MENU
恋と生き方のエッセー、子育てコラムは移転しましたsanmarie*com

あなたは彼に恋しているだけ、本当に愛しているのは彼の方

目次

【恋愛コラム】 『愛』と『恋』の違いが分からない

愛と恋の違いが分からない女性は少なくありません。

相手のことが好きと思えば、愛と勘違いし、愛なら正義と、自分の考えや好意をぐりぐり押しつける。

また、相手があなたに好意を示せば、愛と勘違いし、自分は愛されていると有頂天になってしまう。

相手は単純に、あなたに興味をもっているか、遊びたいだけなのに、特別な感情と勘違いして、相手に多大な期待を寄せてしまうんですね。

愛と恋の違いが分からないのは、男性、女性にかかわらず、あなたが人を愛したことがないからです。

相手が誰であれ、一度でも、真剣に人を愛した経験があれば、それが単なる好意か、無償の愛か、区別はつきます。

それが分からないということは、あなた自身、自分のエゴから脱却できず、周囲に愛情をねだる子供のままなんですね。

本作では、有能でハンサムな彼氏に熱烈に恋するリズが登場します。

彼は、自分の父親(社長)のお気に入りの部下であり、彼と結ばれるということは、将来、彼氏が自分の父親の跡目になることでもあるんですね。

しかし、それが彼の本当の望みかといえば、決してそうではなく、彼には彼の人生があり、「こんな風に生きたい」という願いがあります。

そこで、自分の願いを押しつけて、自分のシナリオに嵌めようとすれば、彼は必ずその身勝手に気が付いて、逃げていってしまうよ……と、先輩のエヴァが説きます。

遠回しな女性が嫌われるのは、そういう理由なんですね。

【小説の抜粋】 あなたは恋してるだけ、本当に愛しているのは彼の方

採鉱プラットフォームのミッションを通して、心を通わせるようになったヴァルターとリズは、久しぶりに施工管理士のマックスと妻のエヴァに再会する。

人生の機微に通じたエヴァは、リズの狂おしいまでの恋心を見抜き、「あなたは彼に恋をしているだけ。本当に愛しているのは、彼の方だ」と指摘する。

戸惑うリズに、エヴァは『愛と疑いは一緒に居られない』(ギリシャ神話「エロスとプシュケ」の寓話)を語って聞かせる。

このパートは『海洋小説『曙光』(第三章・海洋情報ネットワーク)』の抜粋です。作品詳細はこちら

縦書きPDFで読む(Google Drive)

「これで女同士、ゆっくりお話しできるわね。少しソファに足を伸ばしていいかしら。ちょっとお腹がきついもので」

「どうぞ、リラックスなさって下さい。私は全く気になりませんから」

「じゃあ、遠慮なく足を崩させてもらうわね」

エヴァは靴を脱ぐと、少しむくんだ足をソファに投げ出し、ふーっと大きな息を吐いた。

「今、何ヶ月ぐらいなんですか?」

「今週で二十三週目、来週から六ヶ月目に突入よ。でも、出産までまだ十週以上あるんだもの、なかなか苦行だわ。パソコンで設計して
いても目は霞むし、腰は痛くなるし……」

「あの……ご主人とはどんな風に?」

「マックスと知り合ったのは三十三歳の時よ。私は高級住宅を手がけるデザイン事務所に務めていて、マックスはサンパシフィック社の現場主任だった。

ある時、有名女優の別荘を手掛けることになってね。

私にとって名誉な案件だったわ。

ところが引き渡しの段階になって『イメージと違う』と文句を言い出してね。

リビングの壁の色が白すぎるとか、寝室に波の音が響きすぎるとか。

光や風の加減で印象が変わると、打ち合わせの段階で納得済みだったのに、いざ実物を前にしたら、あれも気に入らない、これも気に入らないのオンパレード。

私のオフィスに直接文句を言いに来て大変な騒ぎになったの。

その時、力になってくれたのがマックスよ。

最初、ヘルメットに作業着姿でオフィスに現れた時は、埃をかぶったテディベアみたいで全然タイプじゃなかったんだけど、一緒にクレーム対応に当たるうちに、人間の大きさに惹かれるようになったの。

