映画『グラン・トリノ』 老兵は死なず、ただ消え去るのみ

目次

クリント・イーストウッド監督の作品は観るな

軽いつかみ

クリント・イーストウッド監督の映画は、二度、三度と見ないようにしている。

あまりに哀しくて、心に深いトラウマを負ってしまうからだ。

一度目は、まだいい。

二度目で、じわじわくる。

三度見たら、心が潰れる。

特に、 『チェンジリング』と『アメリカン・スナイパー』

いい意味で、「ばっきゃろー! 何も知らなかった昔に返せ!!」を宇宙に向かって叫びたくなる。

それぐらい、イーストウッド監督の映画は重い。

見終わった後、「ああ、よかったなあ」と胸の中で反芻するぐらいでちょうどいい。

それ以上近づくと、美しさより、やるせなさの方が勝ってしまうからだ。

だから、『一度だけ』。

その「一度の感動」で十分と思う。

そんな作品が多い。

それでも見たいか、イーストウッド監督作品。

ならば、教えてやろう。

『チェンジリング』だけは見るな。

そう思うのは、私が幼子を育てた経験があるからかもしれない……

※ あれは本当に母心に突き刺さる。ほんの一瞬、目を離した隙にというやつです。私が母親なら死んでも死に切れんね。

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【映画レビュー】 老兵は死なず、ただ消え去るのみ

物語について

さて、2009年最高の話題作『グラン・トリノ 』。

私も遅ればせながら拝見して、案の定、トラウマになってしまった。

前作の、息子の取り違えを描いた『チェンジリング』もたいがい心に突き刺さったが、『グラン・トリノ』にはさらにトドメを刺されたたという感じ。

夕べから、幾度となく、退役軍人を演じたクリント・イーストウッドのことが思い出されて、夜も眠れない。

もし叶うなら、手紙でも書きたいような気持ち──。

これは感動というより、もっと生々しい「哀しさ」の体験である。

*

物語は、長年連れ添った妻の葬儀から始まる。

頑迷にして屈強な元軍人ウォルト・コワルスキー(ポーランド移民)。

いまだ50年代の価値観に固まっている彼は、妻を亡くした悲しさよりも、葬儀の場でさえ、ふざけたジョークを飛ばし、ケータイをピコピコ鳴らす、「今時の」孫たちの素行の方に心を乱される。

そんな彼の隣に引っ越してきたモン族の一家。

言葉は通じないし、見た目も、暮らしぶりも、何もかもが白人社会とは違う。

最初は険悪だったが、聡明な一族の娘スーを通して、互いに打ち解けるようになる。

スーの弟、タオは、口数の少ない、ぼんやりした少年だが、隣人に手を差し伸べる優しさを持っている。
同郷のヤングマフィアに脅され、ウォルトの愛車「グラン・トリノ」を盗もうとしたことがあったが、母親に諭され、罪滅ぼしにウォルトの家回りの大工仕事を手伝ううちに、少しずつ自信と勇気を取り戻して行く。

しかし、それを快く思わないヤングマフィアは執拗にタオに絡み、ウォルトがプレゼントした工具も壊してしまう。

それを知ったウォルトは、中心人物の一人を殴りつけ、「二度とタオに近づくな」と脅すが、逆にヤングマフィアの恨みをかい、タオの家は銃撃される。

このままではタオにも一家にも幸福な未来はないと悟ったウォルトは、あることを決意し、命をかけてヤングマフィアと対峙する──。

グラントリノ

ウォルトの犠牲を「ナルシズム」と煙たがる人もあるだろうが、もし彼がダーティハリーよろしく、タチの悪いマフィアどもを片っ端から血祭りにあげていたら、観客は手を叩いて喜ぶだろうか。

あるいは、若い神父の機転で悪人たちは全員逮捕され、ウォルトとタオが手を取り合って喜ぶ無血のハッピーエンドなら、納得するのだろうか。

それこそ「ウソ」だと誰もが思うに違いない。

ウォルトはウォルトらしく死んだ。

それについてジャッジすることがこの作品の目的ではない。

要は、ウォルトという人間をどうとらえるか、だ。

『グラン・トリノ』は、頑固じじいがイキがって死ぬ話ではない。

居場所を失った老人が、再び生き場所を得る物語である。

*

この作品は、人種問題や戦争問題、50年代以降の功利主義や世代間ギャップ、現代の家族関係など、様々なアメリカの現実を描いているという。

だが、一番痛感したのは、時代の変遷とともに、周りの若い世代と価値観が合わなくなり、社会からも、家族からもどんどん疎外されていく年寄りの現実だ。

自分が正しいと信じてきたことが、子世代には「古い」と言われ、孫の世代にもなると、異星人的に話が合わなくなる。

実際、祖母の葬儀で、ピコピコとスマホで遊ぶような孫娘に、「おじいちゃんが死んだら、家具をちょうだいね」と真顔でいわれ、主人公のウォルトが、怒りを通り越して、まともに返事する気力もなくす場面では、『世代間ギャップ』だけでは済まされない、何か人間的に欠落したような虚しさと恐ろしさとを感じずにいられなかった。

