チャイコフスキーのバイオリン協奏曲が輝くハートフル・コメディ映画『オーケストラ!』

目次

映画『オーケストラ』について

ギャグとシリアスの程よいハーモニー

本作は、さほど期待せずに見始めたのですが、見事に予想を裏切られました。

特に、筆者は東欧在住なので、ロシア人の暮らしや社会慣習が手に取るように分かって、非常に面白い。

昼間からウォッカ、アルバイトで人を集めて政治活動、所構わず騒ぐ、商売する、金、金、金 etc。

アンドレイや元楽団員が暮らすアパートの作りも、劇場の裏側も、まさにそのもので、年金より家賃の方が高いというのも、まったくその通りです。

隣国ロシアが、「可愛さあまって憎さ百倍」なのは、東欧に限った話ではなく、ほぼ欧州共通の認識。

「プーチン大帝」などと茶化して喜んでいるのは、日本社会ぐらい。

まともに国境を接している地域はもちろん、内情を知っている人間からすれば、これほど不気味で、得体の知れない国もない。

なぜ、こんな得体の知れない国から、チャイコフスキー、ラフマニノフ、ドストエフスキー、エミール・ギレリス、スビャトラフ・リヒテルといった、きら星のような才能が生まれたのか、理解に苦しみます。

それでいて、泣かせるところは泣かせる。

脚本も非常に練られています。

DVDでは、フランス語とロシア語、両方が行き交います。

できれば、オリジナル音声で見た方が面白いですが、日本語の吹替版も声の演技が上手です。

クラシック音楽に興味のない人にも、一度は見るべき逸品です。

【あらすじ】 ハチャメチャなロシアの楽団員

クラシック音楽をテーマにした映画といえば、やたら高尚か、気が重くなるほどシリアスか、観る方も身構えるような作品が大半で、「音楽はよかったけど、なんか疲れた・・」と感じることも少なくありません。(去勢の場面が股ぐらが痛くなるカストラートとか、結局何が言いたいのか分からなかったベートーヴェン・不滅の恋とか、ポーランドが国家の威信にかけて(?)制作したショパン 愛と哀しみの旋律(ジョルジュ・サンドが音楽神に取り憑く迷惑なオバハンにしか見えない)とか。パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニストも演奏は素晴らしかったけど、暗澹たる気持ちになりましたよ・・)

その点、反体制の嫌疑で名誉を奪われた指揮者と、盟友の呼びかけで再結集する元楽団員のどたばたパリ公演を描いた『オーケストラ』は、笑いあり、涙ありの上質なコメディ。

根底には、ブレジネフ政権の圧政というシリアスな要素を含みながら、暗さや重さはまったく感じさせず、そのくせ最後は泣かせるという、フランスらしいエスプリの効いた作品に仕上がっています。

*

物語は、ロシアのボリショイ交響楽団のリハーサルから始まります。

座席でうっとりと指揮をするアンドレイは、みずぼらしい劇場清掃員。でも、30年以上前は、由緒あるボリショイ楽団の常任指揮者として名声を築いた、一流の音楽家でした。ソ連のブレジネフ政権下、ユダヤ人排斥に逆らった為に、仲間の楽団員と共に、ボリショイの表舞台から追放されたのです。

ある時、アンドレイは、パリのシャトレ座から送られてきた出演依頼のFAXを盗み読み、元楽団員で、無二の親友であるチェリストのサシャ(現在は救急車のドライバー)を巻き込んで、かつての仲間でオーケストラを再結成し、現役のボリショイ交響楽団を装って、シャトレ座に出演することを画策します。

アンドレイとサシャは、市場の売り子や、ポルノ映画のアフレコに身をやつす、昔の仲間に声をかけ、かつての劇場支配人で、ユダヤ人排斥に加担していた共産党員のイヴァンを担ぎ出し、ロマ族であるコンサート・マスターの力を借りて、パリに乗り込みます。

そんなアンドレイが演目に望んだのは、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。

ソリストには、クラシック界の新星として人気を博すフランス出身の美しいヴァイオリニスト、アンヌ=マリー・ジャケを指名します。

しかし、リハーサルに参加したアンヌ=マリーは、由緒あるボリショイ交響楽団とは到底思えない楽団員のハチャメチャぶりに嫌気がさし、彼女を説得しようとしたアンドレイも冷たく突き放します。

