ヒーリング・ライティング

ヒーリング・ライティング 書いて、癒やされること ~つなぶちようじ氏のメソッドより~

ヒーリング・ライティング

199年代後半の話ですが、一時期、Niftyのライティング・フォーラムに顔を出していたことがありました。

「創作の部屋」や「雑談の部屋」など、いろんな企画がありましたが、一番印象に残っているのが、つなぶちようじ氏の主催する『ヒーリング・ライティング』です。

ヒーリング・ライティングのブログ
http://www.healingwriting.com/blog/

つなぶち氏のオフィシャルサイト
https://www.tsunabuchi.com

ヒーリング・ライティングは、簡単に言えば、「書いて癒される」ということですが、その意義や目的はもっと奥深いものです。

つなぶちさんのHP 『つなぶちようじ の 生息域』のライティング・フォーラムのコーナーに、その詳細が記されています。

その一部を抜粋します。

内語は私たちの頭の中で交わされる言葉です。

黙って考えごとをしているとき、内語が活躍しています。

私たちは自分が考えていることを自分の意思で生み出していると思いがちですが、多くの場合は周囲の状況から、そう考えるように操られていることが多いのです。

内語は常に周囲の状況に流され変化し続けます。そうであることに深く気づいたとき、はじめて内語を自分自身が操る可能性を持ち始めます。

ヒーリング・ライティングでは、次項に書かれた「文章のデッサン」をおこなうことによって、自分の内語に気づいていきます。

内語は書き留めない限り、どんどん変化します。多くの人は十分前の出来事は覚えていても、十分前の内語は覚えてないものです。

指からこぼれる水のように失われていく内語を書き留めることによって、あなたは自分の心の動き方を如実に見ることになります。

このときはじめて、あなたは、変化し続ける心との対話をする窓口を設けるのです。

つまり、ヒーリング・ライティングは、「上手く書こう」とか「人に認められよう」とか思って書くのではなく、自分の内側で混沌としたものを“言葉”にして表すことで、自分自身を見詰めたり、心の整理をするために書くことです。

いわば、心の具象化ですね。

人間の内面には言葉にならないもの、あるいは言葉にする前段階のものがたくさん渦巻いています。

そして自分という人間の大部分を占めているのは、その言語化されていない部分です。

「書く」ということは、意識の外あるいは奥深くに沈潜したものを言葉に表し、自他共に認識することです。

恋愛に喩えるなら、

何だかあの人の事が気になってしょうがない……

視界に入れば自然と目で追ってしまう……

私、どうしたんだろう……?

もやもやしている時に、

「あんた、あの人のこと好きなんでしょ」

と人に言われて、はっと自分の気持ちに気付くことがありますね。

それと同じで、内面の、もやもやしたものを、言葉に表すことで、私たちは自分を知り、また他者に自分を知らしめることができます。

いわば、自分の内面を言葉にするということは、気持ちを整理する為の第一歩なんですね。

つなぶち氏は、ヒーリング・ライティングについて、以下のように説明しておられます。

1.書き出したら一気に書く。途中で考えたり休んだりしない。

2.もし文字を間違えても消しゴムやインク消しで消さず、線を引いて消し、すぐに次を書く。

3.めちゃくちゃでもいい。書くことを楽しむ。

この場合、「格好よく書こう」とか「綺麗に仕上げよう」という作意は、心の内語を飾ったり、歪めたりすることに他なりません。

その末に現れた言葉は、もはや自分の真の言葉ではなく、歪んだ鏡に映った、偽りの姿です。

それでは自身を知り、気持ちを整理する手掛かりにはなりません。

ヒーリング・ライティングでは、こうした気取り飾りを無くし、心のままに書きなさい、と説いています。

その過程で、

自分は、こんな恨みを抱いていたのか。

これほど傷つき、拘っていたのか。

思いがけず現れた自分の言葉に愕然とすることもあるかもしれません。

しかし、真のヒーリング・ライティングは、ここから始まるのです。

内面に潜むものを、ありのままに言葉に表し、あえて向き合うことで、本当の強さが培われていくんですね。

さらに、つなぶちさんは、こう書いておられます。

1.自分の言葉を信頼する。

2.自分の感情に繊細になる。

3.自分の心に能動性を生み出す。

4.自分の言葉通りに生きる。

巷には、「上手に書くテクニック」はあふれています。

しかし、自分の心を照らしながら書く方法は、ほとんど浸透していません。

その点、ヒーリング・ライティングは、まず自分の内語に忠実であることを求めます。

そして「書く」という作業の中に、自己観照を求めます。

それに慣れれば、分析、整理、解放。

作為でもなく、芸事でもない、言葉の表出による、自我のコントロールが可能になった時、人は初めて自分自身と向き合う強さを身に付け、心もまた癒しと安定を得るのではないでしょうか。

