映画『ミスト』は何を伝えたいのか
モンスターと逃げ惑う人々
激しい嵐の後、湖のほとりに棲むデヴィッド・ドレイトンは、8歳の息子ビリーを連れて、地元のスーパーマーケットに出掛ける。
だが、買い物の途中、店の外では、パトカーや救急車のサイレンの音が鳴り響き、一人の男性客が『霧の中に何かがいる」と叫びながら、店内に逃げ込む。
買い物客は店内に閉じこもり、霧の中に潜むモンスターから身を隠していたが、一向に救助は訪れず、一人、また一人と、モンスターの犠牲になる。
このままでは飢えて死ぬか、モンスターの餌食になるか。いずれにせよ、助かる道はないと悟ったデヴィッドは、息子のビリーと、店内で親しくなったアマンダ、ダン、アイリーンを連れて店外に脱出し、車に乗り込む。
だが、行けども、行けども、霧は晴れず、眼前には巨大な怪物が迫っている。
やがて車のガソリンも無くなり、逃げる手立ても失ったデヴィッドは、ついに最後の手段に出る……。
*
2007年に公開された、フランク・ダラボン監督の映画『ミスト』(The Mist)は、「ラストが悲惨」という噂以外、何の予備知識も持たずに見始めました。
どうやら、「霧の中から何かがやって来る」モンスター系ホラーらしいので、私はてっきり、ジョン・カーペンター監督の『ザ・フォッグ』のリメイクと思っていたら、スーパーマーケットに閉じ込められた人々が互いに疑心暗鬼になるわ、「神の怒りだ、黙示録だ」と騒ぎ出す、映画『キャリー』のおかんみたいなオバハンは登場するわ……どうも、ジョン・カーペンターのおちゃらけホラーとは様相が違う。
このノリはもしかして……と、鑑賞中に制作者をネットで調べてみたら、原作=スティーブン・キング。
また、お前か (-.-)y-~~
そう、B級パニック映画の様相を呈しながらも、実質的には人間心理の暗部を描いた陰鬱なドラマで、金髪の半ケツ姉ちゃんに襲いかかる人喰いザメより、聖書片手に狂いまくるオバハンの方が、よっぽど神経に障りますがな。
地獄というなら、店内で繰り広げられる鬱々とした人間同士のやりとり、そのもの。
デヴィッドが「脱出しよう」と決意するのは、霧の中の怪物のみならず、あの場に居合わせた人々の社会でもあると思います。
疑心と恐怖に煽られながらも、自ら動く勇気は持てず、その場に囚われて、自滅を待つだけの現実です。
そうして、デイヴィッドと息子、彼と親しくなった三名は、どうにかTOYOTAのランドクルーザーに乗り込み、行ける所まで走り続けますが、霧の中でついにガソリンが尽きて、希望は絶望に一変します。
そんな彼等に追い打ちをかけるように、巨大な怪物が彼等の頭上をのっそり横切り、もはや逃げ道はないことを思い知らされる一行。
彼等の手の中には、一丁の拳銃と四発の弾丸が残され、もはや何も言う必要はありません。
おじいさんとおばあさんが言います。
できる限り努力した。
誰も否定できない。
そうね。誰も否定などできないわ。
この場面、英語では次のように語られています。
Nobody can say we didn't.
Nope.
Nobody can say that.
直訳すれば、「我々だて、奴らに一発、お見舞いしてやった。我々が何もしなかったなど、誰が言えるのか」「ええ、そうよ、誰にも言えないわ」。
a good shot には、反撃、忍耐、決断、勇気、いろんな意味が含まれます。
ただ状況に流されるのではなく、我々だって、必死に戦ったのだと。
だから、ここで自ら死を選んでも悔いはない。
その事について、誰も、弱虫とか、愚かとか、責めることはできません。
本当にその通りです。
だから、おじいさん達の死に顔も、決して苦痛に歪んではいません。
納得した気持ちで逝けたことを表しています。
もちろん、若い主人公や、巻き添えになった子供の身になって考えれば、デイヴィッドはもう少し頑張るべきだったし、どんな状況であっても、死を選ぶべきではないと思うかもしれません。
でも、そんな事は結末を知っている人間だから言えることで、実際に自分がその場に居合わせれば、何が正しくて、何が間違いかなど、判断を下すことはできないでしょう。
ただ一つ、確かなのは、どんな状況でも精一杯力を尽くせば、たとえ思わぬ結果になったとしても、良い意味で諦めがつく、ということ。
霧が晴れて、向こうから戦車が現れた時、まさに人生はかくの如し――と感じた人が圧倒多数ではないでしょうか。
私たちは皆、デイヴィッドやアマンダ達と同じ。
訳も分からず、霧の中を走り続けて、その結末は、誰にも分かりません。
いつかこの霧が晴れて幸せになるよう、一縷の望みに懸けるばかりです。
でも、おじいさんとおばあさんの視点に立てば、必ずしも霧の向こうに辿り着き、万歳三唱するだけが人生でもない、と思うのですよ。
要は、いかに戦うか。
そして、納得するかが重要で、たとえ惨めに負けたとしても、誰に責められることでもありません。
私たちは自ら選び取り、生きていくだけ。
それだけでも十分価値があるのではないかと、彼等の死に顔を見ながら思った次第です。
ちなみに、私はスーパーに取り残された人達も助かって欲しいと思っています。
多分、それが普通の人間の姿であり、彼等にもまた幸せになるチャンスはあるのですから。
※ 霧の中で、待ち受ける運命を悟る。
※ 我々は十分に戦った。
※ 誰にも彼等を責めることはできない。
この作品には、良い意味で騙されました。
最後は、霧の中をひた走るスティーブン・キングの原作も、いつか機会があれば読んでみたいです。
出演者 トーマス・ジェーン (出演), マーシャ・ゲイ・ハーデン (出演), ローリー・ホールデン (出演), アンドレ・ブラウアー (出演), ネイサン・ギャンブル (出演), フランク・ダラボン (監督), スティーヴン・キング (原著), フランク・ダラボン (プロデュース), フランク・ダラボン (脚本), トーマス・ジェーン (Unknown)
監督
定価 ¥13,310
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スティーブン・キングの原作