そんな彼等のやり取りを黙って観ていた、アンヌ=マリーのマネージャーのギレーヌは、一連の手紙と共に、「バイオリン協奏曲」のスコアを彼女に手渡します。

ついにコンサート当日となり、不安を胸に指揮台に上がるアンドレイ。

アンヌ=マリーも黙ってヴァイオリンを構えます。

タクトが振り上げられ、演奏が始まりますが、どの楽団員も音がハチャメチャ。

客席からはざわめきが起きますが、過去の悲劇を振り返る中で、次第に演奏も熱気をおび、奇跡のコンサートへと生まれ変わるのでした……。

↓ 奇跡と感動のエンディング。ネタバレが気にならない方はぜひ。

ロシア人ってやつは……

この作品の醍醐味は、とことんデフォルメされた「ロシア人」の造形にあります。

インド人のカレー好き、フランス人の浮気者、アメリカ人の脳天気、イタリア人のラテン気質、日本人=サムライ、等々。

国民に対する世界共通のイメージって、ありますよね。

本作では、「酒飲み」「偏屈」「貪欲」「金儲け」といった、ロシア人のイメージがとこどんデフォルメされ、洗練されたパリの劇場に、土民のようになだれ込みます。

たとえば、「ボリショイ交響楽団・ご一行様」を空港に迎えに行ってみれば、機内で酔っ払った赤ら顔のロシア人が、空き瓶片手に、ロシア民謡を大合唱しながらゲートから出てくる。(あるある)

ホテルに到着すれば、我先にフロントに押しかけ、ルームキーを奪い合う(あるある)。

シャトレ座のマネージャーには小遣いをせびり、リハーサルそっちのけで黒キャビアの行商にいそしむ(あるある)

多少なりとロシアを知っている人がみれば、「あるある!」のオンパレードで、腹がよじれること請け合いです。

かといって、ロシア人を完全に馬鹿にするのではなく、圧政によって、家族とも引き裂かれ、貧しい暮らしを余儀なくされた人々の悲哀や逞しさもきっちり描かれており、ロシア・ファンも納得の出来映え。

しかも、演奏会の場面は、さすが露仏共作と唸りたくなるほど上質、かつ、スコアに忠実で、クラシック音楽に対する並々ならぬ知見を感じます。

Amazonレビューの中には、「一度のリハーサルもせず、何十年ぶりの合奏で、あんな完璧な演奏ができるわけない」という声もありましたが、業界さんに言わせれば、「プロって、そういうもの」だそうですよ。私には計り知れませんが……^^;

アンドレイとアンヌ=マリーの関係

ドラマの主軸である、アンドレイとアンヌ=マリーの関係については、途中まで、「先が読めちゃう」ような話運び。

単純に流れだけ追っていると、『実の娘(昔の恋人の忘れ形見)』かなと思いますが、それこそ制作者の狙い目です。

実はもっと奥深い事情が隠されていて、それがチャイコフスキーのバイオリン協奏曲に乗って、徐々に浮かび上がるんですね。

そして、よくあるパターンなら、お涙頂戴+怒濤のエンディングで幕を閉じるのですが、この作品にはまだまだオチがあり、それが愉快痛快な元楽団員たちのリベンジとなって、最後まで笑わせてくれます。

「心の清涼剤」という言葉がありますが、本作はまさに心に涼風の吹くような爽やかさ。

フランスってこんな映画を作る国だったかな、と見直したくなる一本です。(ついでにロシアも)

ちなみに原題は『Le Concert』。

コンサートと協奏曲のコンチェルトを掛け合わせた題名です。

いわば、ブレジネフ政権時代のユダヤ人排斥でバラバラにされた楽団、家族、そして音楽家の夢が、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲に乗って一つに紡がれ、再び美しいコンチェルトを奏でる──といった感じでしょうか。

近頃の「感動大作」には飽き飽きしちゃった──という方に強くおすすめします。

*

空港へのシャトルバスを予約し、前金も渡したのに、定刻を過ぎても現れないバス。
結局、数キロ離れた空港までゾロゾロ歩いてゆくハメに。
「これぞロシア」みたいな一場面。

迎えのバスが来ない

空港のロビーで、ロマの仲間が次々にパスポートを偽造。こんな簡単に偽造できるのか?!
止めに入ろうとした警備員を、ロマの大男二人が「未来を占って欲しいか」と阻止する場面も笑えます。