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【追記】

どんな人間も、自分自身で直に見られないものが二つあります。

一つは、背中。

一つは、自分自身の顔です。

自分が鏡で見る顔も左右対称ですから、自分が認識している顔と他人が見ている顔は全然違います。

ちなみに、自分が聞いている自分の声も、頭蓋の中で反響した音ですから、実際よりも低めに聞こえます。

ビデオなどで録音した声が、皆の聞いている声です。

人間というのは、自分を知っているようで、案外知らないものです。

今、自分がどんな顔をしているか、自分では決して見ることが出来ないように、自身の心の姿もまた直視することはできません。

しかし、何かを直したい、整理したいと思う時、その姿形が見えなければ、どこをどう触ればいいのか分かりません。

目隠ししたまま、手探りで、ネジの歪みを直そうとするようなものです。

では、どうすれば、私たちは、ぼんやりと闇に包まれた心の姿形を知ることが出来るのでしょうか。

これには二つの方法があると思います。

一つは、内側に光を照らして観る方法。

一つは、外側に取り出して見る方法です。

「書く」ことは、後者ですね。

そしてヒーリング・ライティングの基本は、「心のままに書くこと」。

何の作為も無く、心のつぶやくままに取り出した言葉が、あなたの『心の姿』です。

最初は、胸の内から溢れ出る言葉に振り回されるかもしれませんが、訓練することで、今度は外から内に意識を働かせ、自身の心を変えていくことができます。

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度々、ネット・コミの話になりますが――

多分、皆が陥りやすいのは、「対話」と「独白」の取り違いではないでしょうか。

たとえばネットで知り合ったHanakoさんにメールを書くとする。

もちろんHanakoさんって、どこの誰かも分からない女性です。

でもなんとなく彼女のHPが気に入ったから、話を聞いてみたい。

メールを書いた。

返事が来た。

思った通り、親切だ。

Hanakoさんなら、なんでも話せるような気がする。

じゃあ今度は自分の仕事の悩みを打ち明けてみよう。

「僕は四月から人事課に転属になりました。
でも課長とは気が合わず、毎日がユウウツです。
人が必死に仕事をしていても、小さなミスを見つけては
すぐ大声で注意します。同僚のK君に相談しましたが、
あまり取り合ってくれず、近頃は会社に行く気もしなくて・・」

これを延々と書いている時、頭の中にいるのは誰ですか?

癒しのエッセーを書いている Hanakoさんでしょうか。

それとも親切な返事をくれた Hanakoさんでしょうか。

あなたのPCの前に、実物のHanakoさんは居ますか。

そもそも、Hanakoさんは誰なのでしょう。

宛て先は Hanakoさんでも、話しかけているのは自分自身、ということが往々にしてあります。

これは延々たる独白です。

書き上げられたメールは、誰に宛てたものでもありません。

自分を言葉の中に写し取っただけです。

でも宛て先があれば、レスがあれば、対話しているような気がします。

もちろん言葉の応酬があれば、対話といえるのかもしれません。

しかし、大半は独白です。

ブツブツとした心のつぶやきです。

相手の表情、身振り素振り、声色などを見ながら言葉を交わす現実の対話と違い、ひたすら自分の中に埋没して言葉を吐いているからです。

メールというのは、『宛て先のあるモノローグ(独白)』が9割と、私は考えています。

そしてそれを「ダイアローグ(対話)」と思い込む所から、様々な誤解や取り違いが生じるのではないでしょうか。

もちろん相手が誰であれ、メールを書くことは意義のあることです。

一つのヒーリング・ライティングとして、自身を見詰め、整理する契機になるでしょう。

でも、書いて送りつけるだけではなく、今、自分がここに「何を書いたか」ということをじっくり振り返ってみましょう。

愚痴でも、励ましでも、その言葉に現れた自分自身をしっかり見つめましょう。

自分で読む=自身の分析を行うこと無く、ただ相手に「読め」と送り付けても、それはダイアローグにも、ヒーリングにもなりません。

単なるモノローグの押し付けです。

このあたりを理解し、程よくコントロールされた文章が書けるようになれば、良い友達もたくさん出来るのではないでしょうか。

初稿 1999年12月11日

シンガーソングライターの小椋佳は定年まで銀行員を勤め上げた。
人の心に触れる曲を作るには、人間社会との関わりが不可欠であることを知っていたからだ。
売れっ子でも、だんだん作品がつまらなくなるのは、内輪の世界に閉じてしまうから。
パートやボランティアや結婚生活等で人間社会の勉強を続けているアーティストは長続きする。

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海洋小説『曙光』MORGENROOD

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