ビリー・ジョエルのニューヨークの想い『New York State of Mind』

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インターネットの無い時代、いかに私たちは優れた音楽と出会ったのか

ジャズでもクラシックでも、若い、多感な頃に聞いておくべき曲がある。

しかも、それをリアルで体験できるのは、非常に幸運なことだ。

『70年代 懐かしのヒット曲集』のような形ではなく、そのアーティストがのりにのっている時に、最新のヒット曲として楽しめるからだ。

SNSのシェアやSpotifyのリコメンド機能で、曲の存在を知って、聴いてみたらよかった……というのではなく、海の向こうで、洋楽の天才たちが、彼らの工房で火花を散らしながらノミを振るう、生き生きとした息づかいを身近に感じるのは格別である。

私にとっては、ザ・ポリスやホイットニー・ヒューストン、ボズ・スキャッグスやホール&オーツがそうだった。

今みたいに情報の間口が広くない時代、土曜の午後にスイッチを入れるFM大阪の洋楽ベストテンで、彼らの最新作を耳にする度、どれほど胸が高鳴ったことか。

それこそ、ファンブログも、ツイッターも、クリック一つで芸能ニュースがチェックできるポータルサイトなんてものすらなかった時代だもの。

海の向こうの天才と出会うには、FMラジオから流れてくる音源だけが頼りだった。

それに、海外の大物アーティストと言えば、遠い惑星の王子さまかお姫さまみたいなもので、『存在は知っているけど、どんな人たちかは分からない』。

何故なら、今のアーティストみたいに、SNSで自ら発信することもなければ、プロダクションの公式サイトにインタビュー記事が載ることもなかったからである。

だから、余計で、洋楽ベストテンに登場する彼等の最新作は、現代のウェブサイトが放つどんな新着情報よりエキサイティングで、感動も大きかった。

FMラジオ少女だった私 -エア・チェックとカセットテープとクロスオーバー・イレブン-」にも書いているように、iPodやモバイルで好きな音楽を外に持ち出す術もなかった私には、まさに夢のひと時だったのだ。

そんな中高時代、思春期の性腺を大いに刺激し、大人への憧れを掻き立てたのがビリー・ジョエルだ。

「ガラスのニューヨーク」「マイライフ」「素顔のままで」等々、FM番組御用達だったビリーの音楽は、『タバコの煙るジャズ・クラブ』や『木枯らしの中、恋人達が肩を寄せ合い、ささやき合うニューヨーク』など、未だ見ぬ大人の世界を思わせ、目眩がするほどロマンティックだった。

特に、洋楽史に残る名曲と言われる『New York State of Mind』を初めてラジオで耳にした時の衝撃は今も忘れない。

翳りのあるバラードに、夕焼けを思わせる甘美な歌声。

私鉄の車窓に、夕陽を照り返す摩天楼が、流れるように去って行く――そんな見たこともないニューヨークの情景がありありと瞼に浮かんだ。

「あまりの美しさに胸がしめつけられる」とはまさにこのことだ。

息をするのもはばかられるような、極上の瞬間だった。

世の中に、この曲に心を動かされない人間なんているのかしら──?

中学生の私には、サビの部分が「雨のニューヨーク・シティ・ザ・ナイト」と聞こえて、雨の街を謳った曲だとばかり思っていましたが。

実際の歌詞はもっと深い。

ちなみに、正解は、I'm in a New York state of mind です。

こちらのサイトに詳しい説明があります。

http://rock.lovesick.jp/english/billy.html 
Rock'n Roll English

主張したいアーティストと感動したい聴衆の差異

ビリーもそうだけど、この頃のヒット曲の特徴は、『Aメロ→Bメロ→Aメロ』という黄金律を踏襲して、それもキャッチな「さび」の部分でお決まりのように盛り上がる、という点だ。

いわば、「お前ら、ここで泣けよ!」と言わんばかりの確信犯的な曲作りで、いつの間にか始まり、いつの間にか終わってしまう、今時のヒット曲とは根本からエンターテイメント精神が違う。

