淋しさなんて、慣れるもの? ~海の仕事と孤独と優しさ

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【小説の抜粋】 一人で生きていくのは淋しい

採鉱プラットフォームの接続ミッションを前に緊張が高まる中、高齢の機関士長ワディの容態が急変する。一刻も早く病院に搬送しなければならないが、低気圧の接近で海は荒れ、救命ヘリも飛ばせない。
そこでヴァルターが小型船の操船をかって出て、ワディを無事に島に連れて帰り、病院に送ることに成功する。
翌日、ワディの直属の部下で、ベテランの機関士オリガと食堂で鉢合わせる。主任会では意見の違いから対立したが、ヴァルターの懸命な姿を目にして、見方を変える。

このパートは『海洋小説『曙光』(第二章・採鉱プラットフォーム)』の抜粋です。 作品詳細はこちら

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同じ頃、ヴァルターはプラットフォームの食堂で少し遅めの夕食を取っている。

明後日には接続ミッションの準備段階である『破砕機と集鉱機の海中降下』が実施されることもあり、各部署とも遅くまで点検やミーティングに忙しい。いつもなら、この時間、食堂に来る作業員もまばらだが、今日はプラットフォーム入りしたスタッフも増えたせいか、まだ半数近い席が埋まっている。カウンターバーには揚げ物や五目麺など様々な中華料理が並び、忙しいのは司厨部も同じようだ。

いつものように皿いっぱいに料理を取り、窓際の席で黙々と頬張っていると、頭の上で「座っていい?」と女性の声がした。

機関士のオリガ・クリステルだ。

主任会議では、無人機かプロテウスかを巡って意見が合わなかった経緯がある。

また何か難癖をつけに来たのかと身構えたが、彼が「どうぞ」と返事すると、オリガは山盛りのプレートを彼の目の前に置き、「今夜は中華ね。ここの調理長は腕がいいから毎食が楽しみね」と彼と同じ事を言った。

オリガは割り箸を景気よく割ると、五目麺を口に運びながら、「あなたに御礼を言いたかったの」と思いがけない言葉を口にした。

彼が顔を上げると、

「ワディのことよ。機関士のワディ・ナイヤール。あなたが夕べ島に連れ帰った急病人」

「それなら大した事じゃない。無事に着いたのは、乗務員が頑張ったからだ」

「謙遜するのね。主任会議の時みたいに得意顔で言えばいいじゃないの、俺の腕前が上等だからって。あの後、乗組員に様子を聞いたけど、二人ともあなたの操舵は神業だと言ってたわ」

「ベテランの操舵を側で見たことがないからだ。あれくらい、基本の知識と二、三の経験があれば難なく出来る」

「そうかしら。あの時化の中、あんな小さな船でそう簡単には帰れないわよ。下手すれば転覆してたかもしれない。無事に着いたのは、あなたの腕が良かったからよ。どこで練習したの」

「俺はもともと商船学校だからね。プロテウスのパイロットになってからも、時々、用事で操船してた。相性がいいんだろう。逆に車の運転はさっぱりだ」

「車は乗らないの?」

「免許は持ってるが、車は持たない主義なんだ。一年の大半を海で過ごすのに、車を所有すると、かえって自動車保険やガレージ代が負担になるだろう」

「それは分かるわ。ここの若い子たちも皆同じよ。その分、せっせとお金を貯めて、海辺に家を買うと張り切ってるわ」

「君の家族は?」

「私は独りよ。三十歳の時、両親と一緒にアステリアに移住したけど、結局、両親はトリヴィアに帰って、私だけがここに暮らしてるの。ワディもよ。同じアパートに住んでるの。上の階と下の階にね」

「ワディの家族は?」

「トリヴィアよ。でも、十五年前に離婚したから、実質、独りみたいなものよ。成人した息子が二人、エルバラードに住んでいると聞いてるわ。どちらも技術職
で、けっこういい身分らしいけど、ワディに会いに来たことは一度もないわ」

「そう……」

「でも頭のいい人よ。機械にめっぽう強くてね。船舶や大型海上施設の機関システムも、ステラマリスから来た専門家に付いて、あっという間にマスターしたそうよ。うちの両親が仕事で使っていた貨物船のエンジンの調子が悪い時も、よく見てくれたわ。昔から、とてもいい人だったの」

