『カラマーゾフの兄弟』執筆の背景 ~ドストエフスキー評伝より

『カラマーゾフの兄弟』執筆の背景 ~ドストエフスキー評伝より

『カラマーゾフの兄弟』執筆の背景 ~ドストエフスキー評伝より

これは私の所感だけど、『カラマーゾフの兄弟』を読む時は、「流れのある大河ドラマ」として捉えるよりも、「連続した短編」と見た方が分かりやすい。

大元のプロットは存在するが、信心のうすい婦人の打ち明け話が入ったり、ゾシマ長老の思い出語りが入ったり、その都度、流れが中断するからだ。

『流れ』を追おうとすれば、必ず混乱すると思う。原卓也版を読んでいた時みたいに。

それよりは「連続した短編」として、一つ一つの節をじっくり味わった方が分かりやすい。

何故かと言えば、祥伝社新書のドストエフスキーの伝記に次のような記述がある。

ドストエフスキーは、1878年7月初めに家族とともにスターラヤ・ルーサの家に落ち着き、従来の習慣や日課を取り戻すと、『カラマーゾフの兄弟』に取りかかった。少なくともこれだけは確かな事実である。筆の進みは速いだろうとドストエフスキーは思っていた。

ただし、それは体調を考慮しなければの話だった。七月十八日に重い発作が起こり、ドストエフスキーは一週間にわたって作業を中断せざるを得なかった。

それに加えて、「悪魔のような西側勢力」に対する根深い反感も創作の邪魔をした。西側諸国は、露土戦争でロシアが得るはずだったものをベルリン会議で奪ってしまった。おまけにイデオロギー上の敵もいた。敵に鉄槌を下すことは以前より難しくなっていた。『作家の日記』を廃刊して依頼、自分の論壇を失い、毎月敵に一矢報いることができなくなったからである。

1879年5月10日、ドストエフスキーはスターラヤ・ルーサから『ロシア報知』の編集長ニコライ・リュビーモフに送った前例の書簡の中で、検閲を恐れて言葉を換える必要はない、とわざわざ先回りして伝えている。根拠として、ドストエフスキーは検問委員会が問題にしなかった新聞記事の原文を示している。しかし、検閲委員会がイワン・カラマーゾフの発言に衝撃を受ける可能性は十分あった。

話が長くなっていたが、これは原稿料を見積もりより多く稼ぐために頁数を増やしているのではない。そのことをドストエフスキーはニコライ・リュビーモフきちんと説明しなければならないと思った。確かに、話の結末が知りたければ購読期間を延長するしかない、ということになれば読者にとって不都合だ。しかし、第九編「予審」はどうしても必要だ。

年内に連載が始まった小説は十二月号で終わらなければならない、という文学雑誌の監修など、ドストエフスキーは歯牙にもかけなかった。ドストエフスキーの立場は強かったからだ。

いずれにせよ、この第十編を予定通り十二月初めに引き渡すことはできなかった。理由は例の如くである。ドストエフスキーは病み、疲労し、発想力を失っていた。しかしそれだけではなく、今やドストエフスキーにとってこの小説は「小説の中でも最も重要な小説の一つ」だった。この作品は「入念に仕上げなければならない」。さもなければ、「作家としての自分自身を未来永劫にわたって傷つけることになる」とドストエフスキーは書いている。

父親殺しと三兄弟の運命が物語の根幹ではあるけれど、自分でも書いているうちに、「あれも、これも」と主旨が膨らみ、とにかく全部入れないことには気が済まなくなったのだろう。

一方、体力や政情が付いていかないところもあって、文字通り、四苦八苦の連載であったと想像する。

一気に書いたのはその通りだけども、一節書いては放心し、また気概を蓄え……の繰り返し。

「連続した短編」というのは、そういう意味。

ゾシマ長老の回顧や婦人の回顧などは、それ一つで短編に匹敵するし、自分でも予期せぬエピソードはあったと思う。

最後にドストエフスキーの言葉。

今はカラマーゾフという重荷を背負っている。この小説を書き上げ、玉のように磨かなければならない。私はこの難しくて危うい仕事に精力を費やすことになるだろう。私の運命はこの小説にかかっている。名を挙げることができるが、さもなくば、もはや希望はない。

 ドストエフスキー (祥伝社新書―ガリマール新評伝シリーズ) (新書)
 著者  ヴィリジル・タナズ
 定価  ¥ 1,100
 中古 20点 & 新品  ¥ 175 から
 5つ星のうち 5.0 (1 件のカスタマーレビュー)

ドストエフスキーの関連記事

父親という人生の負債

父親を殺したいほど憎んだとしても、親は親、子は親には永久に逆らえない。たとえ相手が強欲な淫蕩父でも、育児放棄するような親でも、子は生まれながらに十字架を背負わされたように、親を慕って生きていく。心底から否定などできるわけがない。それゆえに苦しむのである。

難解・冗長で知られるドストエフスキーはどんな時代に生まれ、何に影響を受けて作家活動を開始したのか、ロシア史、文学史から読み解く伝記。賭博、借金、投獄、女、波瀾万丈の人生の中でもロシアの行くべき道を模索し、人類の処方箋を探し求めたドストエフスキーの深い知性と義侠心がひしひしと伝わってくる良書。

無垢な涙の上に万人の楽園を築けるか?

アリョーヤの視点は、当事国から一歩離れて、調停する側にある。調停者はジャッジはしない。A国もB国も、それぞれに主張があり、どちらが正しいかジャッジを持ちこむ限り、問題は永遠に解決しないからだ。そうではなく、それぞれの言い分、それぞれの間違いを受け入れつつ、平和に導く。イエス・キリストは、そうした高次的な存在であり、当事国の理屈で解決しないものを平定する為に正義を説いている。

>海洋小説『曙光』MORGENROOD

海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属ニムロディウムをめぐる企業と海洋社会の攻防を舞台に描く人間ドラマ。生きる道を見失った潜水艇パイロットと愛を求めるフォルトゥナの娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
Kindle Unlimitedなら読み放題。
Amazonの海洋学ランキングで一位を記録。

CTR IMG

Fatal error: Uncaught Error: Call to undefined function WP_Optimize() in /home/marier/novella.works/public_html/wp-content/plugins/wp-optimize/cache/file-based-page-cache-functions.php:136 Stack trace: #0 [internal function]: wpo_cache('\r\n<!DOCTYPE htm...', 9) #1 /home/marier/novella.works/public_html/wp-includes/functions.php(4344): ob_end_flush() #2 /home/marier/novella.works/public_html/wp-includes/class-wp-hook.php(286): wp_ob_end_flush_all('') #3 /home/marier/novella.works/public_html/wp-includes/class-wp-hook.php(310): WP_Hook->apply_filters('', Array) #4 /home/marier/novella.works/public_html/wp-includes/plugin.php(465): WP_Hook->do_action(Array) #5 /home/marier/novella.works/public_html/wp-includes/load.php(954): do_action('shutdown') #6 [internal function]: shutdown_action_hook() #7 {main} thrown in /home/marier/novella.works/public_html/wp-content/plugins/wp-optimize/cache/file-based-page-cache-functions.php on line 136