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グラントリノ

クリント・イーストウッド『グラン・トリノ』 老兵は死なず、ただ消え去るのみ

グラントリノ

イーストウッドの映画は二度と見ないようにしている。

あまりに哀しくて、心に深いトラウマを負ってしまうからだ。

一度見れば十分。二度目は、心が潰れる。

「ああ、よかったなあ」と胸の中で反芻するぐらいでちょうどいい。

それ以上近づくと、美しさより、やるせなさの方が勝ってしまうからだ。

だから、『一度だけ』。

その「一度の感動」で十分と思う。

そんな作品が多い。

さて、2009年最高の話題作『グラン・トリノ 』。

私も遅ればせながら拝見して、案の定、トラウマになってしまった。

前作の、息子の取り違えを描いた「チェンジリング」もたいがい心に突き刺さったけど、『グラン・トリノ』にはついにトドメを刺されたたという感じ。

夕べから何度となくクリント・イーストウッドのことが思い出される。

もし叶うなら、手紙でも書きたいような気持ち──。

これは感動というより、もっと生々しい「哀しさ」の体験である。

*

物語は、長年連れ添った妻の葬儀から始まる。

頑迷にして屈強な元軍人ウォルト・コワルスキー(ポーランド移民)。

いまだ50年代の価値観に固まっている彼は、妻を亡くした悲しさよりも、葬儀の場でさえ、ふざけたジョークを飛ばし、ケータイをピコピコ鳴らす、「今時の」孫たちの素行の方に心を乱される。

そんな彼の隣に引っ越してきたモン族の一家。

言葉は通じないし、見た目も、暮らしぶりも、何もかもが白人社会とは違う。

最初は険悪だったが、聡明な一族の娘スーを通して、互いに打ち解けるようになる。

スーの弟、タオは、口数の少ない、ぼんやりした少年だが、隣人に手を差し伸べる優しさを持っている。
同郷のヤングマフィアに脅され、ウォルトの愛車「グラン・トリノ」を盗もうとしたことがあったが、母親に諭され、罪滅ぼしにウォルトの家回りの大工仕事を手伝ううちに、少しずつ自信と勇気を取り戻して行く。

しかし、それを快く思わないヤングマフィアは執拗にタオに絡み、ウォルトがプレゼントした工具も壊してしまう。
それを知ったウォルトは、中心人物の一人を殴りつけて「二度とタオに近づくな」と脅すが、逆に彼らの恨みを爆発させることになり、タオの家は銃撃され、スーは陵辱された。

このままではタオにも一家にも幸福な未来はないと知ったウォルトは、あることを決意し、命をかけてマフィアと対峙する──。

グラントリノ 

ウォルトの犠牲を「ナルシズム」と煙たがる人もあるだろうが、もし彼がダーティハリーよろしく、タチの悪いマフィアどもを片っ端から血祭りにあげていたら、観客は手を叩いて喜ぶだろうか。

あるいは、若い神父の機転で悪人たちは全員逮捕され、ウォルトとタオが手を取り合って喜ぶ無血のハッピーエンドなら、納得するのだろうか。

それこそ「ウソ」だと誰もが思うに違いない。

ウォルトはウォルトらしく死んだ。

それについてジャッジすることがこの作品の目的ではない。

要は、ウォルトという人間をどうとらえるか、だ。

『グラン・トリノ』は、頑固じじいがイキがって死ぬ話ではない。

居場所を失った老人が、再び生き場所を得る物語である。

*

この作品は、人種問題や戦争問題、50年代以降の功利主義や世代間ギャップ、現代の家族関係など、様々なアメリカの現実を描いているという。

だが、一番強く感じたのは、時代の変遷とともに次第に周りと価値観が合わなくなり、社会からも、家族からもどんどん疎外されていく「老いた人」の現実だった。

自分が正しいと信じてきたことが、子供の世代には「古い」と言われ、孫の世代にもなると異星人的に話が合わなくなる。

実際、祖母の葬儀でピコピコ携帯で遊んでいるような孫娘に、「おじいちゃんが死んだ後」の家具の処分について質問され、怒りを通り越して、まともに返事する気力もなくす場面では、世代間ギャップでは済まされない、何か欠落したような虚しさと恐ろしさとを感じずにいなかった。

