詩集 寺山修司

こんな詩を読んで慰むことができるような悩みなど、本当は病気というほどのものではあるまい。大体、生きることに自信を失いかけている者に「世界は円い。それにくらべるとおれたちはスラリとしている」という薬剤の処方をするドクトル・ケストナーはひどい食わせ物なのではないだろうか?