常識と言う名のファシズム

人は、自分に理解できるものしか理解しない。

本来、常識などというものは、どこにも存在せず、

『自分に分かるもの』と『分からないもの』の尺度があるだけで、

多くの物事は主観によって価値が決まる。

そして、多数が支持するものを【常識】と呼ぶ。

私たちが日常的な裁きに用いる尺度も、裏を返せば、多数派のファシズムなのだ。

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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