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幸せとは新しい価値観を受け入れること ~幸せになるのが怖い人へ

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【心のコラム】 幸せになるのが怖い

幸せになるのが怖い人がいます。

望みの幸せを手に入れて、笑っている自分が想像つかないのです。

何かが上手く行きそうになると、自分からわざわざ不幸の種を蒔いて、不幸の中に身を投じます。

そして、相変わらず、辛いわ、悲しいわ……と嘆くのです。

恐らく、幸せになるのが怖い人は、「自分など幸せになる価値もない」と思い込んでいるのではないでしょうか。

十分その資格があるのに、自分が信じられないんですね。

本作に登場するヴァルターは、大洪水で最愛の父親を失い、自分だけが生き残ったこと、そして、故郷の仲間は揚々と復興ボランティアに励み、仕事も私生活も順調なのに、自分だけが道を誤り、仕事も私生活もどん底に落ちたことを恥ずかしく感じています。だから、恋人ができてもよそよそしいし、新しい仕事も心底から打ち込むことができません。全ては幸せになるのが怖いからです。

そのことをマックスの奥さんのエヴァに指摘されますが、受け入れられないまま、ずるずると結論を引き延ばし、とうとう自分で幸運の芽を摘んでしまいます。

実はこうしたコンプレックスは誰の中にも潜んでおり、最大の敵は自分自身と言われる所以です。

誤った思い込みは、人間関係のみならず、仕事も、社会生活も、何もかもぶち壊してしまうのです。

【小説の抜粋】 幸せとは新しい価値観を受け入れること

このパートは『海洋小説『曙光』(第三章・海洋情報ネットワーク)』の抜粋です。作品詳細はこちら

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「君はどうして建築デザイナーに?」

「よくある話よ。中学生の時、バレーボールの試合中に膝を痛めたの。手術自体は簡単だったけど、退院してからが大変。高さ一〇センチの間仕切りさえ足につかえるし、たった五段の階段の上り下りも一苦労。バスルームでは身体を支えるだけで精一杯だし、トイレで便座に掛けるにも何分とかかってしまう。それまで何気なく暮らしていた家が一転して障害物の箱になったの。それを機に、デザインって何だろうと考えるようになったのわ。その翌年には祖父が脳梗塞で倒れて、左半身に軽い麻痺が残り、家の中を移動しやすいようにリフォームすることになった。担当の建築士がとてもいい方で、毎日話を聞くうちに自ずと進路も決まったわ。大変だけど、やり甲斐のある仕事よ。人の暮らしに直結することだしね」

「いい話だね」

「あなたはどうするの? もう潜水艇のパイロットには戻らないの?」

「分からない。パイロットといっても俺の技能はプロテウスに限られるし、世界中、どこにでもある船じゃない。航海士の資格も持ってるが、実際に運航業務に携わったことはないから、どのみち一から出直しになる。とりあえず今手掛けていることが一段落したら改めて考えるつもりだ」

「海洋情報データの共有サービス……だったわね。それも規模の大きな話ね。それなら、ここに永住する心づもりなの」

「分からない。そこまで考えたこともない」

「でも、現実的な話、もしお嬢さんと一緒に生きていくなら、ここに永住する以外ないんじゃないの?」

「……」

「どうしても故郷に帰りたいの?」

「それが一番の願いだった。簡単に割り切れるものじゃない」

「でも、今更帰ったところで何があるの? まだ工事で揉めているのでしょう。あなたが顔を出せば、また一悶着起きるわよ」

「……」

「私には、あなたがわざと嵐の中に身を置いているようにしか思えない。でも、それは本当にお父さんの望みかしら。私が親なら、今手にしているもので幸せになって欲しいと願うわ。お父さんが不幸な亡くなり方をしたからといって、あなたまで不幸になる必要はないのよ。それとも幸せになるのが怖いの?」

「楽しいことだけ考えて、安らかに暮らしたい気持ちは皆と同じだ。何かあっても見て見ぬ振り、自分には関わりの無い事と割り切って生きていけたら、どれほど楽かしれない。だが、それは俺の生き方ではないし、父の教えとも違う。そこから離れたら、自分自身でなくなってしまう」

「あなたは新しい価値観を恐れているんじゃない? 幸せになるということは、新しい考え方を受け入れることよ。『こうあるべき』という先入観をリセットして、今まで考えもしなかった生き方を選択するの。それはあなたにとって不安を伴うかもしれないけど、もしかしたら、その中にこそ本当の救いがあるかもしれない。あなたにとっても、お父さんにとっても。少なくとも、嵐の記憶にがんじがらめになって、一生棒に振ることは望んでないはずよ」

「父さんは俺の指針だ。忘れるなんてできない」

「ええ、分かってる。でも『忘れずにいること』と『その中に閉じてしまうこと』は別でしょう?」

彼ははっと顔を上げた。

なぜかしら脳裏に『リング』が浮かび、いつも船室に閉じこもって描き続けた日々が思い出された。

「あなたを励ましに来たのに、私までお説教になっちゃったわね。でも、ほんの少しでも考えてくれたらと思うわ。あなた、いい素質を持ってるし、このまま思い出に埋もれて終わってしまうのは勿体ないから」

「いいんだ、エヴァ。俺にも君の言わんとすることは分かる。ただ、今すぐ気持ちを切り替えられるほど俺は器用じゃない。そういうところが損してるのかもしれないが、こういう性質は理屈で変えられるものじゃない」

「そんなあなたでも『好き』と慕ってくれる女性があるのよ。これから少しずつ変わればいいじゃない」

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