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人工地盤と緑化堤防 ~インプラント工法と地盤造成の技術

目次

【土木コラム】 人工地盤と緑化堤防について

未曾有の大洪水によって壊滅的な打撃を受けた干拓地・フェールダム。

ヤンとヴァルターを中心とする復興ボランティアの必死の努力により、大地に徐々に緑を取り戻しつつあったが、再建を急ぐ自治体と地元経済界の思惑が結びつき、一帯をモダンなリゾートにリビルドする臨海都市計画が持ち上がる。

昔ながらの干拓地の再建を望む元住民から強硬な反対の声が寄せられ、対応に窮した自治体はに再建コンペの開催を企画するが、最初から結論ありきの出来レースに過ぎない。

住民無視の自治体にますます不信感をつのらせるヴァルターは、ヤンと共に、再建コンペの参加の決意を固め、人工地盤とインプラント工法を用いた緑化堤防のアイデアで、世界的建築家に真っ向から挑む。

参考記事 → 建築家の詭弁と住民無視の再建計画 一人の意思もった人間として抗う

このパートは『海洋小説『曙光』(第一章・運命と意思)』の抜粋です。 作品詳細はこちら

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ヤンが人づてに聞いたところ、自治体ではフェールダム臨海都市計画が強引に推し進められていたが、半年ほど前から異議申し立てが相次ぎ、推進派もついに無視できなくなったらしい。

その多くは自然な回帰を求める声だ。

故郷の暮らしが忘れられず、遠い町から戻ってきた住民。今は隣国に暮らしているが、いつか故郷に帰る機会を窺っている元住民。フェールダムの水と緑に親しんできた一般市民から「フェール塩湖はウォータースポーツの聖地です。埋め立てや巨大な商業施設で景観を変えないで下さい」といった反対意見が多数寄せられ、その数は増える一方だ。中には、臨海都市が建設された場合の環境シミュレーションを行い、その結果を分厚いレポートにまとめて送ってくる有志もある。また州議会でも自然保護や治水の観点から白紙撤回を求める声が少なくなく、このまま押し切れば多方面から反発を食らうのは必至だ。

そこで推進派は社会的合意を得る為にアイデアコンペの実姉に踏み切った。フェールダム再建について一般市民から広く意見を募るのが目的だ。

もっとも「一般参加のアイデアコンペ」とは名ばかり、どうせフランシス・メイヤーが圧勝する出来レースと訝る声もある。それでも一般市民が再建への要望を公の場で訴えられる、またとない機会だ。

ノルウェー沖のミッションが終わると、彼はカールスルーエの祖父を訪ね、再建コンペについて話し合った。巨人族(ファーゾルト)の祖父も既に八十五歳。最愛の息子と妻の死から十数年の孤独に耐え、今もライン川のほとりで気丈に暮らしている。高齢ながらも、心身共にしっかりしているのは、少年時代からドイツの山々を踏破し、アイスランドやインドネシアなど厳しい自然環境で地質調査に取り組んできたからだろう。地殻研究所を引退してからも、生涯のテーマと決めた火山の研究に打ち込み、今も学術団体の機関誌に定期的に寄稿している。

再建コンペの話を聞くと、祖父は地下室からコンテナボックスを取り出して、「グンターが学生時代に購読していた土木工学の専門誌だ。三十年以上前のものだが、何か参考になる記事があるかもしれない」と励ましてくれた。

彼は二階の父の部屋にコンテナボックスを運ぶと、ベッドに腰掛け、四十冊ほどある古雑誌に片っ端から目を通した。

父が購読していたのは『Zivilisation』という創刊八十年を誇る土木専門誌だ。一口に「土木工学」といっても、河川、トンネル、空港、橋梁、鉄道など、対象は幅広い。

十冊、二十冊と目を通し、少し疲れて、あくびも出てきた頃、何気にめくったカラーページのパースに目を見張った。

フェールダムの締切堤防によく似た長大な海岸堤防の内側に、人工地盤によって造成された緑豊かな町並みが広がっている。

《ジオグリーン》の商標で知られる人工地盤のイメージは、ロッテルダムに本社を置く世界屈指の建設会社『ロイヤルボーデン社』の広告用パースだった。

人工地盤は、古紙、廃木材、廃ガラス、炭化材といった有害物質を含まない廃棄物や、洪水後に堆積した土砂や泥土を用いて、海岸や河川周辺に人工地盤を造成する技術だ。地盤全体の嵩上げや護岸強化に役立つだけでなく、表面を緑化することで、見た目も美しい町並みを作り出すことができる。特に高潮や洪水で被害を受けた土地に有効で、フェールダムのように水が引いた後も泥土と化し、塩害や地盤沈下で町の再建が難しい場所にも応用可能だ。たとえば、現地の汚泥を古紙屑や木材チップなどと混ぜ合わせ、地盤材料として再利用することで、より耐性に優れた、低コストの人工地盤を造成できる。

