カエル

『汝自身を知れ』ーなぜ『自分』を知らないといけないの?

カエル

『汝自身を知れ』という有名な言葉がありますね。

アポロンの神殿に刻まれた古代ギリシャの格言には様々な解釈があり、「そんなこと言われなくても、自分のことは私自身が一番よく知ってるワ!」という方も少なくないかもしれません。

それにしても、なぜ「他人」ではなく「自分」なのか?

それは「自分」ほど正しく見られないものはないからです。

人って、生涯、自分の本当の顔を自分で見ることはできないですよね。

鏡に映っている姿も、あくまで光の反射で映し出されたものであり、他人が見ているあなたの本当の顔とは異なります。

つまり、あなたが思い描いている「自分」と、現実に存在するあなた自身は決して同一ではなく、自分では正しく見ているつもりでも、傍から見ればずいぶん違っていたりするわけです。

では、なぜ、自分を正しく知る必要があるのでしょう?

それは、自分が本当に求めるものを理解しない限り、何を得ても幸せにはなれないからです。

そしてまた、自分自身の弱さ、脆さ、心の癖、好きなもの、苦手なもの、良い面も悪い面も含めて理解していないと、望まぬ事が起きた時、「どうして、どうして??」と慌てふためき、落ち込んでしまう。

自分という人間を知っていれば、「こういう状況になれば、こう感じるだろう」と予測できることも、自分自身に対して無知であるが為に、必要以上に心を乱され、周りを恨んだり、自信を無くしたりしてしまうわけです。

アルバイト一つとっても、「対人的な業務は苦手」と知っていれば、レストランや販売のような仕事は考慮するでしょう。

でも、自分で自分を理解していなければ、「時給がいいから」「お洒落だから」という理由で飛びついてしまう。

そして、苦手な業務に神経を消耗し、「私はもっと出来るはずなのに」と落ち込み、厳しい指導をする職場の先輩を逆恨みする。

そうした「自分に対する無知」は、アルバイトに限らず、恋愛でも、友人でも、趣味でも、そう。

人間は、自分が本当に欲するものに向かわない限り、決して心が満たされることはないし、自分自身を正しく理解しなければ、たえず周囲や物事に翻弄され、無意味に苦しむばかりなのです。

おそらく、世の多くの人間は、「自分を知る」ことより、他人のあら探しの方が得意。

自省より批判の方が、より気持ちを落ち着かせてくれます。

でも、そうして、他に目が向いている限り、自分自身とじっくり向き合うことはできません。

年をとるほどに自分を知るのが恐ろしくなり、屁理屈ばかり達者になって、「頑固な人」と思われるようになるでしょう。

心が若くて柔軟なうちに、「自分を理解すること」に努めた方が、うんと生きやすくなります。

自分を見つめる中で身の程を知り、自信をなくすこともあるでしょう。

しかし、人が「徳」と呼ぶ知恵や謙虚さは、多くの場合、自分の至らなさから勝ち得るものです。

自分の中に弱いとこやイヤな部分がたくさん見つかったからといって、何も恐れることはないのです。

私たちは、生涯、「自分自身」と付き合ってゆかねばなりません。

人生は道であり、「自分」という車を楽しくドライブするには、車の機能やクセを詳しく知っておく必要があるのです。

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