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イワン

無神論と自己卑下と高い知性が結びつく時 ~人間界の代表・イワン(3)

イワン

『カラマーゾフ随想』は、1979年、集英社より刊行された世界文学全集に収録された江川卓・訳をベースに人と社会について読み解く文芸コラムです。

第一編 ある一家の由来 / 第三節 再婚と腹ちがいの子供たち

現代に生きる『カラマーゾフな人々』~血と金と救済~【はじめに】でも書いているように、物語の主人公は三男・アレクセイだが、作者の視点は無神論者の次男・イワンにあると思う。

カラマーゾフ三兄弟は、「天界・人間界・冥界」に運命付けられた申し子であり、もっとも人間的なのがイワンだ。

金銭に執着する激情家のドミートリィが「冥界」の人なら、アレクセイは神の御心に適うように生きる「天」の人。

※ ここでいう冥界とは、欲望に憑かれた者が陥る心の地獄

それに対して、イワンは、神の義を理解しながらも、人類の数々の不幸に言い知れぬ虚しさと不条理を覚える人間界の代表だ。

いわば「相反する二つの正義」に挟まれた、複雑なパーソナリティの持ち主で、アレクセイのように神を信じ切ることもできなければ、ドミートリィのように完全に地に落ちることもない。
さながら行き場所を無くした霊魂みたいに、ミドルアースに漂う不安定さが、イワンの最大の特徴であり、魅力であると思う。

そして、世の多くの人は、このイワンに属するのではないだろうか。

私もドストエフスキーのことを知り尽くしているわけではないけれど、作者が一番寄り添っているのがイワンという気がする。

そんな作者に悪の論理を吹き込むのがスメルジャコノフで、それでも神の義を唱えるのがアレクセイだ。

そんなイワンはどこから生まれたのだろう?

*

先妻のアデライーダが亡くなると、フョードルは薄幸の若い女性ソフィヤ・イワーノヴナと再婚する。

身寄りのないソフィヤは、ヴィロホフ将軍の有名な老未亡人の裕福な家庭で成長するが、十六歳の時、老夫人の苛めを苦に自殺を図る。生きることも死ぬことも叶わず、行き場のないソフィアの弱みにつけ込んで、フョードルは彼女と再婚するが、淫蕩ぶりは相変わらず。家の中に女を引っ張り込み、乱痴気騒ぎは日常茶飯事。

とうとう、ソフィアは「わめき女」(原卓也訳では「癲狂病み」)と呼ばれる、ヒステリー発作を伴う病を煩い、イワンとアレクセイを生んだ後、亡くなってしまう。

残された二人の息子は、ソフィアの後見人であった老未亡人に引き取られ、老未亡人の死後は、エフィーム・ペトローヴィチ・ポレーノフという貴族団長が二人の息子を養育するが、のびのびくらすアレクセイとは対照的に、イワンは他家の世話になっている生い立ちを恥じ、だんだん気難しくなっていく。

もっとも、兄のイワンについては、彼が成長するにつれて、どこか気むずかしい少年になったこと、けっして内気というのではないが、もう十歳くらいのころから、なんといっても自分たちは他人の家で、他人のお情けにすがって暮らしているのだ、そして自分たちの父親は、それこそ口にするのも恥ずかしいような人間だ、等々、という自覚をもっていたようであることを伝えておきたい。

現代でも、貧困家庭や母子家庭で、社会的支援を受けていることを恥じ、引け目を感じる子供は少なくない。まして、親が普通でなければ、自分も傷物みたいに感じ、劣等感や無価値観に苛まれるのが当たり前だ。

そして、イワンも、子供なりに常識や品性を備えているからこそ、自らの境遇を恥じ、それゆえに人の倍ほど敏感な人間に育ったのは言うまでもない。

しかしながら、学業は優秀で、作者いわく「この少年は非常に早くから、まだほんの幼児のころから(少なくとも、そう言い伝えられている)、学問に対する一種異常な、輝かしい才能をあらわしはじめた」とのことで、養育者であるボレーノフ氏の篤志により、大学への進学も適った。

