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男同士の異色愛『エム・バタフライ』 ジョン・ローン 女装の耽美

目次

映画『エム・バタフライ』について

東洋の女が西洋の男に捨てられるからドラマになる

男が女を愛したら……

それも「西洋の男」が「東洋の女」を愛したとしたら……

その結末は、プッチーニの歌劇『蝶々夫人』(お蝶夫人ではない)に象徴されるように、最後はポイと捨てられて、女が自殺するものと相場が決まっている。

実際、白人男性に遊ばれ、捨てられる日本女性は少なくないし、国民性か、はたまた大和撫子の遺伝子か、Noと言えない日本女性が外国人男性にとって「都合のいい女」になりやすいのは事実だからだ。(女同士でも、油断すると、結構いいように使われたりする)

そうした、歴史的慣習(?)を打ち破って、「東洋の女」が「西洋の男」を破滅させた物語が、鬼才デヴィッド・クローネンバーグ監督の『エム・バタフライ』である。

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国家の信任を一身に背負い、北京のフランス大使館に赴任したエリート外交官のルネ・ガリマール(ジェレミー・アイアンズ)は、プッチーニの名作オペラ『蝶々夫人』のアリアを高らかに歌う、主演女優のソン・リリン(ジョン・ローン)に一目惚れし、彼女の出演する劇場に足繁く通う。

だが、貞淑な中国人女性であるソン・リリンは、簡単には身を許さず、それゆえに、いっそうルネは彼女に思い焦がれるようになる。

そんなガリマールに、ソン・リリンは言う。

チアリーダーの金髪娘が日本の小男のビジネスマンに恋をする。結婚後、男は妻を残し、帰国して三年。ケネディ家の求婚さえ断り、彼女は夫を待つ。やがて夫の再婚を知った彼女は自殺する。救いようもなくバカな女だと思うでしょ? でも東洋の娘が西洋の男のために死ぬと美しいわけね

エム・バタフライ ジョン・ローン

屋外劇で蝶々夫人を歌うソン・リリン(ジョン・ローン)。

立ち姿の美しさも筆舌に尽くしがたい。

エム・バタフライ ジョン・ローン

だが、ソン・リリンは、生物学的にはれっきとした“男性”であり、中国政府が使わした『女装スパイ』だった。

そうとも知らず、ソン・リリンの美しさにのめり込む、ルネ・ガリマール。

この世のものとは思えぬほど妖艶で、神秘的なクローネンバーグ監督の演出も素晴らしい。

エム・バタフライ ジョン・ローン

やがて二人は肉体的に結ばれ、激しく愛し合うようになる。

とはいえ、裸になれば、男性とばれるので、「中国の女性は慎み深いから、決して男性に肌を見せたりしないの。どうか、私の慎みを大切にして」とルネ・ガリマールを戒め、衣服を着たまま、起坐位で交わるという徹底ぶり。