だから聞く側も、「来るぞ、来るぞ~、キターーッ」って感じで、自ら曲に呑み込まれてゆく。

ああ、今回もこのプロデューサーにしてヤラれたと、カマされたような気持ちになることもある。

『New York State of Mind』の場合、「state of mind」と同時に入るサックスのソロとか、「day by day」のバックに流れるチャララララ~のストリングスとか、ラストの「雨のステート・オブ……(沈黙)マ~~ィン」の溜めの部分。

そりゃもう、クールに分析すれば、こっぱずかしいほどの確信犯的演出で、「いかにも」な盛り上がりに辟易する人もあるかもしれない。

でも、これこそ大衆文化の醍醐味だ。

誰もが容易に理解できて、なおかつ一様に感動できる「サビ」があるからこそ、私たちは安心して曲の中に入っていけるし、これぞ世界のベストテンと納得することができるのである。

対して、昨今は、見た目だけ新しい流行歌に感動のツボを外されて、消化不良になることも少なくない。

最初から最初まで、どろーんと平坦で、曲の構成もAIのやっつけ仕事みたいに単調で。

作り手にしてみれば、自分たちこそ新しいつもりかもしれないが、多くの聴衆は「来るぞ、来るぞ~、キターーッ」という黄金律を求めていて、アーティストの自己主張が聞きたいわけじゃない。

たとえ、それが手垢の付いた手法でも、盛り上がるべきところで盛り上がって欲しいのだ、こちらの期待した通りに。

ある意味、ヒット曲とは、聴衆とアーティストとプロデューサーの共犯関係だ。

曲が出来る前から「感動のツボ」は決まっていて、その先、どのように展開するか、聴衆にもあらかた予想はつく。

そうと分かっていて、聴衆はその手管にのっていくのだ。

そこに自分の求める感動があると分かっているから。

なのに、誰にもでも分かる音楽はダサイと言い出して、アーティストやプロデューサーだけが一人歩きしたら、聴衆はどうなるのか。

理解不能な音楽が溢れかえって、音楽に失望しないか。

「こんなものを作りたい」という野心的な試みは分かるけど、私たちの感動のツボが何所にあるか、本当はみんな知っているはずでしょう?

だったら、そこに帰ろうよ。

ダサイなんて言わずに、もう一度、暗黙のルールに乗っかってよ。

そうしたら、私たちは安心して聴くことができる。

巧妙な脚本に、自分の心をのっけて、音楽の中に入っていけることができる。

アーティストやプロデューサーの自己主張は、もう十分。

聴衆は、あなたの理解者になりたいわけじゃない。

ニューヨークの想い : 大人も帰って行ける場所

最初から最後まで短調で、心にも記憶にも引っ掛からないようなヒット曲が蔓延する中、ビリーさんのように、大人も故郷に帰って行けるような音楽は本当に貴重だし、そういう音楽を、多感な少女期にライブで体験できたことは大きな心の財産だ。

「たかが洋楽」かもしれないけれど、本当に聞く価値のある音楽は、単なる趣味を超えている。

そして、それはiPodに入れて持ち歩かなくても、いつでも心の中で再生して、味わうことができるのだ。

※(筆者・注) 初稿は2010年で、スマホが普及する以前の話です。今なら音楽配信のプレイリストですね

ビリーさんのその他のヒット曲

イタリアン・レストランにて

イタリアン・レストランにて【Scenes From An Italian Restaurant】

これも「キターーー系」の名曲。「来るぞ、来るぞ」のノリで『なき』に突入するスピード感がいい。

洋楽好きな女の子で「ピアノを弾く男性」に憧れない人って、いるのかね?

