父と子

その時、父さんは何をしていたの? 父から息子に伝えたいこと

海上都市のプランが潰された時、お父さんはどこで何をしていたの? と聞かれた時、皆でビールを呑みながら文句を言ってただけだ、と、胸を張って答えられるか? 

俺の父親は、洪水の夜、堤防を守りに自分の持ち場に戻った。
その為に命を落として、俺と母親の人生も全然違ったものになってしまったが、それでもその事がずっと誇りだった。
あの晩、一緒に逃げて、それまで通り幸せに生きて行くことも可能だったし、また、その道を選んだ人たちのことを責める気はない。
だけど、俺の父親が身をもって生き方を示してくれたおかげで、俺はどんな時も一本の軸だけはぶらさずに生きてくることができた。

誇りだけは失わず生きることができた。

勝てるわけがない。
そうとも、勝てるわけがないんだ。
そんなこと、改めて人に言われなくても、自分自身が一番よく知っている。
だけど、抗いもせず、ただ大きな潮流に呑まれて終わるなんて、俺はいやだ。
せめて潮流の中に杭の一本は立てたい。

あの夜、父は逃げようと思えばいくらでも逃げられた。
それは決して間違いじゃなかったんだ。
そうしても間違いではなかったんだ。
一緒に来てくれたら、俺立ちも今まで通り幸せに暮らすことができたんだから。
堤防が決壊し、ポルダーが水没しても、俺達はそれまで通り幸せに暮らすことができただろう。

でも、父はそうしなかった。──多分、もう駄目だと分かってたかもしれない。
それでも最後まで職務に生きた。

仕事が大事だったから──?

違うよ。

あれは俺の為だったんだ。

今ならはっきりと分かる。

あれは俺に見せる為だったんだ。

海洋小説『曙光』 MORGENROOD (下)のボツ原稿

引用元:
治水と堤防管理 数千年に一度の水害に備えて
土木と締め切り大堤防 水害から干拓地を守る

ファイル作成:2012年5月31日

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