出会いを生かすのも能力の一つ【短文エッセイ】

日々の想いや考察を書き綴った随想集です。

本記事の内容
  • セックスレス→精神的に裸になれない
  • 出会いを生かすのも能力の一つ
  • 一度やめてしまったものは取り返しがつかない
  • オンラインはダイアローグ? モノローグ?
  • 欲しいものはただ一つなのに
  • 名も無き善人は天国を目指す
  • 悲しみは、あなたを強く、優しくする
  • 価値に気付く器があるから 良き出会いとなる
  • なぜ人は失敗を恐れるのか プライドばかり高いから
  • セックスレス→精神的に裸になれない

    AVの原因もあるかもしれないが、最大の問題は『精神的に”裸”になれない人が急増』しているのではないか。
    こういう事は「動物みたいでカッコ悪い」「ペチャパイと思われるのが恥ずかしい」「弱いと思われるのではないか」という恐れや照れがあれば絶対にできないし、たとえできたとしても快楽からは程遠い。とりわけ今は相手にどう思われるかを気にする若い人が増えているし、「立派なこと」「いい人であること」「素敵なこと」が以前に増して要求されるから、ワンコみたいに裸でじゃれ合う気分にはなれないだろうよ。
    それより不倫、浮気の方が楽しいだろう。相手になんら負うものがなく、一晩、恥を晒しても、金や距離で割りきれるから。

    セックスレスの問題は、女性側からは不満として語られ、男性側からはプライドやモチベーションの問題として語られるのが興味深い。
    女性の場合、男性がその気になってくれないと成立しないし、男性は女性に拒まれると精神的に傷つくし。
    お互い不満を内に溜めたまま、他に原因探しをしても、何の解決にもならないし、たとえこの世からAVが無くなっても、今のご時世、精神的に裸になれる人の方が小数のはず。

    それにしても、肉欲が満たされれば、性欲も失せるものだろうか。本来、性は、肉体と精神の両面から成り立つものであり、肉欲が満たされても、『性的には満たされない』というのは十分にあり得る。たとえるなら、ジャンクフードでお腹がいっぱいになっても、本来、食のもつ幸福感までは満たされないようなものだ。

    豊かな性生活に、精神的解放は欠かせない。原因探しをするより、いかに精神的に裸になるか=見栄や羞恥心から解放されるか、についてレクチャーした方がよい。

    日本のセックスレス、原因はAVか ネットの普及で「価値がなくなった」専門家が指摘
    https://abematimes.com/posts/3460440

  • 出会いを生かすのも能力の一つ

    私は「出会い」を生かすのも、一つの人間の能力だと思っている。
    同じ出会っても、何も感じず、何も学べなかったら、それは出会わなかったと同じ事。
    人との出会いは、物体と物体の衝突ではない。
    『1+1=3』の、心と心の融合だ。
    人生は、どんな人と出会い、何を得たかで決まる。
    「出会い」から何も掴めず終わってしまうのは、答案用紙を白紙で返すのと同じなんだよ。

    2001年2月23日配信のメールマガジンより

  • 一度やめてしまったものは取り返しがつかない

    たいていの物事は、やめようと思えば、いつでもやめられるものだ。

    だが、やめてどうなる? 

    と問われたら、何とも答えようがない。

    答えがないということは、先が無い、ということだ。

    何もかも終わりだ。

    それで本当に気が済むなら、やめればいいが、あとでしまったと気付いても、一度やめてしまったものは、どうにも取り返しがつかない。'

  • オンラインはダイアローグ? モノローグ?

    ネットで見かける多くの書き込みは、

    一見ダイアローグ(対話)のように見えて、

    本質はモノローグ(独白)である。

    相手に話しかけているように見えて、その実、自分の方しか見えてない。

    それを生きた人間関係のように思い込んでしまうところに、様々な誤解が生じるのだろう。

  • 欲しいものはただ一つなのに

    私たちは、自分自身についても、その他の物事についても、余りに複雑に考えすぎる。

    欲しいものはただ一つのはずなのに、それを得るのが難しいばかりに

    ──あるいは認めるのが苦痛なばかりに──

    私たちは回り道ばかりして、余計な苦しみをいっぱいに背負い込んでいる。

  • 名も無き善人は天国を目指す

    『善行を積めば、あの世にとこしえの幸せが用意されている』というファンタジーは、名も無き善人にとって、最後に残された砦といえる。

    現世で栄耀栄華を味わっている人は、あるかどうかも知れない『あの世の幸福』とやらに何の興味も持たないだろうし、それより秦の始皇帝みたいに、不老不死の霊力を手に入れ、とこしえに現世の快楽を味わいたいと願うからだ。

    『銀河鉄道の夜』も名も無き善人のファンタジーで、本当のところ、あの列車が何処に向かうのか、誰にも分からない。

    それでも「行ける」と信じる、その気持ちが多くの人々の心の支えであり、慰めであるのは確かだろう。

    ある人はそれを『宗教』と呼び、その『象徴』を神と仰ぐ。

    関連記事 → 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』と蠍の火 ~まことのみんなの幸のために

  • 悲しみは、あなたを強く、優しくする

    ある時、私の友人に悲しい出来事があって、心配になって電話したら、彼女がこんな風に言っていました。

    「私には、こうやって、一人で辛い時に心配して電話してきてくれる友達がいる。それだけでも、なんて幸せなんだろうと思う」

    それは私もお互いさま。

    辛い時、悲しい時、互いに励まし、慰め合える友だちがいることは、本当に有り難いし、幸せなことです。

    だけど、それも何かを失って、悲しみの底にあるから分かること。

    物事が順調で、慢心しだすと、「人が自分に優しくするのは当たり前」「こんな事ぐらいで落ち込むな」等々。相手の心の痛みも、気遣いも、理解できなくなりますから。

    誰にとっても失敗や悲しみは辛いものですが、それゆえに、周りの人の何気ない優しさに感謝する気持ちが生まれます。

    感謝の気持ちは、自分のみならず、相手も幸せにするもの。

    私たちは噛みしめた涙の分だけ、強く、優しくなれるのかもしれません。

  • 価値に気付く器があるから 良き出会いとなる

    行く当てのない旅にも出会いはある

    ただ それを出会いと気付くには、未知の物事や人に対して、心が開かれていることが欠かせない

    それに価値があるから 良さが分かるのではない

    価値に気付く器があるから 良き出会いとなるのだ

  • なぜ人は失敗を恐れるのか プライドばかり高いから

    私の土壇場の切り札は、いつも『一生分の勇気』だ。

    ほんのちょっと勇気を出すことで、いろんな価値あるものを手にしてきたからである。

    中谷彰宏さんの著書にこんな言葉がある。

    転ぶから痛いのではない。 転んだ所を人に笑われるから痛いのだ』。

    失敗そのものは、大きな意味を持たない。

    すぐにまたやり直すか、別の方法を考えればいい。

    前に進めば、痛みも消える。

    だが、人に笑われた屈辱は、いつまでも心に残ったりする。

    失敗を実際以上に恐れる人は、失敗よりも、何よりも、恥をかくことを恐れているのだろう。

    だが、恥や嘲笑を恐れる限り、望むものは手に入らない。

    なぜなら、望みよりも、自分のプライドの方が大事だからである。

    『虎穴に入らずんば、虎児を得ず』という。

    虎穴なんてものは、案外、入ってみれば、虎の子以外、何も無いものである。

    プライドばかり高いと、岩陰も怪物と見間違う。

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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