プロポーズされたのは三度目のデートの時よ。突然、『オレと結婚してくれ』とか言い出すの。

私、ビールを吹きそうになって、『お互いのことをよく知りもしないのに、ふざけないで』と怒ったわ。

するとマックスが真顔で言ったの。『君がどんな人間かは君のデザインを見れば分かる』。

その一言で落ちちゃった。

それから建築のこと、仕事のこと、人生のこと、いろいろ語り合ううちに確信したわ。この人となら、人生を楽しく生きられると。まあ理想の王子様とはいかないけど、今は甘い囁きより三度の食事。

家に帰っても仕事、仕事で、夫婦というより戦友みたいな感じだけど、私のパートナーはマックス以外に考えられない。

私たち重戦車隊の同志なのよ」

「でも、幸せでしょうね」

リズが目を細めると、

「彼のことが大好きなのね」

エヴァが心中を推し量るように言った。

「恥ずかしがることないじゃない。彼、素敵だもの。ハンサムで、優しくて、女の子なら誰でも憧れるわ。あなたも、ずっと彼のことばかり見てる。笑う度、歩く度、席を立つ度、彼を目で追って、そこから離れない感じ。夢中になってるのが手に取るように分かるわ。――咎めてるわけじゃないのよ。本気で恋したら、誰だって冷静でいられなくなるわ。ただ、あなたを見ていると、昔の自分を見ているみたいで心配するの。夢中のあまり、自分を見失うんじゃないかと」

「どういう意味ですか?」

「想いが深すぎるのよ。お嬢さんはきっと誰よりも情感が豊かで、優しい方だと思うの。それだけに、一度誰かに恋をしたら、どっと想いがあふれてコントロールできなくなるのよ。彼のことが好きで、好きで、たまらない、どんな事をしてもこの人と一緒になって幸せになりたい、それこそ朝から晩まで彼のことばかり考えてるんじゃない? 仕事の時も、食事の時も、お風呂に入る時も、何をしていても」

エヴァの言葉はリズの胸に突き刺さった。

「まあ、お飲みなさいよ。あなたにも少しアルコールが必要よ」

エヴァはリズのグラスにワインを注ぎ足すと、もう一度、バルコニーを見やり、

「男二人も何やらシリアスに話し込んでいるわ。仕事の話かしらね。ずいぶん気が合うみたい。ちなみに、お嬢さんには親しいお友達とかいらっしゃるの? 彼以外に頼りになる相談相手とか、遊び仲間とか」

「……いえ」

「そうなの。じゃあ、余計で『彼が世界の全て』ね。彼の顔色一つで、あなたの世界も晴れたり、曇ったり。それでは楽しいことより苦しいことの方が多いでしょう」

「克服しようとしてるんです。心から信じよう、強くなろう、って。でも時々、どうしようもなく不安で、嫌な考えばかり浮かんで……」

「分かるわ。私も同じだった。いつも不安で、愛される自信がなくて、いつ捨てられ、嫌われるかと、びくびくしてたわ。あの時のことは、今も思い出すと胸が苦しくなるほど。本当に最悪の恋愛だった」

エヴァはレモン入りのスパークリングウォーターを一口飲むと、

「『エロスとプシュケ』の寓話をご存じ? 『キューピッド』と言った方が分かりやすいかしらね」

「ギリシャ神話ですね。名前だけは知っています」

*

ある王国に三人の王女がいました。とりわけ末娘プシュケの美しさは比類なきものでした。

ある時、プシュケの美しさを妬んだ美神アフロディーテは、プシュケが卑しい男と恋に落ちるよう、息子エロスに恋の矢を放つように命じます。でも、彼女の美しさに見惚れたエロスは逆に恋の矢で自分自身を傷つけてしまいます。

