ガッデム! 料亭『みやこ』-カラマーゾフの迷宮-

先行き不透明な時代に、人生を懸けて、人類救済の処方箋を書いた作家は三人いる。

私の中では、ニーチェ、マルクス、ドストエフスキー。

突き詰めれば、いかに生き、いかに変革するか、という話なのだけど、それでも時代背景や文化が違うと読み解くのも一苦労だし、すぐには共感しえない部分もある。「いわば賃上げ交渉みたいなもんだよ」と今風に喩えてもらえば、ああ、そうか、と納得もするけど、古典はなかなかそういう流れにならないからね。

で、はばかりながら、私の方で「現代風の喩え」というのをやっているのだが、それにしても料亭『みやこ』(原卓也訳では『都』)の場面は長い上に、抽象的な話が多く、理解するのが難しい。キリスト教の概念は理屈で分かっても、当時、ロシアを覆っていた雰囲気、先行き不透明な時代の不安、庶民の失望と信仰、そういったものがリアルにイメージできないからだ。

先行き不透明といえば、現代もそうだが、カラマーゾフのそれはロシア革命前夜、西欧から自由主義や民主化、産業革命がどっと流れ込み、我が帝政ロシアも……と、地の底からうずうずするような雰囲気だったろう。それはニコライ二世を退位させ、一気に社会主義革命に傾くほどのマグマだまりだったと想像する。

で、ちと相性の悪かった原卓也訳から現代風の江川訳に乗り換えて、だいぶ理解が進んだが、それでもやっぱり料亭『みやこ』の場面、アリョーシャとイワンが信仰について語り合う、大審問官のエピソードは、どこに心を添って読めばいいのか分からない。アリョーシャの側か、イワンの側か、あるいは超越的な視点か。

この足の置き場のない論議こそが、当時のロシアの雰囲気であり、ドストエフスキーの狙いなのかもしれないが、よくこんなものを書いたな、とつくづく。

しかし、人生最後に、この境地に辿り着くというのも味わい深く、青年期から心に抱えていたもやもやが一気に形を表し、アリョーシャ、あるいはイワンの言となって、力強く語る印象だ。

今、改めて読み直す意義は何かと問われたら、自身の読書歴の総決算だからだ。

私はあれもこれも乱読するのではなく、気に入った一冊を何度も読み返すタイプで、決して手本のような読書家ではないが、好きな本と一緒に生きてきた満足感と感謝の念は海のように深い。

カラマーゾフはいつか精読したいと願っていた一冊なので、この機会、多くを得られるよう願っている。

まあ、そんでも、料亭『みやこ』の場面は苦心しますわ(´。`)

その分、最後まで完走した悦びは何にもまさるのだろうけど。

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