広告掲載から三十年経った今もジオグリーンは世界中で重宝され、水害で地盤がえぐられた河川敷の修復や海岸の防潮対策に絶大な効果を上げている。

こういう技術がフェールダムにも活用されたら再建にも弾みがつくだろう。あんな宇宙基地みたいなリゾート施設を建設するより、どれほど自然で、人に優しいかしれない。

彼はジオグリーンのパースが掲載された『一六〇年十二月号』を抜き取ると、大切にバックパックに収めた。その後、深海調査のミッションをこなしながら、船上でも毎日のようにジオグリーンのパースを眺め、アイデアを膨らませた。ヤンに尋ねたところ、人工地盤に関してはロイヤルボーデン社がトップクラスの技術を有しており、損壊の激しい盛土堤防の修復や湖岸の強化にも役立つだろうとの話だ。

そこで彼は『Zivilisation』の広告用パースを参考にしながら、GeoCADで再建イメージを描き、ヤンとクリスティアンとイグナスに見せた。それはフェール塩湖の西側湖畔から、盛土堤防の越水によって壊滅的な打撃を受けた北側沿岸にかけて、ジオグリーンのような人工地盤を造成し、防潮効果の高い緑化堤防を再建するアイデアだった。彼はそれを《緑の堤防》と名付け、アイデアコンペで提案したい意向を示した。

「だが、イメージだけでは、とてもじゃないけど作品としてコンペに出品することはできないよ。まずは技術的な裏付けがないと」

クリスティアンが意見し、イグナスも頷いた。

「それに、肝心の締切堤防の補強について具体策を盛り込まないと、単なる理想図で終わってしまう。フランシス・メイヤーの臨海都市計画に待ったをかけるなら、締切堤防についても実現可能な再建案を提示しないと」

「それなら、デ・フルネのオフィシャルサイトに『緑の堤防プロジェクト』のカテゴリーを作って、皆の意見やアイデアを募ってはどうだろう。メンバーの中には土木建築の専門家も多い。オレ達だけで考えるより、いいプランが出来る」

ヤンの提案で、早速、ウェブサイトに掲示板を設け、アイデア提供を呼びかけた。具体的にどこからどこまで地盤造成し、材料には何を用いるか。古紙や木片や煉瓦といった廃棄物をどのようにリサイクルし、土壌改造に活用するか。環境汚染の危険性はないか、等々。

また締切堤防の補強に関しては、ファンデルフェール工科大学の研究員が『インプラント工法』を提案した。老朽化が進む防潮堤や、水流などの変化により補強やかさ上げが必要になった堤防に大口径の鋼製構造物(パイプや矢板)を鉄柵のように土中深く埋め込み、防潮機能を高める技術だ。

鋼製構造物を埋め込めば、基礎から堤防を作り直さなくても機能を強化できるし、内部の鋼製構造物が老朽化すれば取り替えも可能だ。既存の堤防をそのまま使うので、景観を破壊せず、工費や維持費も安く抑えられる為、大きな予算を確保できない地方の沿岸部や、技術的に堤防再建が難しいケースに好んで用いられている。

ヴァルター、ヤン、クリスティアン、イグナスの四人は、これらの助言を取り入れて、アイデアを膨らませた。

日に日に形を成す『緑の堤防』を見るうちに、もしかしたら、この方法で昔ながらの干拓地が蘇るのではないかと期待が高まる。
そして彼自身も、これまでにない高揚感を覚え、今度こそ水の底から立ち上がれるような気がするのだった。

【リファレンス】 人工地盤の技術 エコグラウンドについて

「ジオグリーン」および「緑の堤防」のアイデアは、(株)技研製作所の「エコグラウンド」をモデルにしています。(*会社の承認を得て作中で使用しています)

https://www.giken.com/ja/wp-content/uploads/2015/10/advertising_leaflet_20110725.pdf
エコグラウンド ジオグラウンド

作中に登場する「インプラント工法」も(株)技研製作所の技術にヒントを得ています。
インプラント工法

オランダの堤防は芸術的に美しい。
「God schiep de Aarde, maar de Nederlanders schiepen Nederland(世界は神が創ったが、ネーデルラントはネーデルラント人が作った)」の言葉通り、国や地元民が一体になって治水と国土作りに打ち込んでいるのがいい。

オランダ 堤防

土木好きにはこたえられない、ダイナミックな風景が広がります。北から南にドライブすると、キーウェストに勝るとも劣らぬ、ブリッジ、ブリッジ、ブリッジの連続で、壮快です。

私も初めてオランダを訪れて、道路より高い位置をボートが航行したり、運河の下にトンネルがあって、川を渡るのではなく、水路の下をくぐる……というのをの目にした時は衝撃を受けました。でも、、一番ぶっ飛んだのは、堤防の高さと干拓地の二階の屋根の高さが同じで、ほんとに水面より低い位置に土地があるのを実感した時。『低地』というのは知ってたけど、ここまで「平らで低い」とは想像だにしませんでした。でも、皆さん、よほどどこの土地が好きなんでしょうね。そりゃもう、郊外に行くと、天の果てみたいな水と緑の風景が広がっていますから、何度水害に襲われても、この土地に戻ってきて、「次はもっと頑丈な堤防を作ろう」と必死で闘ってきた人々の気持ちは理解できます。

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