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大阪・梅田32番街 クラシックの殿堂「大月シンフォニア」永遠の響き

目次

【はじめに】 クラシック専門店『大月シンフォニア』について

10年以上前。

大阪はキタの梅田の阪急32番街の30階(確か・・)に「大月シンフォニア」というクラシック専門店があった。

ガラス張りの見晴らしのいいフロアには、品のいいクラシックの名曲が流れ、レーベルや演奏家ごとに見映え良く整理された商品棚には、歴史的名盤から最新のアルバムまで、クラシックのCDやLD(当時、まだDVDは無かった)が所狭しと並べられ、クラシック・ファンが泣いて喜ぶ豊富な品揃えで知られていた。

また店員さんのクラシック音楽に対する知識も並大抵ではなく、「○○のおすすめCDはどれですか?」と聞けば、「歴史的にはフルトヴェングラーが有名だけど、最近はアバドは人気がありますねえ。古典的な解釈を楽しまれるのでしたら、こちらのベームも興味深いですが、レヴァインなんかどうですか。カップリングの収録曲がなかなかいいですよ」……等々、優しく、丁寧に教えて下さるし。
「○○が主演している『白鳥の湖』のLDを探してるんですけど」と聞けば、商品棚をひっくり返し、カタログを何冊も繰って、一所懸命に探して下さるし。

まるで音楽の先生みたいに親身で、上品で、同じようにクラシックのCDを買っても、「大月」で買うと値段以上に得した感があり、本当に幸せな気持ちになるのだった。

だから、梅田に行けば、必ずといっていいほど「大月」に立ち寄っていたし、欲しいCDがあれば、たとえ他の店で見つけても、「大月」で買うようにしていた。

「大月」で買ったCDは、どこか特別な輝きがあって、その一つ一つを手に取ると、優しくアドバイスして下さった店員さんの顔が思い浮かぶのだった。

当時、私がハマりにハマっていたのがワーグナーとバレエとオペラで、CDとLD代に加え、参考文献、写真集、来日コンサート、名古屋や東京の劇場での観劇代および宿泊・交通費などを含めれば、ゆうに60~70万円は使ったのではないかと思うほど。

そのうちの20万円は確実に「大月」で使ったし(その半分はワーグナーに捧げた)、1000円のお買い上げごとにスタンプを押してもらえるメンバーズカードがいっぱいになり、1万円の割引サービスをゲットした時には、ご贔屓の応援に通い詰める会社員よろしく、

「もっとこの店を盛り上げてあげたい」

なんて、一方的にラブラブの自己満足にひたったりしたものだ。

それほどまでに愛した「大月」。

大阪・梅田に燦然と輝くクラシックの殿堂が、ある日突然、閉店となり、固く閉ざされたシャッターにお知らせの張り紙を見た時は、太陽がいきなり沈んだように茫然自失としたものだ。

この30階から飛び降りて、わーーーっと叫びたいくらいショックだった。

なぜ――??

あんなに通い詰めたのに。

ここでしか買わなかったのに。

私の落とした20万じゃ足りなかったの??  ← 当たり前だ~

こりゃあ、絶対、後からテナントに入った紀伊国屋の陰謀だよ、あやつら金の力に物を言わせて、「大月」を32番街から追い出したに違いない!!

……なんて、勝手に妄想したりして。

しばらくは、紀伊国屋で立ち読みするのもイヤになったくらいです。。

実は、母体だった「大月楽器」さんという企業が倒産したのが原因なのだそうだが――。

「大月」の去った32番街は、まるで図体がデカイだけの亡霊のようで、もう二度と上階に上がる気はしなかった。

私は梅田から大きな心の拠り所をなくし、これからどこでお気に入りのCDを買えばいいんだろう……と。

あの大阪駅前の歩道橋をぐるぐる回りながら、「大月」に通い詰めた黄金の日々に想いを馳せたものだ。

それから程なく、梅田の地下街を抜けた所に外資系の「黄色いレコード店」(←アレだよ、アレ)がオープンし、若向けの店の割には立派なクラシック・コーナーも開かれて、「大月」に肉迫するような品揃えで客を呼んでいたが、仕方なく配属されたような茶髪の兄ちゃんにおすすめのCDを聞く気もしなくて、足元の地底100メートルに何度「ばかやろー」と叫んだかしれない。

あんな素敵な店を潰すなんて。

大阪の住民は、いったい何にお金を使っているのだ?

