さようなら、オスカル ~『少女』から『女』へ  変容の時

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さようなら、オスカル ~『少女』から『女』へ

オスカルのように生きたい ~少女時代

私が初めて『ベルサイユのばら』を知ったのは、、小学校四年生の時だ。

テレビの劇場中継で、夢に見たようなお姫様が、大広間の階段を滑るように降りてきて、「マリー・アントワネットは、フランスの女王なので・す・か・ら」と、ばっと扇を広げるシーンにしびれたのがきっかけだった。

↓ 私がNHKの劇場中継で見たのは何組か、記憶に無いですが、この場面です。

その夏、家族で母の田舎の実家に遊びに行った時、中学生の従姉の部屋に単行本全巻を見つけ、姉と貪るように読破。
(同じ書棚にあったのが、山本鈴美香の『エースをねらえ』。当時の少女漫画読者のバイブルですね)

その後、ぼーっとしながら道を歩いていたら、農道で車にはねられ、入院。
(地元の警官に、「なんで都会の子が、こんな田舎で交通事故にあうの。僕、警官やって長いけど、交通事故なんて初めてや」と苦笑された)

お見舞いに来た近所のおばさんに、「何か欲しい物はない?」と訊かれ、臆面もなく「ベルばら」と答えたのが、私の「ベルばら道」の始まりだ。

一応、病人ということもあり、全巻を手に入れるのは、訳ないことだった。

思えば、物心ついた時から、「オトコ女」と呼ばれ、いつも男の子の取り巻きを引き連れては、男のように遊び、男のように振る舞い、「私はお嫁になんか行かないの。一生、好きな仕事をして、自由に生きるのよ」と広言してはばからなかった私にとって、軍を指揮し、男社会の中で、凜として生きるオスカルは、まさに理想の生き方そのものだった。

そして、オスカルが、女性にとって一つの天王山である結婚話を蹴り(第六巻)、父のジャルジェ将軍に、「感謝いたします。女でありながら、これほどにも広い世界を……人間として生きる道を……(与えて下さって)」と、自分の運命を受け入れた時から、それが私の志となり、座右の銘になった。

しかし、社会に揉まれ、一人で生活を立てていくことは、決して容易いことではない。

オスカルのように「世間を見たい」と欲を出した、温室育ちの花の行方は、失敗と赤恥の連続であった。

それでも、己の苦悩に意義を見出し、常に自身の選択を肯定的に受け止めてきたのは、「オスカルのように生きたい。私も、泣いて、愛して、この世で経験した全てのことに感謝して死にたい」という思いがあったからだ。

もし、この世にオスカルがいなかったら――池田理代子センセが存在しなかったら、意志をもって生きることの素晴らしさに、そこまで自信が持てなかったかもしれない。

ディズニーのヒロインが武器を手にして闘うようになった現代では当たり前だけども、私の子供時代は、決してそうではなかったからだ。

さようなら、オスカル ~『少女』から『女』へ

ところが、だ。

そうまで憧れたオスカルに、思いがけなく別れを告げる時がやって来た。

あれは結婚して間もない頃。

台所の片隅で、何年かぶりにベルばらの単行本を読み返していた時のことだ。

あんなに大好きだったオスカルに何のときめきも感じず、それまでほとんど興味のなかったマリー・アントワネットに己を重ね見て、滝のように涙を流すようになった。

それどころか、天翔るペガサスのようなオスカルの肩にぽんと手を置き、「無理すんなよ」と声をかける自分がいる。

これは一体、どうしたことだろう。

私は人間が変わってしまったのだろうか――?