恋に落ちたエロスは、プシュケが自分のものになるよう、太陽神アポロンに偽の神託をするよう懇願します。

一方、プシュケの父王は、プシュケを怪物の生贄に捧げるようアポロン神から神託を受け、可愛い娘を泣く泣く山の頂に置き去りにします。そこに西風の神ゼピュロスが現れ、彼女を美しい宮殿へ連れて行きました。

宮殿での暮らしは素晴らしいものでした。夜になると、夫が寝所に現れ、プシュケを優しく愛してくれました。しかし、夫の姿を絶対に見てはいけない約束でした。

プシュケは約束を守り、二人は幸せに暮らしていましたが、彼女の幸せを嫉む二人の姉に『夫は恐ろしい怪物にちがいない』と吹き込まれます。不安にかられたプシュケは、とうとう約束を破ってロウソクの火をかざし、ベッドに横たわる夫の姿を見てしまいます。それは怪物などではなく、白い翼をもった美しいエロス神でした。

しかし、妻に裏切られたエロスは激しい怒りを感じ、窓から飛び去ってしまいます。

『愛と疑いは一緒にいられない』と言い残して――。

*

リズが目を見開くと、エヴァはグラスを傾けながら、

「疑えば愛は去り、愛すれば疑いは消える。まさに真理よ。そして、あなたは不安と猜疑心でいっぱい。それでは愛は育たないわ」

とやや厳しい口調で言った。

「でも、私は……」

「本気で好きだと言いたいのでしょう。でも、心から愛しているかと問われたら、『ハイ』と言い切る自信は無いんじゃなくて?」

「……」

「私ね、アステリアに向かう宇宙船のコンパートメントで初めてヴァルターに会った時、正直、取っつきにくい人だなと思ったの。何も喋らないし、笑いもしない。頭から毛布をかぶって寝てばかり、ひどく思い詰めたような感じで、顔付きも鋭かったから。でも、私がコーヒーカップを床に落とした時、すぐに飛んできて手当してくれたわ。それをきっかけに少しずつ言葉を交わすようになって、いろいろ話すうちに根は優しくて、誠実な人だと分かったの。そして今日、久しぶりに顔を合わせて、やっと暗闇から抜け出せたように感じたわ。きっと、あなたの存在も大きいでしょう」

「そうでしょうか……」

「ずいぶん自信がないのね。彼はあなたに十分真心を見せていると思うわよ」

「でも、本当に大事に思うなら、言葉にして言ってくれたり、もっと、その、いろいろと……」

「要するに、もっとデートに誘ったり、毎日『愛してるよ』と言ってくれたり、あれこれ尽くしてくれるはずだと思い込んでいるわけね。

でも、それはあなたのシナリオよ。

他人がそんな都合よく動くわけないじゃないの。

それに彼もやっと人生をやり直す機会を得たところよ。

仕事もビジー、頭もビジー、あなたの事が二の次になっても仕方ない。

でも、彼はあなたのことを心から大切に想ってる。あなたを見る眼差しで分かるの。

デザートのクレームブリュレを注文した後、あなたは中座して化粧室に行ったわね。その間にクレームブリュレが運ばれてきたのだけど、彼は自分のお皿とあなたのお皿を交換したのよ。『こっちの方がきれいに焼けて、美味しそうだから』って。

あなたは化粧室から戻ってきて、美味しい、美味しいと喜んで食べていたけど、彼がお皿を交換したことに気付きもしなかったでしょう。

そりゃあそうよね、私たちも気を利かせて言わなかったから。

彼、そういう人よ。

あなたの目に見えないところでいっぱい愛情を注いでる。

きっと自分でも気付かないほどに。

でも、あなたは不安と淋しさでいっぱい。彼のあなたへの眼差しは思いやりにあふれてるけど、あなたの目は、恋する目だわ。

だから、その愛が見えなくて不安になるの」

「愛が……見えない?」

「断言してもいいわ。あなたは恋してるだけ。本当に愛しているのは、むしろ彼の方よ。本人はそうは思ってないでしょうけど」

リズは信じられない思いでエヴァの顔を見つめた。

「たとえば、あなたの思い描く幸福は、彼があなたと結婚してここに定住し、名実ともにお父さまの右腕になることじゃない? 

