社会の分断と政治の現実 一つの海に二つの国

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【コラム】 社会の分断

世界平和の掛け声とは裏腹に、これから世界はますます分断し、相容れない階層 VS 階層の闘いになっていくだろうと思います。

人種や民族間の対立もそうですが、さらにその中で上流・中流・下流と分かれ、縦横に細分化していくのが未来の姿であろうと。

ある意味、上流・中流・下流の階層間争いの方が、人種間、民族間の対立よりも根深く、センサティブかもしれません。なまじ同胞であるが為に、嫉妬や怒りもいっそう激しくなるからです。

本作では、開発初期から地元に根を張って発展を遂げた既存社会と、既存社会の築いたインフラにただ乗りする形で食い込んできた新興勢力との対立を描いています。

公的支援も十分に得られない中、時に自腹を切って道路を拡張し、港を整備し、通信網を張り巡らせてきた既存社会の生き残りから見れば、優先的に公的支援を得て、彼らの築いたインフラにただ乗りし、権益を横取りしようとしている新興勢力は脅威であり、不公平でしかありません。

しかし、新興勢力から見れば、これも自由競争の結果であり、自分たちに責任はない、こちらが稼げば、その利益は回り回って、既存社会にも行き渡るではないか、という言い分があります。どちらが正義とも言い切れず、社会資源の配分の難しいところです。

しかし、アステリアの盟主であるトリヴィア政府は、新興勢力に肩入れし、小さな島社会に二つの経済特区を儲け、精神的にも二分しようとします。

その動きに危惧を感じたリズが、見合い相手のウィレム・ヴェルハーレン市議に頼んで、経済特区開発会議を傍聴する場面です。

あくまで理想を固持するリズに対し、大物議員の令息で、社会経験にも長けたヴェルハーレンは政治の現実を説きますが、リズは「あなたも所詮は外の人=傍観者」と非難します。自身のスタンスを崩そうとしなかったヴェルハーレンも、リズの懸命の働きを見るうち、次第に考えを改めるようになります。

現状がどうあれ、理想に優るものはなく、現実重視であっても、その一点に向かっていく姿勢は大切ではないでしょうか。

【小説の抜粋】 庶民を省みない開発会議と政治の現実

小さな島社会アステリアの未来を憂うリズは、大物上院議員の子息で、市会議員でもあるウィレム・ヴェルハーレンと経済特区開発会議を傍聴するが、現実主義のヴェルハーレンとは意見を異にする。

このパートは『海洋小説『曙光』(第六章・断崖)』の抜粋です。 作品詳細はこちら

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やがて都心の大交差点に差し掛かり、長い赤信号で停車すると、ヴェルハーレンはちらとリズの方を見やり、

「開発会議の感想はいかがです? 似たような議題の繰り返しで、いい加減うんざりしたでしょう」

と気遣った。

するとリズは初めてヴェルハーレンの方を向き、

「政府は本当にアステリアを二分するつもりでしょうか」

と懸念した。

「二分した方が管理しやすいのは本当ですよ。ローレンシア島には現状に応じた制度を維持し、これから大きな発展が見込まれるローランド島とウェストフィリアには、より企業が活動しやすい新しい制度を設ける。今でさえペネロペ湾周辺には大企業や富裕層が続々と進出し、投資額でも税収でも大差がつき始めています。停滞する地方都市と急上昇する都心に同じ税制や政策を適用しても、かえって発展を阻碍するだけでしょう。それよりは、足の遅い選手と速い選手のレーストラックは分けた方がいいという考えですよ」

「だけども、不公平が生じて、争いの種になりませんか」

「多少はあるでしょうね。場合によっては、産業が一方に集中する事態になりかねません。でも、元々、人口十万弱の小さな社会です。憂うほどの結果になるとも思いませんが」

「私が懸念しているのは、人々の心情ですわ。ローレンシア島には何十年も前から裸地のような所に根を下ろし、自腹を切る覚悟で事業を推し進めてこられた方がたくさんいらっしゃいます。みな、アステリアの自由公正な社会の空気に触発され、希望を繋いでこられたのです。そして、今、アステリアは見違えるように豊かで便利になりました。それは単に技術の進歩や経済政策の恩恵ではありません。資本の乏しい会社でも、コネクションのない人でも、ここなら真っ当に報われるという希望があったからです。知恵を絞り、汗を流せば、誰でも活躍できる社会です。だけども、そこに不平等な制度を敷き、後から来た者ほど有利という状況になれば、人の心も挫かれます。制度が整ったところで、肝心の人にやる気がなければ、どんな発展が見込めるでしょう。社会は陸上競技ではありません。走りの遅い人でも仕事に甲斐を感じるのが真の幸福というものです」

リズが淀みない口調で返すと、ヴェルハーレンも一瞬言葉に詰まったが、

「政策とは一種の賭けですよ。どんな方策を立てても、百パーセント有効な手立てなど存在しません。ならば、少しでも確率の高い方に賭けた方がいい。あなたの考えは理解できますが、現状を見る限り、それぞれの経済力や成長率に適った制度を適用した方が公平といえます。経済特区を二分したからといって、明日にも戦争になるわけではないでしょう?」