『価値観の相違』と言われたら、確かにそうかもしれないが、それにしても人間の価値観や常識はここまで変わっていいものかと、ウォルトでなくても一言、言いたくなる。

だが、そんな意見も、子供や孫の世代にとっては無意味だ。

たとえ彼が、祖国の為に命を懸けて戦い、何十年と真面目にコツコツ生きてきた立派な人間としても、今やそんなことは尊敬の対象にもならない。

むしろ、面倒を見てくれる伴侶もなく、仕事もなく、過去の栄光にすがって、頑なに生きているような「お爺さん」は重たいだけだ。

そういう周囲の悪感情が、随所に、生々しく描かれているのが、この作品の特徴だと思う。

そんなウォルトに呼応するように描かれているのが、移民一家の青年タオだ。

タオは、少数民族モン族の一人で、これといった心の支えもなく、移民仲間と共にひっそりと暮らしている。

社会にも家庭にも居場所はなく、自分という人間の価値すら見失った……という点では、ウォルトも似たようなものだ。

たとえば、自分のバースデーに我が子から老人ホームのパンフレットを突きつけられるウォルトは、まさに「厄介者」であり、これまでの努力、苦労、自分自身さえも完全否定されたような衝撃がある。

「独居親に対する子供の思いやり」と言えばそうかもしれないが、『愛』とはそういうものではないことを誰もが知っている。

だからこそ、タオの姉で、同じモン族の娘スーが差し出す、一杯のビール、お皿に山と盛られた民族料理や、ありふれたバーべーキューの場面に心が救われるのだ。

老いて生き場所を失った男が、再び巡り会った尊敬と愛情。

ラストのウォルトの行為は、自分に酔ったヒロイズムではなく、命を懸けた『Thanks』と思う。

どうせ死ぬなら、厄介者として見取られるのではではなく、感謝すべき人の為に命を散らしたいという、老兵らしい男の心情だ。

その『Thanks』の中には、未来を担う若者へのエールも含まれる。

皆が皆、孫娘のように、葬儀の最中にスマホを弄ぶような軽佻浮薄ではない。

タオのように、真面目で、心優しい青年もいる。

ウォルトのような年寄りが、このやるせない世の中で、優れた資質を備えた青年にしてやれることは一つしかない。

それは身をもって世を正し、人としての理想を体現することだ。

それはまた、自分という人間の価値を見失った年寄りにとって、再び誇りを取り戻す為の闘いでもある。

これは死に向かう物語ではなく、再び命を得る道なのだ。

この作品をもって、クリント・イーストウッドは俳優としてのキャリアに終止符を打ったという。

もしかしたら、老いて生き場所を失うウォルトは、俳優としてのイーストウッドそのものだったのかもしれない。

『グラン・トリノ』は、さながら夕陽のガンマンであり、ダーティ・ハリーであり、映画が今よりずっと“映画らしかった”時代を一気に駆け抜けた「おじいさん」の最後のキャリアにふさわしい作品だ。

老兵は死なず、ただ消え去るのみ。
Old soldiers never die; they just fade away.

いろんな風に解釈されるこの言葉だが、今回は、ウォルト・コワルスキーに捧げたい。

そして、静かに、俳優としてのキャリアに幕を下ろした、クリント・イーストウッド氏に。

※ ちなみに、この後も、映画に出演されてます^^; まあ、よくある話だな。

DVDとAmazonプライムの紹介

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出演者  クリント・イーストウッド (出演), ビー・バン (出演), アーニー・ハー (出演), クリストファー・カーリー (出演), クリント・イーストウッド (監督)
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定価  ¥973
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映画らしい映画と思う。
何人かのカスタマーも書いておられるが、特撮もセットも人気スターも使わず、こんな心に響く映画が作れるんだ──ということを改めて思い起こさせてくれる。
できれば英語字幕でも見て欲しい。そうすれば、マフィアの口汚さ、異文化の違い、ウォルトがタオに教え込む「男の言い回し」(床屋でのやり取り)などが、もっと深く感じられるだろう。
「グラン・トリノを手に入れたタオの笑顔が気に入らない」という人もあるようだが、あれが『笑顔』に見えるようでは、君の目は節穴かと言わざるを得ない。
知名度の高い役者ではないが、幾多の感情を通り越し、一つの高みに到達することができた若者の充実感をよく表している。

日本語吹き替え版も声優さんがいいですよ☆

初稿 2010年3月9日

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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