その飲み代で、ワーグナーのLDを買おうという気はないのかっ。

コムロなんか聞くヒマがあったら、ベートーヴェンでも聞けっ。

……なんて、一人で荒れてさ。

泣けたね、しばらくは。

その想いが高じて書いたのが、次のエッセーだ。

かのクラシックの一流誌『音楽の友』に投稿したら、すぐに採用された。

『音楽の友』なら、「大月」の店員さんもきっと読んでおられるに違いない、少しでも私の「ありがとう」を届けたい。

そんな気持だった。

【音楽の友より】 「大月シンフォニア」の閉店に寄せて

先日、ラマニノフのCDを求めて、いつものように貴店に行ったら、ドアは固く閉ざされ、何やら張り紙が……。
読んで、私はその場にへたりそうになりました。私の後ろにいたおじいさんも、茫然と張り紙を見つめていました。

大阪に来て一番感激した事は、貴店のような、素敵なクラシックの専門店に出会ったことです。
豊富な品揃え、窓から見る風景、さりげないBGM……せわしい大阪のど真ん中で、あの場所だけが時間が止まったように穏やかで、ずらりと並んだCDのタイトルを見て回るだけでも、浮き浮きしたものでした。 

だけど何より良かったのは、店員さんがとても親切で、信頼できたことです。
すでに廃盤になっているバレエのLDを一緒に捜して下さったり、フルトヴェングラーのお薦め盤についていろいろ教えて下さったり、プレゼントにするLDを丁寧にラッピングして下さったり……本当にお世話になりました。

私の姉も妹も、大阪に出てきた時は貴店に寄るのをとても楽しみにしていましたのに、もうお会いできないのですね。

近くには黄色い大手のチェーン店がありますが、味気なくて、買う喜びがありません。
これから選択に迷ったら、いったい誰に相談すればいいのでしょう?

その晩、貴店で買うはずだったヴォカリーズを聴きながら、私は心の中で泣きました。
いろいろ事情があったのでしょうが、いつか何処かでもう一度、お店を再開して下さい。 

四年ちょっとの短いお付き合いでしたが、貴店のことは忘れません。
本当にありがとうございました。

大月シンフォニア

【後日談】 新店舗に貼られていたコラムの誌面

それからしばらくして、我が家にダイレクトメールが届いた。

「大月シンフォニア」が、クラシック専門店「シンフォニア」として再開しました……というお知らせだった。

メンバーズ・カードの住所録に送って下さったのだろう。

私はドキドキしながら駆けつけて・・

お店のカウンターの向こうに、懐かしい店員さんの顔を見た時には、本当に涙が出るほど嬉しかった。

だけど、もっと嬉しかったのは、あの『音楽の友』の記事を大きくコピーして、店頭に貼りだして下さっていたことだ。

「ありがとう」の気持ちが伝わったのかな……と思うと、二度、泣けた。

あれからいろんな事があって、私もバタバタと日本を後にしたけれど、「大月シンフォニア」はまだあるのかしら。
ネットで探したけど、これといった確かな情報は見当たらなかった。

私は「文化」なんて言葉は使いたくないけれど、「大月」は本当に良質な文化の象徴だったように思う。

品の上でも、心の上でも――。

そういうものが、時代の煽りを受けて、消えて無くなるというのは、あまりに淋しく、どこか情けない。

こういう店こそ、一番見晴らしのいい場所で生き続けるべきものなのに。

あの日、一緒にバレエのLDを探して下さった店員さんは、まだお元気だろうか。

いつも穏やかな微笑みを浮かべて、おすすめCDを教えて下さった、お店の長老さまは……?

あの日、あの時、「大月」で、ワーグナーやオペラやバレエに出会えたことを思うと、人間の精神や文化は決して一人で成り立つものではない――と思わずにいられないのである。

【メルマガ・コラム】 音楽家を産み育てるのは、音楽を愛する人々

《小さな奇跡》というタイトルでメルマガに掲載したものです。

どんな形でも、原稿を書いていると、小さな奇跡がたびたび起こります。外的にも、内的にも。

外的奇跡で一番印象深いのは、クラシック専門誌『音楽の友』のリーダーズ・コーナーに掲載された文章をめぐる出来事です。

当時、私はこのコーナーにちょくちょくお邪魔していたのですが、ある号で、私が贔屓にしていたクラシック専門のミュージック・ショップが突然閉店になった時の話が掲載されました。