見るからに貧相なオヤジがバイオリンの難曲、ツィゴイネル・ワイゼンを楽々と弾きこなす。

いったい、このボンビー集団は何者……

予告篇はこちら。

【コラム】 ロシアと東欧のノスタルジー

どんな時代、どんな国にも、過ぎ去った時代へのノスタルジーがあります。

たとえ、それが歴史的に悲劇とされる時代であっても、自分や仲間が一所懸命に生きた時代のことは、いつまでも思い出深く、過ぎてしまえば、辛かったことも、苦しかったことも、ただただ懐かしいばかり。たとえ現在の方がはるかに進んで、生きやすいとしても、心はそこに帰って行く――という感じです。

私が住んでいる地域も、あれほどソビエト政権に苦しめられたのに、いざ民主化して、プチ・アメリカのような様相を呈してくると、「昔はよかった」みたいな話になってきます。

政治経済は別として、皆が貧しく、苦しかった分、身を寄せ合い、心を合わせて、苦難を乗り切ろうとした思い出は永遠だからでしょう。

苦難の時代の「ひたむきさ」や「連帯感」を懐かしむ気持ちは、東欧に限らず、どこの世界も似たり寄ったりではないかと思います。

アンドレイと仲間の元楽団員も、音楽を愛する以上に、あの頃の緊張感や情熱を追い求めているような印象を受けます。

生きやすさでいうなら、現在の方がはるかに生きやすいはずなのに、どこか「古き佳き時代」に回帰しようとする気持ちが感じられて、人が時代を作るのか、それとも時代が人を形作るのか、いろいろ考えを巡らさずにいられません。

ともあれ、どこの世界も、苦難や悲劇の時代を経て、現在があります。

諸問題あるとしても、今ほど自由な時代はないし、安楽も安全も、ある程度はお金で買うことができます。

にもかかわらず、過ぎた苦難を懐かしむのは、必死に生きた思い出だけが、真に生きたといえる人生の証だからかもしれません。

DVDとAmazonプライムビデオの紹介

オーケストラ! スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]
出演者  アレクセイ・グシュコブ (出演), メラニー・ロラン (出演), フランソワ・ベルレアン (出演), ドミトリー・ナザロフ (出演), ミュウ=ミュウ (出演), ラデュ・ミヘイレアニュ (監督)
監督  
定価  ¥3,389
中古 37点 & 新品  ¥1,700 から

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クラシックの名曲の数々にのせて贈る、奇跡の感動作。「まるで、本物のコンサートを聴いているかのよう」。チャイコフスキー、モーツァルト、シューベルト、シューマン・・・愛すべきリベンジ楽団の大逆転に、笑って、泣いて、拍手喝采。本作には、チャイコフスキー、モーツァルトなど数々の名曲の数々が贅沢に使われている。コンサートのシーンはパリのシャトレ座の全面協力を得て撮影され、ヴァイオリン指導にはフランス国立管弦楽団の第一奏者サラ・ネムタヌ、音楽監督には多くのバレエ音楽を作曲し『サガン 悲しみよこんにちは』などを手掛けたアルマン・アマールを迎え、本物のコンサートに匹敵する迫力と感動をうみだした。

これは本当に拾いものでした。私もそこまで期待してなかったのですが、「見てよかった!」の一言に尽きます。
役者たちの楽器吹き替え演奏も迫真の演技。特に新星ヴァイオリニストを演じたメラニー・ロランが素晴らしかった。

Amazonレビューより。

2009年フランスの大ヒット映画「オーケストラ!」(原題:Le Concert)のオリジナルサントラ。劇場で観た映画はたいへん面白く、また楽曲の扱いも巧みで感心させられた。それを追体験しようというクラシック愛好家は、本作購入を真っ先に検討されるのでは。

最初に書いておくと、映画で抜粋版が使われたチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、このCDでも全長版ではなく12分強の演奏。つまり原曲の第二楽章はまるごとスキップされている。おなじく、マーラーの巨人もモーツァルトのピアノ協奏曲21番も、劇中とほぼおなじ長さで収録されている。

その三曲の演奏はブダペスト交響楽団。おなじ都市名を名前に冠するオケとしては「~祝祭管弦楽団」が著名だが、こちらは別の楽団だ。ただし演奏はひじょうに巧い。というか、映画のつくりそのままに、ツボを押さえた美味しい演奏。チャイコフスキーのソリストはSarah Nemtanuという人で、フランス国立管弦楽団の公式サイトhttp://sites.radiofrance.fr/によれば主席とのこと。ヒロインの演奏指導(演技上の)も担当されたそうだが、演奏の巧さはこのサントラでも確認できる(ただし、しつこいようですが抜粋版です)。

……とのこと。

私もヴァイオリンのソリストがすごく気になってたのですが、首席奏者ですか。納得です。

初稿:: 2012年2月8日

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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