だからこそ、ルネは余計で欲望を掻き立てられ、ソン・リリンを神秘の存在として崇拝するようになる。

一方、ソン・リリンも、愛を演じるうちに、演技と一体化し、私生活でも本物の女形と化していく。

この仕草など本物の女性より美しい。

エム・バタフライ ジョン・ローン

だが、時代は急変し、ソン・リリンは強制労働所に送られ、ルネとも離ればなれになってしまう。

彼女の愛を信じ、辛抱強く待ち続けるルネに突きつけられたのは、逮捕状と、ソン・リリンが『中国の男性スパイ』という驚愕の事実であった。

逆転した『マダム・バタフライ』の悲劇

映画では、まずルネ・ガリマールがスパイ容疑で逮捕され、次いで、証人として、ソン・リリンが法定に出廷する。

二人は同じトラックで護送されるが、裏切られた悲しみに、ルネは彼の顔を見ようともしない。

すると、彼は、ルネに当てつけるように衣服を脱ぎ、「オレの裸を見ろ」と迫る。

「どうだ、見ないのか? 見たかったんだろう?」

エム・バタフライ ジョン・ローン

エム・バタフライ ジョン・ローン

だが、ルネはきつく目をつぶって、彼の裸体を見ようとしない。

すると、彼はルネの手を取り、「どうか、昔を思い出して。あなたの愛したソン・リリンよ……」と優しい声で囁きかける。

トラックに乗った時は毅然とした男性の顔をしているが、次第に女性の表情に戻って行く演技が素晴らしい。

さすが清の皇帝・溥儀の生涯を描いた大作『ラストエンペラー』でアカデミー主演男優賞を受賞しただけのことはある。

エム・バタフライ ジョン・ローン

だが、ルネは顔を背けて、うずくまり、「なんて醜いんだ。私の愛したソン・リリンは完璧な女性だった。お前は断じて、ソン・リリンではない」と冷たくあしらう。

エム・バタフライ ジェレミー・アイアンズ

あの激しい愛が二度と戻らぬことを知って、涙を流すソン・リリン。

この場面の演出は白眉のものです。

エム・バタフライ ジョン・ローン

裁判の結果、ルネ・ガリマールは、中国スパイに加担した罪で刑務所に送られ、狂気の中に生涯を終える。

愛する男に捨てられ、破滅する女、エム・バタフライは「私自身だった」と告白して。

※ ネタバレになります。興味のある方だけ御覧下さい。

こちらが映画のトレーラー。

ちなみに、この物語は『実話』である。

私が映画館で購入したパンフレットによると、外交官男性は、刑期を終えて釈放され、今も某国でひっそり暮らしているという(公開当時)。

女装した中国人スパイは、疑いようのない『完璧な女』であり、性交も可能だったそうだ。

現実に、そんな事が有り得るのか、一般人には窺い知れないが、映画では、ソン・リリンが中国女性(東洋女性)のたしなみを説き、彼の前では決して衣服を脱がず、秘所に触れさせることもない。

それがいっそう男の情欲を掻き立て、女性の神秘性を増す……という演出。

実際、母国に帰れば妻帯者、在留許可欲しさに、外国人女性を騙して二重婚とか、普通にありますので、「何かおかしい」と感じながらも、それ以上に情が勝って、夫婦関係(性的関係)を続けていたところもあるのではないでしょうか。

クローネンバーグ監督と異形愛

クローネンバーグ監督といえば、異形のキャラクターが特徴で、傲慢な天才科学者が、物質転送に過って、自分とハエを細胞レベルで融合し、奇怪なハエ男に変身した挙げ句、嫉妬に狂って、自らも破滅してしまう『ザ・フライ』(『ジュラシック・パーク』でユニークな数学者マルコムを演じ、一躍スターダムに駆け上がったジェフ・ゴールドブラムの出世作でもある)といい、双子の外科医が一人の女性を愛し、やがて精神に異常をきたして、とんでもない行為に及ぶ『戦慄の絆』(オチは言えません・・)といい、特殊な美意識の持ち主でもある。

クローネンバーグの描く『異形』は、時に、グロテスクで、滑稽だ。

本人たちが大真面目なだけに余計で、一般社会から理解されない哀しさや孤独が際立つ。

だが、クローネンバーグのドラマを見ていると、実は、一般社会の方がグロテスクで、冷酷ではないかと思ったりもする。

それが監督の狙いとしたら、『異形』こそ、人間と社会の真実を映し出す鏡なのかもしれない。

AmazonプライムとDVDについて

残念ながら、この作品は日本ではDVD化されていませんが、Amazonプライムで鑑賞できます。

エム・バタフライ Amazonプライム

DVDはインポートのみです。

M Butterfly [DVD]
出演者  Jeremy Irons (出演), John Lone (出演), Barbara Sukowa (出演), Ian Richardson (出演), David Cronenberg (監督)
監督  
定価  ¥2,011
中古 6点 & 新品  ¥1,948 から

1964年、北京。フランス大使館の外交官ルネ・ガリマール(ジェレミー・アイアンズ)は、ある夜会で『蝶々夫人』の公演を見た時、舞台の主演女優ソン・リン(ジョン・ローン)に釘付けとなる。
フランスの外交官とその中国人の愛人の数奇な恋を、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』になぞらえて描いた異色のラブ・ストーリー。ブロードウエイでトニー賞に輝き、世界30カ国以上で上演されたデイヴィッド・へンリー・ホァングの戯曲(実話に基づく)を彼自身が脚色、「裸のランチ」のデイヴィッド・クローネンバーグの監督で映画化。

「セックスまでしながら、ホントに相手が男だって気付かなかったの? いったい、どうやって……???」と、突っ込みを入れたくなるような映画だが、正真正銘の実話であり、主人公の男性は『私は今でもソン・リンを愛している。彼女は私にとって永遠の女性だ』(パンフレットより)と言い切っているそうだ

ともかくジョン・ローンが化けも化けたり、その美しさたるや、ハリウッドの大女優も顔負けである。

日本では、独立系の映画館で上映され、メジャーな扱いではなかったが、劇場には意味深なおばさま方がたくさん詰めかけていたのが今も記憶に残っている。(観客の大半は女性だった)

作品のテーマは、「東洋の娘が西洋の男のために死ぬと美しいわけね」というソン・リリンのセリフが全てを物語っている。

これは、恋に形を借りた東西文化のカルチャーショックであり、戦時下のロミオとジュリエットなのだ。

性愛の場面は、生理的に苦手な人もあるかもしれないが、耽美派の女性なら十二分に満足のいく秀作。

ジェレミー・アイアンズは、愛に破滅する中年男(それもエリート)を演じさせたら世界一ですね。

類似の作品に『ロリータ(ナボコフ原作)』『ダメージ(息子の婚約者と三角関係になる愛憎劇。ジュリエット・ビノシュの官能美が素晴らしい)』があります。どちらも、ジェレミー氏らしい、耽溺と背徳が堪能できます。

デイヴィッド・ヘンリー・ウォンの原作・翻訳版はこちらです。
M.バタフライ  
David Henry Hwang(著)吉田 美枝 (翻訳)

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初稿 2010年4月28日
加筆修正 2020年6月13日

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