よくわかることは 実は 自分を失くすること

よくわかることは 実は 自分を失くすること

[su_quote cite=”寺山修司からの手紙“]谷川俊太郎が僕のことを「あまり文学を高貴に考えすぎているんじゃないかな。純粋で勤勉すぎるのは実作者として損じゃないかな」といっていた。
谷川俊太郎は決して読書しない。古典は敬遠し冒険小説ばかりよむ。
彼は恋愛しても決して嫉妬しない。所有しないで享楽するのが彼の信条だ。こうした生き方を僕は軽蔑しはしないが、僕のものではないと思う。ただ、本をよみすぎると書けなくなるというのは本当だと思う。
よくわかることは実は自分を失くすることなんじゃないだろうか。
ふと湧いた感想。
[/su_quote]

どこの世界でも知ることは美徳だし、勉学も最高位に位置づけられる。
そして、それは非常に正しいけれども、観念の世界から遠ざかっていくのもまた事実。
学者や識者ならともかく、作家さんは、常に世界や自身に疑問をもたないと生きていけない。
何か書こうとする時、そこに厳然たる事実があっては困るのだ。
たとえば、空は青いし、雲は白い、といったこと。
文学の始まりは、空や雲の本質を夢想することだから、空とは何か、雲とは何かということが、あまりに明快だと、想像力の入り込む余地がなくなって、文章を書いていても、いつしか学者の世界になってしまう。そして、誰が作家に学術的正しさを期待するだろうか?

時に「わからない」ことの方が、心に多くをもたらす。
もう一度、月の絵を描けと言われても、あれが地球の衛星であり、土の塊と知ってしまえば、二度とウサギは現れないのと同じで、どんな物事に対しても、常に探訪者たらんとするなら、わたしたちは、どこか無知なところを残しておかないと、人生に対する動機や想像力を失ってしまう。人の倍ほど読んで、物知りになり得たとしても、魂が幸福を感じることと、人生に失敗しないことは、また別だ。そのいい例が、子どもである。彼らは無知ゆえに元気で、よく笑う。世の中のことを知れば知るほど、無邪気な笑いも失われていくけれど。

それよりも、自分の感じるまま、心の命じるままに、耳を傾けてみたい。
誰かの作り上げた理論や周知の事実ではなく。

月に不思議な魔力を感じる心よりも、月とは何かという知識がまさる時、わたしたちは世界に近づく反面、自分自身という、もっとも大事な基軸から遠ざかるのではないだろうか。

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ノート

どんなツールが登場しても、人々は好ましいレスポンスを期待し、その度に裏切られ、孤独や疑念を増していく。応酬の手間が軽ければ軽いほど、待ち時間が短ければ短いほど、耐性も弱まり、感情も激しく振幅するようになる。

よくわかることは 実は 自分を失くすること

学生時代の寺山修司と山田太一の書簡から。『よくわかることは 実は 自分を失くすることなんじゃないだろうか』という寺山修司の一言に関するコラム。

notes 美容室

いまの時勢みたいに人が信用できなくなってるときに、他人の首にじゃりじゃりっと剃刀をあてる仕事をしていられるのは、自分が他人に信用されているからだと思ってるのさ。な、そうだろう。誰だって仇の剃刀に自分の喉をあずけっこねえやな。信用ってことが何より大事な世の中じゃねえか