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ドストエフスキー

  • 2019年8月3日

真理は人間を自由にするはずだった → 自惚れから悪魔の側へ

「人間たちは、かつてのいかなるときにもまして、自分たちが完全に自由であると信じ切っておるのだ。そのくせ彼らは自分からすすんでその自由をわしらに捧げ、うやうやしくわしらの足もとに献呈してしまっておるのだがな」ここでいう『自由』というのは、「束縛されない」ではなく、「何でも好きなことができる選択の自由」の意味だ。即ち『原罪』の延長でもある。

  • 2019年8月6日

無垢な涙の上に万人の楽園を築けるか?

アリョーヤの視点は、当事国から一歩離れて、調停する側にある。調停者はジャッジはしない。A国もB国も、それぞれに主張があり、どちらが正しいかジャッジを持ちこむ限り、問題は永遠に解決しないからだ。そうではなく、それぞれの言い分、それぞれの間違いを受け入れつつ、平和に導く。イエス・キリストは、そうした高次的な存在であり、当事国の理屈で解決しないものを平定する為に正義を説いている。

  • 2019年7月31日

第五編 第四節-2 慈愛あればこその無神 子供の涙はいつ報われるのか?

ある意味、イワンの神への不信は、政治や司法に何の期待もできなかった時代の虚無感であり、だからこそ、イワンのような当時のロシアの若者(あるいは知的階級)が、宗教ではなく、政治に変革を求めた動機も頷ける。祈っても無駄、政治体制や法律を変えない限り、こうした不幸はなくならないと。その極端な形が社会主義革命だったのだろう。

  • 2019年8月3日

論理以前に愛するんです。絶対に論理以前に。

論理以前に愛するという言葉は、松本零士の「鉄郎、生きろ。理屈は後から考えればいい」に通じるものがある。何の為に生きるのか、存在することに理由はあるのか、あれこれ考える以前に、まずは生きるべき、というアリョーシャの提言はまったく正しい。”先に理屈あり”では、理由の為に生きることになる。理由の為に生きるようになれば、理屈通りにいかなくなった時、必ず挫折する。

  • 2019年8月6日

ぼくの若さがすべてに打ち勝つよ ~ どんな幻滅にも、人生に対するどんな嫌悪感にも 

むっつりした印象のイワンが、途端に生き生きした青年に感じられる。イワンも、根本的には、生の肯定者であり、愛の人でもある。ただあまりにも理不尽な世の中に幻滅して、「神も仏もあるかい!」という気持ちになったのがニヒリズムの走り。もとから虚無的な人間にニヒルなど感じようがない。むしろ愛深き人こそ、反動で虚無に走る。

  • 2019年8月3日

ProとContra の注釈 ~肯定と否定、世界を形作る二つの相反する価値観

肯定と否定。人は迷いや不安を解消する為に「どちらか一つ」を選ぼうとするが、私たちは双方と上手に付き合うことによってしか地上に存在しえないように感じる。イワンのように、否定ばかりでは心がもたないし、アリョーシャのように、あまりに心が清らかだと、かえって物事が混乱するかもしれないから。

  • 2019年8月5日

『カラマーゾフの兄弟』江川卓訳をお探しの方へ(原卓也訳との比較あり)

絶版になって久しい江川卓訳『世界文学全集(集英社)』のカラマーゾフの兄弟を抜粋と写真で紹介。現代的で読みやすい訳文です。原卓也訳との比較も掲載。2021年はドストエフスキーの生誕200年のアニバーサリーイヤーにつき文庫化の可能性もあり。興味のある方は復刊リクエストにご協力下さい。

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海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属ニムロディウムをめぐる企業と海洋社会の攻防を舞台に描く人間ドラマ。生きる道を見失った潜水艇パイロットと愛を求めるフォルトゥナの娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
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