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落ち込むのは真剣に生きている証【短文エッセイ集】

目次

トンカツ ~若者にとって一番辛いのはお腹が空くこと

トンカツをな
トンカツを
俺にも奢ってくれ

若い時分 一番つらいのは
金もない
仕事もないのに
お腹がすくこと

そんな時に ご馳走してくれた
年長者の優しさが忘れられない
若い人はすぐにお腹が空くのです。
年をとって、社会的にも精神的にも安定すると、その飢餓感も忘れる。
飢えとは胃袋と心の両方で感じるもの

トンカツがいつでも食べられるようになる年の頃には
あそこが痛い ここが悪いで
医者から「食うな」と止められるもの
その分 若い人に奢って欲しい

それは十年後 弱者への思い遣りとなって
社会に還元されるから

イッセイ・ミヤケの言葉「これからも自分の作りたい服を作り続けなさい」

ファッション・デザイナー イッセイ・ミヤケの内弟子に二十代 の優秀な女性デザイナーがいて、ブティックを開いたら、どんどん売れるようになったらしい。
ところが、自分の作りたい服と、売れる服がどんどん違ってくるよ うになり、彼女はイッセイに相談した。
「自分の作りたい服と、売れる服と、どちらを主流にすれば良いの か分かりません」
するとイッセイはこう答えた。 
「君は自分の作りたい服を作ることで、ここまで売れるようになったんだろう? だったら、これからも自分の作りたい服を作り続け なさい」
彼女は一瞬で迷いが消え、売れる売れないに関わらず、自分のデザ インに専心するようになった。
そして今も第一線で活躍しておられるとのこと。
これは皆さんにも当てはまる言葉。
何においても、迷いが生じた時は、 自分を信じて、頑張ること。
いつも、どんな時も。

吹けば飛ぶような命でも、後進に道を示すことはできる。

人間の真の偉大さは、「明日世界が滅ぶと分かっても、リンゴの木を植える」という精神にあると思う。
どんな動物も、生命の連鎖の中に生き、次代に繋ぐことも遺伝子(本能)に組み込まれているわけだが、人間は、それに加えて、自らの意思でそれを選ぶことができる。たとえ世界に核の嵐が吹き荒れても、干ばつで大地が干上がっても、どこかにか次代の種を植えずにいない。
それが本能ゆえか、培われた高貴さかは分からないけれど、常に次代を思わずにいないのは、《生きよう》とする意思は、地上のあらゆる力を凌駕するからに違いない。
以下は、断崖のパートで挿入するだったはずの一文。
二度目の悲劇に遭遇し、何もかも失った中で、ヴァルター・フォーゲルが呟く台詞だった。

吹けば飛ぶような命でも、後進に道を示すことはできる。
彷徨い人の道標となる、揺るぎない指針だ。
第六章 断崖のボツ
人ひとり、何の力もなくても――自分が生きているうちに大した事は成せなくても――後進に道を示すことはできる、という意味で。
後に続くものが豊かなら、誰の人生も報われる。
絶望の中でも顔を上げ、明日に立ち向かう時、どんな人も強く、美しい。

言葉は生もの ~人間が前に進むには忘却と変化が必要

人間が前に進むには、忘却と変化が必要だし、その為には、破壊と創造を何度でも繰り返さねばならない、これ必定。
そういう意味で、私は既成のものに縛られるのがイヤだし、たとえ自分が手間ヒマかけて創ったものでも、もはや必要ないと思えば簡単に壊すことができる。
特に『言葉は生もの』なので、生まれた瞬間、読まれて、活かさねば何の意味も無い。
夕べの言葉など、もはやカビ同然、処理するのも億劫なくらいだ。
そう考えると、時を超えて生き続ける言葉が不思議に思える。
あれは何なんだろう。
思想 ?
心 ?
精神 ?

初稿 2000年8月27日

鈍磨した感性は、その持ち主も内側から枯渇させる

日常に流されると、その瞬間、瞬間を『生きている』という実感が無くなる。
楽しいことはあっても、我を忘れるほどの深い悦びは得難くなる。
鈍磨した感性は、生々とした感情を呼び覚ますことが出来ず、 いつかその持ち主も内側から枯渇させてしまう。

【恋愛】「何人と付き合ったか」ではなく、「自分をどれだけ見つめたか」

恋愛はしたい。
でも、一人の人ときちんと向き合って付き合うということは、相手の短所が見えると同時に、自分の短所も見つめることでもあります。
よく「恋愛経験が豊富」と言いますが、大事なのは、何人と付き合って来たかではなく、恋愛の中で自分をどれだけ見つめてきたか、でしょう。
自分と向き合う覚悟がなければ、同じ過ちを繰り返すだけなので。

自暴自棄は緩慢な自殺

人間には無限の可能性がある。
自分を捨てることは、一切の可能性を捨てることなんだよ
小説『曙光』 第一章・運命と意思より
自暴自棄は緩慢な自殺。
未来の自分に対する冒涜。
粗末にするべきでないのは「命」ではなく、明日という潮目。
チャンスとは何か。
それは命そのもの。

真剣に生きている証

ライオンでも落ち込むことはある
それは彼が弱いからではなく
真剣に生きているからである

へらへら笑って 
何でもないように装うのは
正面から向き合う覚悟がない証拠

魂の餓えを作り出すのは自分自身

人間の孤独や苦悩の本質について考えたとき、私が真っ先に思い浮かべるのは、『エゴ』だ。
誰だって、自分が可愛い。
できれば、自分だけは傷つきたくないと思う。
そうして、いつしか心が自身の事でいっぱいになった時、私たちは利己的な欲望の塊になる。
自分を満たすことしか考えなくなる。
「つらい」「淋しい」「苦しい」・・これらのネガティブな感情は、すべて魂の餓えからくるものだ。
そしてその餓えを作り出しているのは、他でもない、自分自身である。
にもかかわらず、私たちはその事実に気付きもしなければ、認めようともしない。
いつでもその解決策を外に求め、不幸の犯人探しに明け暮れる。
その本質を理解しない限り、私たちは何を得ても、何を変えても、心の平和を手に入れることはできないだろう。

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