ボルトを締める人の手にも意思がある

ボルトを締める人の手にも意思がある

ボルトを締める人の手にも意思がある

「ボルトを締める人の手にも意思がある」というのは、干拓型海洋都市『リング』のプレゼンテーション 価値ある仕事と社会の礎の本会議でヴァルター・フォーゲルが政府関係者と全市民に対して訴えかける言葉です。

「ボルトを締める人の手にも意思がある」と感じたのは、さる下請けの作業員が、自分の仕事に非常に誇りを持っていたからです。

これは昭和の時代、経営の神様といわれた松下幸之助や、おやじさんと慕われた本田宗一郎が、まだ存命だった頃の話です。

作業員は、松下電器(現・パナソニック)の下請け工場の金属加工に従事していました。

当時の親世代は、小学校卒も当たり前。

戦中もしくは戦直後、貧しい農村に生まれた子供は、七人も、八人も、きょうだいがいて、白いご飯も満足に口にできない日々。そこそこに大きく育てば、農作業や家業を手伝わされ、高等学校に進学するなど夢のまた夢。

そんな学歴では、就ける仕事も限られていますし、出世も到底望めません。

どれほど現場の知識や技術に優れても、一生、平社員で終わるのが宿命だったんですね。

しかも、当時の日本は、目覚ましいほどの高度経済成長を遂げ、高校進学は当たり前、普通の庶民でも大学に行ける時代になりました。

自分より後に入社してくる若手は、高卒、大卒、当たり前。

自分の背中を飛び越して、どんどん出世していきます。

自分より一回りも年の離れた工員を、大卒の主任が「呼び捨て」にすることもありました。

小学校卒というだけで見下され、バカにされて、それでも家族を養う為に必死に働かなければならない状況だったのです。

これはごくごく一部に限った話ではない、昭和30年代~40年代ぐらいまで、普通にあった光景です。

しかし、そんな彼等にも希望の星がありました。

それが経営の神様と呼ばれた松下幸之助、おやじさんと慕われた本田宗一郎、他にも、「小学校卒」で、経済の立役者となった人は少なくありません。今太閤と呼ばれた田中角栄も小学校卒からスタートした人です。(後に、商業学校や大学に進学して、勉学に励んでいます)

同じ小学校卒で、こんなに頑張っている人がいる。

サルだの、負け犬だのと、欧米列強からバカにされても、世界市場で互角に戦っている。

そういう姿が、同じような境遇にあった人たちの心の灯火となりました。

また、彼等も、貧しかった時代の苦労を忘れず、社員を大切にし、社会の手本となるような生き方を自らに課していました。

だからこそ、下も一所懸命に付いていったし、またそうした人の元で働けること、たとえ工場のラインで黙々とボトルを締めるような仕事でも、「松下」「HONDA」「SONY」といったブランドの一端を支えている・・という自負があったわけです。

世界に誇る MADE IN JAPAN の品質です。

だから、知り合いの作業員も、いつも言ってました。

「松下の製品のクオリティの高さは、中の機械を見れば分かる」

「お前ら(子供世代)の為に、ええもん、作ってるのや」

「日本は技術で栄える国だ。製品がその証だ」

もちろん、その作業員が、松下の製品の全てを一人で組み立てているわけではないですが、そういう気持ちだったのでしょう。

また、そした気魄が末端の一人一人にあったから、世界レベルのクオリティを作り出せたのだと思います。

たとえ有名企業でも、大資本の工場でも、「やる気ないわ」「やっても無駄だわ」「日本も、会社も、どうでもええわ」「事故? 知らんがな」..そんな工員ばかりなら、一人の天才的な技術者がどれほど頑張っても、質の向上も、世紀のイノベーションも、到底のぞめないと思います。

日本も、世界も、大きく様変わりして、上記のような時代は二度と戻ってこないし、そんな時代があったことすら忘れ去られていくでしょう。

ヒトも、モノも、使い捨てされるのが当たり前、お前らは黙ってボルトを締めてればいい(低賃金で)……という世の中になれば、さながら水の流れが岩を侵食するように、盤石と思われたものも、どんどん崩れていくと思います。

いいものは、知識や技術、創意工夫から生まれるのは確かですが、それを流通させるには、ボルトを締める人の手が求められます。

その手に、やる気も誇りもなければ、結果は火を見るより明らかです。

【小説の抜粋】 運命のプレゼンテーション

ペネロペ湾の開発案を問うアイデアコンペで一位に輝いたのは、下馬評どおり、世界的建築家フランシス・メイヤーの設計する円環の海上都市『パラディオン』だった。

しかし、一般市民の住宅地の確保もままならない中、富裕層向けのリゾート施設やレジデンスが優先されることに市民の不満はつのる一方だ。

一方、ヴァルターは、やむなく水上生活を続ける人々の為に、シンポジウムで発言したり、署名を集めたり、必死に動き回るが、相手は政治力と経済力が一体になった新興勢力であり、一市民の正義感でどうにかなるものではない。

そんな中、ついに恐れていた事故が生じ、市民の怒りは沸点に達する。

混沌とする社会の情勢に胸を痛めるリズも、海洋開発財団の理事として、方々に働きかけるが、逆にオリアナの罠にはまり、絶体絶命の窮地に立たされる。

全市民が見守る中、ヴァルターは干拓型の海洋都市『リング』の構想を掲げ、運命のプレゼンテーションに挑む。

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