まったく予期せぬ心の変化に、しばし茫然としながら、もう一度、じっくり読み返してみたが、やはり心を惹かれるのはマリーで、オスカルは遠い夢のように感じる。

あれほど好きだったのに、もはや共感するところが無くなってしまったのだ。

私にとって、マリー・アントワネットは、「囚われの女性」だった。

好きでもない男性に嫁ぎ、自由もなければ、自分らしく居られる場所もない。

常にしきたりに縛られ、偽りの微笑みを浮かべ、女王として生きていかなければならない。

「こうはなりたくない」

それがマリーに対する、少女時代の印象だった。

マリーの生き様は、運命に翻弄される、受け身の女、そのものに見えた。

当時、「自分の生きたい人生を生きる」ということが絶対的正義だった私にとって、好きでもない男性と結婚させられたり、遊んで、恋して、はたと気付けば断頭台……などという生き方は、どう見ても、「流された生き方」にしか思えなかったからだ。

しかし、年を重ね、精神的にも、身体的にも、女性という性を体験し、子どもをもって、家庭に入ってみれば、ペガサスのように自由に羽ばたいて生きるだけが「積極的な人生」ではないことが分かった。 

思うにならぬ現状と正面から向き合い、身動きが取れないなら、取れないなりに、自身の立ち位置に深く根ざす生き方も、一つの開拓であり、受動の中の積極性だと思うようになった。

本物の『意志』とは、高らかに宣言されるものではなく、深く、静かに、突き進むものなのだ。

そうした新しい視点から、マリー・アントワネットを読み直してみると、決して「流されっぱなし」ではなく、性根の据わった、闘う女の姿が見えてきた。

それは、オスカルの華やかな闘いに比べて、地味で、静かで、凡々としたものかもしれないが、それ故に、ひとたび、闘う意志が根を下ろせば、微動だにしない。

プリンセスゆえの愚かさもあったかもしれないが、最後は潔く運命を受け入れ、フランス女王として死んでいったマリーの生き様を思うと、ここにも一つの強い魂があったことを痛感せずにいられないのである。

女の人生 ~ペガサスの羽根より、大地の強さ

思えば、オスカルの憧憬を胸に抱いて、ひたすら自分の道を邁進していた頃、私は『生きる』ということを、頭では理解していたが、どこか覚束ないものもあった。

人生は実践ではなく、哲学の対象だった。

『女』と名の付くものであっても、中性で、その本能に目をつぶりながら、訳も分からず、突っ走っていたような気がする。

しかし、ある時期を境に、女性としての本能に素直になり、「家庭」という一つの地にどすんと根を下ろしてから、哲学は実践となり、母性という新たな道を歩み始めた。

母と呼ばれるようになった今、求められるのは、ペガサスの羽根ではなく、大地の強さである。

そうなって初めて見えてくる、人の強さや美しさがあり、以前は見向きもしなかったマリーの生き方に共感できるようになったのも、世界を、少女と母親の両面から見詰められるようになったからではないか――と思う。

そして、それもまた、人生の醍醐味であると。

いつかペガサスの羽根が落ちても

一生を、ペガサスのように、自由に天懸けて生きることは、恐らく、鼻先がつんと上を向いた女の子の共通の願いと思う。

しかし、いずれ、その身体の奥深くから、女性という『性』が目覚め、天翔ける願いとは対照的に、この大地に根ざそうとする強い本能を意識することもあるだろう。

その時、迷いや戸惑いを感じるかもしれないが、どんな生き方を選ぼうと、私たちは、自分が選んだ場所で、精一杯、命の花を裂かすことができる。

一見、縛られたような人生にも、意志をもつ自由は与えられている。

オスカルは、親の庇護から離れ、アンドレと結婚の約束をして、いよいよこれから、己の独立した人生を大地に積み上げようとした矢先に死んでしまった。

私にとって、オスカルは『永遠の少女』であり、私は「その先」を見てしまった女である。

少女時代の心の友は、いつしか、「ちょっぴり話の噛み合わない女友達」になり、マリー・アントワネットこそが心の友になった。

あるいは、オスカルの憧憬にそっと別れを告げ、マリーの哀しみに涙するようになった時、人は少女から抜け出して、豊穣たる女の人生に足を踏み入れるのかもしれない。

関連記事 → マリー・アントワネットの哀しみが心に流れてきた日 ~ベルサイユ宮殿探訪の思い出

ベルばらKidsプラザ『東欧ベルばら漫談』について

この投稿は2007年~2008年にかけて”優月まり”のペンネームで『ベルばらKidsぷらざ』(cocolog.nifty.com)に連載していた時の原稿です。サイト内の『東欧ベルばら漫談』の一覧はこちら

池田理代子のおすすめ本

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初回公開日 2010年5月6日

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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