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マリー・アントワネットの『デッドマン・ウォーキング』 ~マリア・テレジアの娘として死す

2020 7/01
目次

【ベルばら漫談】 マリー・アントワネットの『デッドマン・ウォーキング』

ポーランドでは1997年に死刑制度が廃止されていますが、今年の9月になって、10月10日を「死刑に反対する欧州デー」にしようというEU議長国の提案に対し、拒否権を発動したことで問題になりました。

もちろん、この拒否は死刑制度の復活が目的ではなく、安楽死や中絶といった生命の尊厳に関わる重要な問題について考える「生命擁護の日」とするべきだというのがポーランド大統領の主張で、こうしたトピックを強調することで、意見を違える国内政党を牽制する意味もあったようです。
何にせよ、EU全体が死刑廃止で一致しているのは今後も変わらないでしょう。

死刑と言えば、日本でも様々な議論がなされていますが、このテーマについて真っ向から取り組んだのが、スーザン・サランドンがアカデミー主演女優賞を獲得した映画『デッドマン・ウォーキング』(95年)です。若いカップルを射殺しながら「オレは無実だ。社会が悪い」と過激な主張を繰り返し、まるで反省の色のない死刑囚のマシューと、彼から助力を求める手紙を受け取った修道女ヘレンの切実なやり取りが心を揺さぶります。

「デッドマン・ウォーキング」とは、死刑囚が独房から処刑室に連行される際、看守が周囲に宣する言葉で、「死刑囚が行くぞ!」という意味です。
本作では、実際アメリカで行われている毒物による処刑の様子がそっくり再現されており、果たして凶悪犯に対して死刑を執行することが真実の解決となるのだろうか……という問いかけがなされています。

最近では、某国の元大統領が絞首刑にされる模様が世界中のメディアで放送されましたが、私には一種の見せしめのように思えましたし、あのように人ひとりの命を断ったところで、即時に平和が実現されるかと言えば決してそうではなく、罪を犯したものは犯したなりに、生きて為すべきことがあるのではないかと考えさせられることしきりです。

「ベルばら」では、ルイ16世の処刑をめぐる議論の中で、「祖国が栄えるために、ルイは死ななければならない」というセリフがあります。
これは池田理代子先生の創作ではなく、死の大天使と恐れられた革命家サン・ジュストの言葉として歴史に残っているものですが、私はこのセリフだけはどうにも受け入れられなくて、今でもこの箇所は飛ばして読んでいます。いかなる理由があれ、この世に「死ななければならない」人間など無いと思うからです。

しかし、ほんの200年ぐらい前にはこうした考えがまかり通って、しかも死そのものを見せ物にしていたのですから、恐ろしいというか、情けないというか、同じ人の世には思えないですよね。
が、一方で、そうした過去を経て、「死刑」以外の道を模索しているEU諸国の動きを見ていると、人も社会もゆっくりではあるけれど進化してゆくものなのかな、と感じます。

フランス革命では、ルイ16世に続いて王妃マリー・アントワネットも処刑されましたが、ハプスブルグ家の皇女に生まれ、栄耀栄華を極めたフランス王妃から一転、罪人として両手を縛められ、髪をばっさり切り落とされて、ボロボロの馬車で処刑広場に連れて行かれたマリーの心中はいかなるものだったでしょう。彼女の胸に去来したのは、美しかった日々か、あるいは後悔か、普通の人間には到底計り知れません。

しかし、「マリア・テレジアの名を恥ずかしめぬ立派な女王として死を待ちます」という言葉通り、恨みもせず、泣きわめきもせず、潔く断頭台に立ったことを思うと、マリーの胸には最後まで敬愛する母の面影があったにちがいありません。
若かりし頃は一度としてその忠告を受け入れず、年老いた母を死ぬまで嘆かせたマリーですが、天国で再会した時には、マリア・テレジアも「よく頑張ったわね」と娘の肩を優しく抱きしめたことでしょう。

EU諸国ではもう何年も死刑が執行されていないと言います。
死刑の是非は、幾多の歴史的悲劇を知る現代人に託された、大きな課題の一つであるといっても過言ではありません。

映画「デッドマン・ウォーキング」について

「バットマン」や「シザーハンズ」でお馴染みの個性派監督ティム・ロビンスによる実話に基づいた渾身の一作。メイクアップ無しでシスター・ヘレンを演じたスーザン・サランドンはアカデミー主演女優賞を獲得し、一時期ハリウッドのお騒がせ男としてスキャンダルの絶えなかったショーン・ペン(マドンナの元夫)が、最後は神の愛に目覚めて人間としての良心を取り戻す死刑囚を熱演しています。
こちらにレビューを書いていますので、興味のある方はどうぞ。

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死刑制度は本当に遺族と社会を救うのか ~映画『デッドマン・ウォーキング』
死刑制度は本当に遺族と社会を救うのか ~映画『デッドマン・ウォーキング』死刑囚の精神的アドバイザーを務めるシスター・ヘレンは、死刑宣告されたマシューと面会するうち、死刑が本当に解決策なのか疑問を抱くようになる。一方、我が子を殺された遺族は激しい憎悪をつのらせ、死刑にすべきとの態度を崩さない。死刑囚と遺族感情の間でヘレンは苦悩しながらも、最後までマシューに寄り添うことを決意する。

原作は、死刑廃止論者で、死刑囚の精神アドバイザーとして活躍するシスター、ヘレン・プレジャン女史の著書「デッドマン・ウォーキング(中神由紀子:訳 徳間文庫)」です。

ベルばらKidsプラザ『東欧ベルばら漫談』について

この投稿は2007年~2008年にかけて”優月まり”のペンネームで『ベルばらKidsぷらざ』(cocolog.nifty.com)に連載していた時の原稿です。サイト内の『東欧ベルばら漫談』の一覧はこちら

ベルサイユのばら 第9巻より

本編の第二のクライマックスです。
大人になって、いろいろ学ぶと、本当にマリー・アントワネットは処刑されなければならなかったのか、疑問は残りますね。
ほとんど見せしめだったのではないかと。
オーストリア女 ~異国の女として生き、異国の女として死す~にも書いてるけど、国の情勢が傾けば、敵意は外国人に向かうのかもしれません。

ベルサイユのばら マリー・アントワネット

ベルサイユのばら マリー・アントワネットの処刑

こちらは映画の処刑場に向かう場面です。斬首の瞬間は子供の玩具遊びに置き換えられています(良心的)
ここまでする必要があったのか……今では人道的に考えられないですよね。

こちらの巻に収録
ベルサイユのばら (9) (マーガレットコミックス (148))

映画『デッドマン・ウォーキング』について

上記でも紹介していますが、マドンナの元旦那で、スキャンダルの絶えなかったショーン・ペンが死刑囚マシューを全力で演じる良作。
マシューのいい加減な言動に翻弄されながらも、遺族と向かい合い、死刑という事実に全力で向かい合うシスター・ヘレンをスーザン・サランドンが演じ、見応えのある社会派ドラマに仕上げています。

原作は、映画と少し異なり、アメリカの死刑事情なども詳しく記述されています。

 デッドマン・ウォーキング (徳間文庫) (文庫)
 著者  ヘレン プレジャン (著), Prejean,Helen (原著), 由紀子, 中神 (翻訳)
 定価  ¥78
 中古 9点 & 新品   から
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