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文芸・評論・哲学

  • 2019年8月7日

生を愛する ~失おうと、挫けようと

生きて経験すること、そのものが人生の糧であり、何かを成したから偉い、何かを得たから幸福というわけではないんですね。生きること、そのものを悦ばしく感じるようになれば、もう二度と、余計なことで心を煩わされなくなります。

  • 2019年8月3日

幸福に必要な鈍感力 ~鋭い知性はむしろ人間を不幸にする

次男イワンと決定的に違うのは、「それがひとつも苦にならないし、屈辱でもない」という点。一つ一つを「施し」「お情け」と感じ、自己卑下に陥ってしまったイワンの繊細な性格とはあまりに違う。アリョーシャには、この現世を生きるに必要な鷹揚さが備わっていたということだろう。他人の施しに預かるには、イワンはあまりに繊細で、同時に誇り高い人でもあった。

  • 2019年7月31日

イワンと無神論 自己卑下と高い知性が結びつく時(4)

イワンがニヒルになるのも無理はない。幼少時、人生一番最初にして、もっとも身近な『神』である父親に見捨てられたのだから。それも”口に出すのもはばかるような男”となれば、自分を恥じ、自身や周囲に対しても、自嘲的かつ冷笑的にもなるだろう。一番信仰を欲しているのは、他ならぬイワン自身ではないか。

  • 2019年8月4日

今この子に「生きろ」と言うことは、「死ね」と同じくらい残酷に思える。

「死にたい」の反語は「生きろ」ではなく、「そんなあなたの側に居たい」。傷ついた子供に「頑張って生きるのよ」と言葉で励ますのは簡単ですが、絶望しきった人間に、生きる力など、そうそう湧いてくるものではありません。まして死んだ親への愛着に対し、慰める術もないというのが現実ではないでしょうか。

  • 2019年8月7日

吹けば飛ぶような命でも、後進に道を示すことはできる。

人間の真の偉大さは、「明日世界が滅ぶと分かっても、リンゴの木を植える」という精神にあると思う。それが本能ゆえか、培われた高貴さかは分からないけれど、常に次代を思わずにいないのは、《生きよう》とする意思は、地上のあらゆる力を凌駕するからに違いない。

  • 2019年8月7日

創造的な生き方とは

「創造的に生きる」とは、絵を描いたり、詩を書いたりすることではありません。無の平原から、意味のある何かを立ち上げることです。より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。どんなに小さくても、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しずつでも歩みを進め、善きものを積み上げることを創造的な生き方と言います。