「プラットフォームには希望して来たのかい?」

「元々、MIGエンジニアリング社の上級技師だったの。社長推薦でプラットフォームに派遣され、マクダエル理事長にもすぐに認められて、長年主任を務めてきたわ。口数は少ないけど、真面目で、何事も確実にこなすところが理事長にも気に入られたのでしょう。だけど、今回はそれが災いしたみたい。ずっと前から体調が悪かったのに、ぎりぎりまで我慢するんだもの。せめて私に一言相談してくれたら、あんなことにならずに済んだのに……」

「そういえば、検査の結果はどうだったんだ?」

「朝一番に手術したわ。大腸に良性と悪性の中間ぐらいの腫瘍ができてたの。手遅れにならないうちに摘出した方がいいって。わりと簡単な手術だったそうよ。五年生存率は九〇パーセント以上ですって」

「それなら安心だね」

「でも、海の仕事は止めた方がいいって。年も年だし、これを機に引退するそうよ」

「だが、独りの老後は大変だろう」

「その点は大丈夫。ブライト専務が『エデン』という保養施設の入所手続きをして下さったから。今日も見舞いの品が届いて、ワディも感激してたわ。そのことで、さっき本人から二度目の電話があったところよ」

「もうそんなに回復してるのかい?」

「腫瘍といっても小指の頭ほどだし、内視鏡を使った簡単な手術だから、夕方には起き上がれたそうよ。それで、あなたにも御礼を言って欲しいと伝言があったの。でも、私はまだショックから抜けきれなくて。ずっと側で見てたのに、あんな風になるまで全く気付かなかった……」

「鉄のように頑丈なんだよ。君にも心配をかけさせまいとして、必死に踏ん張ってたんだろう」

「あんなに気張ることなかったのに。人間、頑張りすぎて鉄みたいに硬くなると、案外、ぽきっと折れてしまうのかもしれないわね。私も機関部では本当にお世話になったから、何かの時はいつでも力になるつもりだったけど、肝心な時に役に立てなくて本当に情けないわ。『エデン』に行ったら、ちゃんとお世話し
てもらえばいいけど」

「君も情け深いね」

「お互い、独りだもの。困った時はお互いさまよ」  

「君のご両親は?」

「両方とも健在よ。父はもう七十歳だけど、トリヴィアで小さな機械工場を営んでるわ。船舶エンジンの部品を作ってるの。母は既にリタイアしてるけど、地域の婦人活動に精を出して、毎日楽しくやってるわ。あなたのところは?」

「母がマルセイユにいるよ。父はずいぶん前に亡くなったけど」

「じゃあ、淋しいわね」

「もう慣れた」

「あなたもワディと同じ事を言うのね。でも、淋しさなんて慣れるものかしら。いくつになっても、人間が独りでいるのは淋しいことよ。私だって、両親が亡くなって、いよいよ自分一人になったらどうなるんだろうと心配せずにいないもの」

「その気持ちは分かるよ」

「でも、考えても仕方ないわよね。先のことなんて誰にも分からないし。ダグもガーフも言ってるわ。ここの独り者は、みな年取ったら『エデン』で同窓会だって。私も『エデン』に行くのかな。いい施設だとは聞いてるけど」

「パートナーを探せば?」

「あたしが? 冗談じゃない。この年で見つかるわけないじゃない」

「そんなことはない。俺の知ってる女性海洋学者は五十代で初婚だ。四十を過ぎてから運航管理の講習会で再婚相手を見つけた人もいる。ここもどんどん人口が増えてるし、伴侶を求める気持ちは皆同じだ。いろんな集まりに顔を出すうちに、意外と近くに見つかるかもしれないよ。ノエやマルセルはオンライン・デートで知り合ったらしい」

「そういうあなたは募集中なの? ああ、そういえば、理事長の令嬢といい仲だったわね。たいした逆玉じゃない」

彼が口をつぐむと、オリガは悪戯っぽく片目をつぶり、

「ノーコメントってわけね。いいわ、私もあれこれ詮索は嫌い。好きなら仲よくすればいいじゃないの。理事長は地位や肩書きで差別する人じゃないわ。ともかく、いろいろありがとう。改めてワディの分まで礼を言うわ。それから、接続ミッションも頑張って。主任会議では異議を唱えたけど、あなたなら上手くやれそうな気がするわ」

オリガは席を立つと、すれ違う若い作業員に発破をかけながら食堂を後にした。

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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