咎めてるんじゃないのよ。

私があなたの立場でも、きっとそう望むから。

だけど、彼の願いはそうでなかったとしたら? 

それでもあなたは彼を応援することができる? 

たとえば、彼がステラマリスで大きな仕事のチャンスを得て、いよいよ故郷に帰るとなった時、それを心から祝福できるかということよ。

あるいは迷わず彼に付いて行くか」

「……」

「厳しいことを言うようだけど、あなたはそれを肯定できるようにならないと、自分で幸せを壊してしまうような気がするわ。どんなことをしても彼を自分の側に引き留めようとして、彼が嫌がるような振る舞いをしてしまうの」

リズが打ちのめされたように顔を伏せると、エヴァはリズのグラスにワインを注ぎ足した。

「あなたの恋はとても難しいと思うわ。彼は元々ここの人ではないし、あなたのお父さまとの社会関係もある。地位も影響力も何もかもが桁違いで、それだけでも普通のシチュエーションじゃないもの。でも、難しいからこそ、真実の愛に辿り着いた時の悦びは計り知れないんじゃない?」

リズがはっとして顔を上げると、エヴァは優しく微笑みかけた。

「応援してるわ。いつか必ず不安や淋しさに打ち克って、本物の愛を掴んでちょうだい。そうだ、一度、彼と一緒にローランド島にいらっしゃいよ。まだそこら中で工事してるけど、来春にはリゾートホテルやショッピングセンターが続々とオープンするし、レジャープールやアクアリウムも急ピッチで最後の工程が進んでいるわ。海岸も大半がリアス式で、ローレンシア島とは違ったダイナミックな風景が楽しめるわよ。もう一度、乾杯しましょう。あなた方二人の幸福な未来のために」

エヴァがグラスを差し出すと、リズもグラスをかち合わせ、祈るような気持ちでワインを飲み干した。

【リファレンス】 Set them Free 本当に愛しているなら、相手を自由にすること

Set them Free ~本当に愛しているなら、相手を自由にしておくことにも書いているように、相手に「こうなって欲しい」「こうして欲しい」を願うようになれば、必ずその関係は破綻します。

エロスがプシュケに対して怒ったのは、エロスのことを化け物と疑った事実ではなく、プシュケが不安に負けて、エロスの行動や言葉よりも、周囲の揶揄に耳を傾けた、その心の弱さに対してなんですね。その心の弱さは、愛の弱さでもあります。

昔から、女性が不安に負けて、愚かな振る舞いをする展開は物語の定番ですが、ギリシャ神話の時代から、こうした寓話を通して、男女の機微が語られてきたのは、なんとも興味深いです。

あわせて読みたい
エロス(クピド)とプシュケの物語 『蝶』は魂の昇華の象徴
エロス(クピド)とプシュケの物語 『蝶』は魂の昇華の象徴ギリシャ神話のエロスは恋の矢で過って自分自身を傷つけ、プシュケに一目惚れします。アポロンの神託を利用して二人は結ばれますが、エロスは自分の姿を決してプシュケに見せようとしません。不安に感じたプシュケはエロスの寝姿を覗き見、怒ったエロスは飛び去ってしまいます。エロスを恋い慕うプシュケはアフロディテの様々な難問に挑み、ついにはエロスと結ばれ、神々の仲間入りをします。プシュケの象徴は蝶、魂の昇華を表します。
目次
閉じる