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全てのものは形を変えながら永遠に廻る ニーチェの永劫回帰より【映画タイタニックの思い出】

2020 7/01
目次

【哲学コラム】 ニーチェと永劫回帰

ニーチェの思想の主幹に『永劫回帰』があります。

これが生だったのか。それなら、よしもう一度! 自己肯定と魂の幸福にも書いているように、『幸福』とは、この人生をもう一度生きてもいいと思えるほど、自分自身と自身の生を愛する気持ちです。

それに似たもので、「もはや自分を恥じないこと」(悦ばしき知識)という表現もあります。

劣等感や虚無感を抱え、死にたいと願う人が多い中、心の底から「もう一度」と思える気持ちは、ある意味、最高に恵まれた、最高に幸せな人間の証かもしれません。

『ツァラトゥストラ』の世界観はこちらで解説しています。

本作では、言葉の問題と学校での苛めから「死にたい」と嘆く息子のヴァルターに、ニーチェの永劫回帰の思想を説く父親のグンターが登場します。

しかし、幼い息子に永劫回帰の意味など分かりません。

そこで、グンターは「永遠の環」という言葉に置き換え、たとえ人より劣っても、自分を好きでいる気持ちが大切だと説きます。

そうは言われても、ルサンチマンの塊で、父親の死後、激しい喪失感に陥るヴァルターにはなかなかその意味が理解できません。

何度も自滅の道に向かい、その度に、運に助けられます。

では、いつ、どのような形で、その意味に気づくのか。

それが後半のパートです。

【小説の抜粋】 すべてのものは形を変えながら永遠に廻る

採鉱プラットフォームの接続ミッションを前に、古参スタッフと意見が合わず、一人浮いてしまう潜水艇パイロットのヴァルターは、上司の愛娘リズと次第に心を通わせるようになる。

そんな中、アル・マクダエルをはじめとする上役一同がプラットフォームの視察にやって来る。気まずい雰囲気の中、上役の集まりを抜け出したリズは、潜水艇プロテウスの格納庫でヴァルターと鉢合わせる。

潜水艇の耐圧殻の中で、「夢の深海」を体験した後、採鉱プラットフォームのブリッジ最上階のヘリポートに足を運ぶ。

無限に広がる大海原を見つめながら、ヴァルターは父から教わった『永遠の環』のことを思い浮かべる。

前のエピソード → 想像力で深海に潜る ~有人潜水艇の耐圧殻で夢見る生命の世界

このパートは『海洋小説『曙光』(第二章・採鉱プラットフォーム)』の抜粋です。 作品詳細はこちら

縦書きPDFで読む(Google Drive)

二人は手を繋いでヘリポートに上がると、ぎりぎりまで縁に近づき、ゆっくり腰を下ろした

ヘリポートの周りにはセーフティーネットが張り巡らされ、万一、転落しても下まで落ちることはない。それでも五階建ての高さから見下ろす大海原は圧巻だ。まるで空を飛んでいるような気がする。

リズは蜂蜜色の長い髪を風になびかせながら、

「本当に果てしないのね。海だけが永遠に広がっているみたい」

と目を細めた。

「でも、西に飛び続ければ、一巡りしてまた元の場所に戻ってくる。限りがないように見えて、全ては一つに結ばれているんだ。Ring der Ewigkeit――永遠の環(The Ring of Eternity)リズにはドイツ語が分からないので英語で言い直しているみたいに」

「The Ring of Eternity……」

「そう。沈む夕陽も海の向こうでは朝日になる。この世に終わりも始まりもなく、すべてのものは形を変えながら永遠に廻るという意味だ。もっとも、これは父の受け売りだけど」

「他にはどんな教えがあるの?」

「あり過ぎて一言では語り尽くせない。まるで一生分を凝縮するように、いろんな事を話して聞かせてくれた。わけても心に残っているのは『永遠の環』だ。父が言うには、人生には似たような場面が何度も訪れるらしい。まるで時間軸の周りに螺旋を描くように。似たような体験を繰り返すうちに知恵も磨かれ、心も強くなる。その完成された最高の形が円環(リング)だ」

「解ったような、解らないような、抽象的な話ね。でも、『似たような場面を繰り返す』というのは何となく理解できるわ。仕事も、人間関係も、躓く石は同じだもの。気が付けば、いつも似たような場面で立ちすくんでいる」

「そこで一歩踏み出すか、踏み出さないかが、人生の分かれ目なんだろうね。君にも踏み越える力はあるよ。現に自分の意思でここまで来たじゃないか」
「そうね。生きていくのは私自身だものね」

「父はいつも言ってたよ。どんなに辛く、悲しくとも、何度でもこの人生を生きたいと願う――『これが生なのか、よし、それならもう一度』と心の底から思えた時、あらゆる苦悩から解放され、真の魂の幸福を得ると。だが、俺には『もう一度』の気持ちは理解できない。なぜそれが心を自由にし、魂に幸福をもたらすかも。俺に解るのは一つだけ、沈む夕陽も海の向こうでは朝日になるということだけだ」

「それだけでも大きな糧だと思うわ。私たち、まだ何十年も生きていくのよ。お父さまが夕陽なら、昇る朝日はあなただわ。生涯かけて理解したいテーマがあるだけでも有意義よ。多くの人はそれさえ分からずに生きているのよ」