この感覚を理解しないあなたが古いのだ──と言われたらそれまでだが、それにしても人間の価値観や常識はここまで変わっていいものなか……と、ウォルトでなくても一言言いたくなる。

だが、そんな反論さえも、子供や孫の世代にとっては、鬱陶しい説教にすぎない。

たとえ彼が、かつて祖国の為に命を懸けて戦い、何十年と真面目にコツコツ生きてきた価値ある人間だったとしても、今やそんなことは尊敬の対象にもならないし、もはや生活の面倒みてくれる伴侶もなく、仕事もなく、ただ過去の価値観にこだわって頑なに生きているような「お爺さん」は重たいだけ、そういう周囲の感情が随所に生々しく描かれているのが、この作品の根幹だと思う。

『グラン・トリノ』には、「人生の模範的なモデルを得られない少年」としてのタオが描かれているが、もはや生きる目的もなく、自分自身の価値も見いだせず、社会にも家族にも自分の居場所を見いだせないという意味では、ウォルトも似たようなものだ。

バースデーに成長した子供から老人ホームのパンフレットを突きつけられるウォルトはまさに「厄介者」であり、これまでの努力、人生、自分自身さえも完全否定されたような衝撃がある。

「独居親に対する子供の思いやり」と言えばそうかもしれないが、『愛』とはそういうものではないことを誰もが知っている。

だからこそ、モン族の娘スーが差し出す一杯のビール、お皿に山と盛られた民族料理や、ありふれたバーべーキューの場面に心が救われる。

老いて生き場所を失った男が、再び巡り会った尊敬と愛情。

ラストのウォルトの行為は、自分に酔ったヒロイズムではなく、命を懸けるに値するThanksの気持ちだろう。

もちろん、映画的な味付けはあるけれど、どうせ死ぬなら、厄介者として見取られるのではではなく、感謝すべき人の為に命を散らしたいと思うのが、信念に生きる男の真情ではなかろうか。

この作品をもって、クリント・イーストウッドは俳優としてのキャリアに終止符を打ったという。

もしかしたら、老いて生き場所を失うウォルトは、俳優としてのイーストウッドそのものだったのかもしれない。

そう考えると、『グラン・トリノ』は、夕陽のガンマンであり、ダーティ・ハリーであり、映画がもっと映画らしかった時代を一気に駆け抜けてきた「お爺さん俳優」の最後のキャリアにふさわしい作品だったと思う。

老兵は死なず、ただ消え去るのみ。
Old soldiers never die; they just fade away.

いろんな風に解釈されるこの言葉だが、今回は、ウォルト・コワルスキーに捧げたい。

そして、静かに、俳優としてのキャリアに幕を下ろした、クリント・イーストウッド氏に──。

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映画らしい映画と思う。
何人かのカスタマーも書いておられるが、特撮もセットも人気スターも使わず、こんな心に響く映画が作れるんだ──ということを改めて思い起こさせてくれる。
できれば英語字幕でも見て欲しい。そうすれば、マフィアの口汚さ、異文化の違い、ウォルトがタオに教え込む「男の言い回し」(床屋でのやり取り)などが、もっと深く感じられるだろう。
「グラン・トリノを手に入れたタオの笑顔が気に入らない」という人もあるようだが、あれが『笑顔』に見えるようでは、君の目は節穴かと言わざるを得ない。
知名度の高い役者ではないが、幾多の感情を通り越し、一つの高みに到達することができた若者の充実感をよく表している。

日本語吹き替え版も声優さんがいいですよ☆

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