ところが、財産に関する手続きの落ち度や緩慢なお役所仕事のせいで、十分な学費や生活費を得ることができず、最初の二年間、イワンは金銭的に非常な苦労を強いられることになる。

やがて彼は収入を得るため、新聞社に寄稿するようになり、彼の書いた記事は注目を集めるようになる。

その過程で、イワンは『教会裁判の問題』をテーマにした論文を発表し、物議を醸す。

この教会裁判の問題とは、江川氏の注釈によると、

ロシアの正教会は、信仰上の問題にかかわる罪については、領聖(聖体をいただくこと)の不許可から波紋にいたる罰則を設け、ほかに故意の殺人者には二十年の懺悔刑(公衆の面前での懺悔の強制)を課するなどの教会裁判を行ってきた。1864年にロシアの裁判制度の改革が行われるとともに、教会裁判の改革についても立法化の動きが表面化し、これにともなってジャーナリズムでも広くこの問題が論議された。

この論議は、主として、教会裁判における国家機構の役割を強化しようとする派と、教会の自治機能を強めようとする派との間で行われ、後者の見解を代表するゴルチャコフの論文『教会法の科学的立論』をドストエフスキーは参考にしたらしい。

作中、具体的な内容は明らかにされていないが、

教会派の多くの者が、この論文の筆者を断然自分たちの味方とみなしたのに対して、意外なことに、教会派と並んで、民権派ばかりか無神論者たちまでが、これに負けじと喝采を送りだしたのである。

とどのつまりは、一部の慧眼な人々が、この論文は全編これ冷笑的で不遜きわまる悪ふざけにすぎないと断定して、けりがついた。

私がこの事件についてとくに一言するのは、この論文が折しもこの町の郊外にある有名な僧院でも読まれるようになったためである。

この時点で、イワンがキリスト教や現行の教会制度について、独特の見解を有していることを強調。この思想が後に『大審問官』へと繋がっていく。

思想的にはある種の一匹狼で、屁理屈をこねては、既成概念や正論とされるものを揶揄するのが得意。ネットにも多いね、こういうタイプ。

しかしながら、イワンがニヒルになるのも無理はない。

物心ついた時には、人生の最初にして、もっとも身近な『神』である父親に見捨てられたからだ。

それも”口に出すのもはばかるような男”となれば、自身や周囲に対しても、自嘲的かつ冷笑的にもなるだろう。

ある意味、カラマーゾフ三兄弟の中で、もっとも信仰を欲しているのは、、他ならぬイワンではないか。

イワンの『神の否定』は、父親否定であり、失望の反動として無神論である。

そうしたイワンの心持ちは父フョードルにも伝わる。

しかもこの父親たるや、金の話となったら、たとえ息子から泣きつかれたところで、びた一文出す気づかいもないのに、そのくせ一生の間、イワンとアレクセイの二人の息子もやはりいつかは金をせびりにやって来るのではないかと、びくびくしどおしていた男なのである。ところが、いざこの青年(イワン)がそんな父親の家に帰省してきて、一、二ヶ月いっしょに暮らしてみると、これが二人がこれ以上望めぬくらい折り合いがいいのである。

<中略>

青年(イワン)は老人(フョードル)に対して明らかに影響力さえもっていた。なるほど老人のほうは、ときには当てつけと思えるくらい、異常に我を通すこともあったが、どうかすると青年の言うことを素直に聞くようなときもあり、いくぶん品行があらたまったかのように見えるときさえあった……

次男のイワンに対し、父のフョードルがいまひとつ強く出られないのも、精神的負い目ゆえだろう。

くわえて、イワンは頭もいい。

ドミートリィのように札束で頬を叩いて、適当にあしらえるほど単純ではない。

イワンは人間界の代表だが、同時に「神の目」も持っている。

フョードルがイワンに畏敬の念を抱くのは、イワンの知性ではなく、イワンの精神の奥深くに潜む神の目ではないだろうか。

初稿 2018年6月10日

出典: 世界文学全集(集英社) 『カラマーゾフの兄弟』 江川卓

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