「君にも夢はあるだろう」

「夢と生涯のテーマは違うわ」

「どうして」

「夢なんて絵空事と変わらない。好き勝手に思い描く幻想みたいなものよ。パパやここの人たちが成そうとしている事とは比べものにならないわ」

「人間って、そんなに立派な事をしなければならないものか? 俺の母は、俺を産んでからずっと家事に専念してたけど、ご飯は美味しいし、家の中もいつもきれいに片付いて、とても楽しかった。定職に就いていないからといって、母のことを怠惰とか志が低いとか思ったことは一度もない。それぞれの立場で努力することに優も劣もないよ」

「そうかしら……」

「君も一所懸命に頑張ってると思うよ。もっと自由に遊びたいだろうに、パパの言い付けを守って、いつも行儀よくして。頭で分かっても、なかなか出来ることじゃない。プラットフォームの人たちも君に見惚れてた。黙っていても分かるんだよ。君が上品で優しい女の子だってことが」

「だからといって、心の底まで温まるわけじゃないわ。いろんな人に『綺麗だ』『立派だ』と褒めそやされたところで、愛情とは別だもの。私が本当に聞きたいのは真心のこもった言葉よ。武骨でもいい。心の底から『好きだ』と言って欲しい」

「それなら、俺にも言いたいことがあるだろう。この前のことだよ。怒ってるなら、正直にそうだと言ってくれた方が分かりやすい」

リズは顔を上げ、この数日、胸に浮かんだことを洗いざらいぶちまけたい衝動に駆られた。だが、本人を目の前にすると何も言えなくなってしまう。どれもこれも子供じみた悩みに思えて。

【リファレンス】 洋上施設とヘリコプター

洋上施設のヘリポートは映画にもよく登場しますが、実際のランディングはこんな感じ。
一般人は、見ているだけで酔いそう。

洋上のプラットフォームでは、晴天ですら、ヘリコプターがこれほど揺れるのですから、荒天時はこうなります。
下手したら墜落→即死、スタッフも巻き込まれて、大惨事です。

上記には記載してませんが、娘のリズが「採鉱プラットフォームに見学に行きたい」と申し出て、周囲に強硬に反対される場面があります。

実際、機械のジャングルみたい。女の子が物見遊山でふらふら見学していい場所ではありません。非常に危険です。

【リファレンス】 タイタニック・フォーエバー !

世界に一大センセーションを巻き起こしたジェームズ・キャメロンのアクション・ドラマ大作『タイタニック』。

なんだかんだで、すでに世界同時公開から20年以上も経っており、当然、観たこともなければ聞いたこともない、という若年層もこれからどんどん増えていくのでしょう。

TVよりもYouTube、映画館よりもNetflixやHulu、マイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンも亡くなって、世界が一つのコンテンツを共有する体験も薄れてきた今の時代、公開当時のタイタニック・ブームがどれほど凄かったか、想像できる若年層はほぼ皆無でしょう。

アバターやハリー・ポッターやロード・オブ・ザ・リングも世界を席捲したかもしれませんが、タイタニックのそれは、社会現象であり、一つの歴史の節目だったんですね。米ソ冷戦時代を過ぎ、日本も1995年の阪神大震災ショックからかなり立ち直って、世界が一番落ち着いていた頃――多くの庶民が中流の暮らしを満喫し、映画に、旅行に、ファッションに、まだまだ余裕でお金を使えた、最後の時代の徒花みたいなヒット作だったのです。

その続きを申せば、1999年、アンゴルモアの大王など降ってこなくて(ノストラダムスの大予言)、世界も滅亡せず、無事に2000年のミレニアムを過ぎて、ああ、これから世界はもっと良くなるぞ……と希望を持ち始めた時、2001年9月11日のNYテロがあり、日本では労働法改正が不況にトドメを刺して、その後の転落ぶりは皆さんもご存じの通りでしょう。それ以前に、氷河期を体験して、大変な思いをされた方も多いでしょうけど、それでも、タイタニックの頃はまだ『再建』という望みがありました。それこそ舵を良い方に切れば、皆が氷山に激突することなく、難所をすり抜けたであろうし、あるいは、十分なライフボートに避難して、大勢が犠牲になることはなかったのです。そう考えると、映画『タイタニック』は、近未来を予兆するような作品だったのかもしれません。世界的にも、です。

タイタニックの公開当時は、町中の店舗という店舗にセリーヌ・ディオンの歌う『My Heart will goes on 』が流れ、家電店やレコードショップのモニターには、朝から晩まで繰り返し、夕陽をバックに、マストで抱き合うレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットのラブシーンが流れ、本屋には映画情報誌が山積み、ショッピングモールや駅のプラットフォームにも隙間なくポスターが貼られ、ほんと、世界中がタイタニック&レオ様&セリーヌ・ディオン一色でした。

しかし、私は劇場には行っておらず、実際に鑑賞したのは2001年になってからです。

私は、大ブレイクする以前のレオ様が大好きだったからです。

メジャーになった途端、「おもしろくない」というのは、コアなファンにありがちな心理です。

世界中が、レオ様、レオ様、と、古くからのファンを差し置いて、にわか熱で盛り上がるのが許せなかったのです。

それでも『タイタニック』が生涯の一本であることに変わりはないし(作品の良し悪しではなく、思い出として)、冒頭の海洋調査の様子に大いにインスピレーションを得ました。今でこそYouTubeや研究機関の動画で海洋調査の様子を垣間見ることができますが、2001年頃までは、インターネットもそこまで普及しておらず、このワンシーンが非常に貴重な資料だったからです。(1990年代はまだまだオタク向けのツールだった)

上記のヘリポートの場面も、影響を受けたといえば、そうなのでしょうけど、私としては認めたくありません。

何故なら、今でもタイタニックのレオ様には複雑な気持ちを抱いているからです (`・ω・´)

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