このピアノソロだけでも聞く価値あるよ。絶妙。

ビリーさんに惚れたもう一つの理由は、私がクラシックな弾き方こそ「絶対」と思い込んでいた点にある。

「粒を揃えて、均等に」というのが基本中の基本だったから、この曲のソロみたいに、まるで鍵盤をひっくり返したようなポップな弾き方って、けっこう衝撃的だったのだ。
「ああ、こういう弾き方でもOKなんだ」って。別の意味で感動した。

素顔のままで

素顔のままで 【Just the way you are】

70年代女子が「彼氏と聞きたい曲」のナンバーワン・ラブソング。

「僕を喜ばせようとして 君を変えないで。流行のファッションを身につけたり、髪の色を変える必要もない。ありのままの君を愛しているんだ」という、泣かせどころ満載のバラードだ。

中学生の時、英語の時間にこの歌詞を勉強した。女の先生が照れ照れしながら意味を教えてくださったのが今も記憶に残る。
その時、一緒に勉強したのが、やはり当時のヒット曲「Honesty(オネスティ)」。
ビリーの曲は歌詞が分かりやすいから、というのが教材に選んだ理由だ。同じ理由でビートルズも勉強した。
今思えば、洒落た先生だったな。

ビリー・ジョエルの歌う現代人の孤独

それにしても……

New York State of Mind は、どうしてこう心の奥深くに響いてくるのだろう。

まるで秘めた郷愁をやさしく呼び覚ますかのように。

*

人は、時に、この世界を前に、絶対的な孤独に立ちすくむことがある。

もう二度と世界とは関わらない──

そんな気持ちで心の扉を閉ざしてしまうこともしばしば。

にもかかわらず、心のどこかではいつも何かを求めている。

いつか傷つくと分かっても、世界の真ん中に飛び込んで行く。

もしかしたら、都会は、強者や野心家の集まりではなく、そんな淋しい人間が肩を寄せ合って生きている世界なのかもしれない。

お互いに傷つけない距離を保ちながら、温め合う方法を探して。

夢は遠い空へと旅立ちながらも、心は結局「ここ」に帰ってくるのは、そこに人がいるからだ。

この煩わしさから逃げたいと願いながらも、淋しさを癒してくれるのはやはり人でしかない。

そうして一度は失望した世界に戻ってみると、意外と人も優しいことに気付く。

誰もが心の奥深くに孤独や哀しみを抱えて生きているということも。

いつかまた心のしこりが溶けたら、誰かを愛する日も来るかもしれない。

その時には、この雨に煙る街もいとしく感じられるだろう。

いつか傷つくと分かっていても、生きて行くのはこの場所だ。

「ここ」が僕の故郷なんだ──。

*

というような気持ちかな。

ともあれ、ビリーさん。素晴らしい音楽をありがとう。

今でもやっぱり私の耳には「雨のニューヨーク・シティ・ザ・ナイト」と聞こえなくもないが、ビリーさんなら「それもアリだよね」と笑って許してくれるような気がする。

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CDとSpotifyの紹介

ビリー・ザ・ベスト by ソニーミュージックエンタテインメント
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1970年から80年代にかけての世界的ヒット曲が網羅されている。
ここで紹介した「New York City of Mind」=邦題「ニューヨークの想い」「ピアノマン」「素顔のままで」「ストレンジャー」など、まさにビリーの真髄をぎゅっと詰め込んだようなベスト盤。
今、私も聞きながら書いてます♪ 永遠に色あせない名曲ぞろいです。

ストレンジャー by ソニーミュージックエンタテインメント
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 中古 17点 & 新品  ¥500 から

ビリーのアルバムの中でもトップランクに位置づけられる最高傑作。
私も洋楽好きな友達にすすめられてダビングさせてもらったけど(カセットテープというやつでね)、それこそテープが擦り切れるほど聞きましたよ。
「イタリアン・レストランで」のピアノ・ソロにノックアウトされた思い出深い一枚です。

ニューヨーク52番街 by ソニーミュージックエンタテインメント
 定価  ¥1,402
 中古 18点 & 新品  ¥299 から

「ニューヨーク」というタイトルだけでお洒落に感じた少女期。
私の中では「大人の恋」の代名詞みたいな街でもありました。
国際結婚してから、一度だけ、バスで通り過ぎたことがあります。
夜の11時、ハドソン・リヴァー沿いに見た摩天楼の輝きが今でも忘れられません。
ここに収録されている「オネスティ」や「マイ・ライフ」は、私がFM大阪やNHK FMを聞き始めた頃にいつもかかっていた思い出の曲です。

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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