「でも、一つの海に二カ国という状態になりますね」

「まあ、大げさに言えば、その通りです」

「それが人の心を挫くと申しているのですわ。考えてもみて下さい。このエルバラードでさえ、実質的には上層と下層がきれいに二分しています。今や、エルバラードの発展に心を尽くそうという気運がありますか? 上層は上層だけの利益と暮らしを考え、下層はそんな上層に憎しみを抱くだけ、意欲も希望も持てずにいる。私たちの祖先がトリヴィアに移住を始めた時、そのような分裂はなかったはずです。誰もが可能性を信じ、心を一丸にしてエルバラードを建設したはずです。アステリアもそのようにして今日まで発展してきました。それが明日から線引きされ、新しく来た者ばかりが優遇される様を目の当たりにすれば、憎悪も生まれるのではないでしょうか」

「何もそこまで差別しようという訳ではないと思いますよ」

「でも、実際、メアリポートの改修工事は棚上げされたままですね」

「そうなんですか?」

「何もご存じないのですね。セントクレアに大学を創設する話も、ウェストフィリアの生物探査も、ローレンシア島の内陸を農地や牧草地として拡張する話も、全て棚上げされたままです。一方で、ペネロペ湾には次々に湾施設やリゾートホテルや高級分譲地が建造され、今度はパラディオンまで作ろうと気炎を上げているではありませんか。それも今日の開発会議のように、ローレンシア島の現状はおろか、アステリアの海を目にしたこともないような人たちの間で取り決めされるのです。これがいかに不条理で、人を愚弄したものであるか、あなたにもお分かでしょう?」

「ですが、トリヴィアやネンブロットのように広大な土地があるわけでもなく、今でさえ用地不足に直面して、集合住宅の増設すらままならない島に、そこまで大きなことは期待できませんよ。確かにこの三十年、あなたのお父上をはじめ、産業界の雄志が一丸となり、英雄的な活躍をされたのは理解できますが、何もない平原にゼロから町を立ち上げるのと、既に成熟したものを更に押し上げるのでは、目標も戦略も異なります。ここは一度立ち止まり、次代に向けた施策を一から練り直すのが賢明とは思いませんか」

「そして、あらぬ方向に突っ走っても、誰も何の責任も取りはしないのです」

リズは咎めるような視線を向けた。

「あなたも結局は『外の人』なのですわ。あの海で粉骨してきた人々の胸中を知れば、簡単に次代などと口にすることはできません。もし、あなたのお父さまが何一つ報われず、時代の流れに掻き消される様を目の当たりにすれば、あなただって意欲を無くすでしょう。あなた方がなさろうとしている事は、施策という名の掠奪です。それが施された後には、稚魚の育つ川床さえ失われているのです」

「あなたの仰りたい事は理解できないわけでもありません。しかし、その時々の社会の現状と許容能力に応じた施策を選ぶことも、百年の計と同じくらい重要です。それは、あなたの理想と大きくかけ離れているかもしれませんが、無駄を省き、効率的に進めることもまた正義ですよ」

「だとしても、アステリアの未来は、アステリアに住む人々が決めるべきだと思いませんか? なぜ海を見たこともない人が海洋都市のあり方を論じるのです」

「自治権のことを仰っているのですか?」

「突き詰めれば、そうです」

「だが、それには一定の人口が必要ですよ。あの二つの小さな島に、百万もの市民が居住できるとは到底思えない」

リズはじっと黙っていたが、

「もし、そのアイデアが実在するなら、どうなさいます?」

と挑むように言った。

「どう、って……この目で見てみない事には何とも答えようがありません」

ヴェルハーレンは気圧されたようにハンドルを切ると、大交差点を大きく右折した。

やがてガーデンスクエアのあるオフィス街まで来ると、リズは窓の外を向いたまま「ここで結構です」と言った。

「そんな。まだ三百メートルほどありますよ。エントランスまでお送りします」

ヴェルハーレンは強い口調で押し返し、ガーデンスクエアの共用駐車場に乗り付けた。「ありがとうございます。もうここで結構です」

リズは機械的に答えると、すぐに車を降りようとした。

「あなたを怒らせましたか」

「……」

「だとしたら、申し訳ありません。僕もついつい本気で意見してしまいました。――いや、本気などという言い方はかえって失礼ですね。あなたを見ていると、嘘も本気になる。つまり、その、あなたにはそれだけの気魄があるという意味で、決して愚弄しているわけでは……」

【リファレンス】 ドバイの開発史と未来のビジョン

ほんの十数年で急速な発展を遂げた臨海都市といえばドバイでしょう。 砂漠地帯の港に過ぎなかった町がこうなるんですね。
私も本作の舞台であるローランド島のイメージはドバイを参考にしていますが、その割に、アラブ全体が底上げで豊かになったという話を聞かないのは、複雑に絡み合う何とやらで、このあたりが人間社会の限界なのかもしれません。
この先何十ものプロジェクトが予定されているようですが、果たして社会の救いとなるのか。

まるで建築見本市のようなドバイのパワーを感じます。実状がどうあれ、一度は行ってみたいですよね。

2021年の完成を目指すドバイのクリーク・タワー。高さ1300メートル。そのうち雲を突き抜けても、誰も驚かないでしょう。
しかし比叡山より高いのか……凄いね。

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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