その店も店員さんも本当に大好きだったので、閉店を知った時にはどうしても書かずにいられなかったのです。またその裏には、『音楽の友』なら読んでおられるかもしれない――これを通じて私なりのメッセージを伝えることが出来るかもしれない――という思いがありました。もちろん投稿したところで掲載される保証はないのだけれど、不思議と書いている間に(あ、これは掲載されるな)というのが分かるんですよね。私は確信をもって投稿し、翌々月、きっちり掲載されました。そして店員さんにそのメッセージが届くことを心から祈ったのです。

それから半年ほど過ぎた頃でしょうか。『場所を移転して再開しました』という案内の葉書が届きました。私はさっそく雑居ビルの一角に再開された店に足を運びました。そして、店内の壁に、拡大コピーされた私の文章を見つけたのです。私はラフマニノフのCDを買い、レジの所で店員さんに聞きました。「あの……*月号の『音楽の友』、ご覧になりましたか」すると店員さんは「ええ、ええ」と頷き、「店を閉じてから、『音楽の友』は全然読んでなかったのですが、先日、うちの常連さんから話を聞いたのです。『*月号の音楽の友に、この店の話が載っていたよ』って。それで、すぐにその方からコピーを送っていただいて、読みました」

で、ここで黙って立ち去れば、もっとスマートだったんだろうけど、私はついつい言いました。「あれを書いたのは、私です」と。

その場では、何処の誰かは名乗りませんでしたけど、後で掲載された名前をたよりに顧客名簿で探されたのでしょう。店員さんから新年の挨拶を兼ねた丁寧なお礼状が届きました。「これからまた頑張ります」と。

店舗の規模は全盛期の四分の一ほどになり、豊富な品揃えを誇っていた頃とは比べ物にならないほど縮小しましたが、何より嬉しかったのは、お礼状に堂々と記されていた『当店はクラシックしか置いていません』という言葉です。どんなに規模は縮小しても、「クラシック専門店」としての誇りや自信を大切にして欲しかったから。そして、それこそ私が伝えたかった最大の気持ちだから。

今でもこの店はクラシック愛好家のお客さんに支えられ、頑張っておられます。金持ちが買って返すなら、私は書いて返すのが流儀とでも申しましょうか。ちょっとでもお役に立てて良かったです。こうして書いた気持ちを大事にして頂けるのが一番嬉しいですね。

ところで――今は何でもかんでもメガストア化して、数さえ揃えればどうでも良いようなところがありますが、その影響で、こうした専門店が押し潰されてゆくのは、ハッキリ言って、文化の損失だと思います。

狭い裾野に高い山は立たないように、優れた才能を傑出させるには裾野の拡充が必要です。音楽家を生み育てるのは音楽家ではなく、音楽を愛する人々、良い商品を提供する店、充実した教育システム、文化を理解し保護できる社会――そういうもので構成される、広くて中身のある裾野なんですから。

上記のお店にしても、客として訪れるクラシック愛好家(聴衆、学生、演奏家etc)に、いろんなものを与えていました。知識、理解、情熱、夢……今まで知らなかった音楽家や楽曲に出会った人も多かったと思います。事実、私もあのお店でフィールドをうんと広げましたから。

市内を見回せば、豊富な品数を誇るメガストアはゴマンとありますが、客にあれだけ丁寧かつ適切に受け答えのできる店員さんがいるのは、あの店だけですね。だから常連さんも付いて離れないのでしょう。

まあ、私も時には珍しい輸入版を求めてメガストアに立ち寄ることもありますが、大事な一品はやっぱりあの店で買うことにしています。

初稿 2000年1月1日

【おまけ】 クラシック・ギャグ

【 当時、誰も笑ってくれなかった クラシック・ギャグ ・・感動が急速に萎える寒さです・・ 】

・London Decca そうでっか。

・東芝 恵美ちゃん

・フルベン ドカベン 京都弁 (フルベン=フルトヴェングラー)

・ジェームズ・レヴァイン マンボウ(魚) ← 似てる

・イッヒ ハイドン 親子丼 (←そういうCMがあった)

Photo:和食レストラン『ちょうつがい』http://www.opefac.com/choutsugai/
大月シンフォニアからの眺めもちょうどこんな感じでした。

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