『猿の惑星、一枚』 おひとり様の映画列伝
おひとり様の肩身が狭かった時代
「おひとり様」や「一人で生きること」がすっかり市民権を得て、今や女性が一人でカラオケに行こうと、ホテルのシングルプランを満喫しようと、誰にも何も言われなくなりました。
しかし、私の青春時代は、彼氏・彼女がいるのが当たり前、休日はデザイナーズ・ブランドのワンピに身を包み、カフェバーだの、ラウンジだので、お洒落にディナーを楽しむのが当たり前みたいな風潮でしたから、おひとり様は本当に肩身が狭かったし、周囲からのプレッシャーも相当なものでした。
「休みの日は何してるの、デートはしないの、なんで彼氏がいないの、いつ結婚するの」
若い娘が質問攻めにされるのは、90年代も、現代も、変わりないですが、現代はそういうことを口にすると、セクハラだ、人権侵害だ、と騒がれるだけ、まだ救いがあると思います。
その点、80年代、90年代、2000年の初頭ぐらいまでは、おひとり様はまだまだ肩身が狭かったし、シングルライフが市民権を得たのは、ここ10年ぐらいの話です。
というより、社会構造的に、国民全体がシングル化して、ホテルも、飲食店も、福祉事業も、シングル対応のサービスが拡大しているというのが実情なのかもしれませんが。
何にせよ、社会人が一人で行動して、それが当たり前に受け入れられる傾向は有り難いことです。
一人でレストランで飯食ってる時の、あの突き刺さるような視線は何なのか。
周囲の客をじろじろ観察してるヒマがあったら、自分のメシに集中しろよ!!
と言いたくなりますよね。
一人分のチケットを買うのは勇気が要った時代
そんな私の一番恥ずかしい思い出は、『猿の惑星、一枚』でしょうか。
ここでいう『猿の惑星』は、チャールトン・ヘストンの名作でもなければ、21世紀に制作された新三部作でもない、2001年にティム・バートンが手掛けた『猿の惑星』です。
独特の世界観で定評があるティム・バートンが不朽の名作のリメイクに挑んだ話題作で、今をときめくマーク・ウォルバーグの出世作でもあるのですが、なぜか世間の評価はいまいち。私はオープニングも美術もティム・バートン監督らしい意欲作だと感じたのですが、あまり捻りのない脚本やチャールトン・ヘストン版とはまったく異なるエンディングなどが、オリジナル原理主義者の不興を買ったのでしょうか。未だに『駄作』と公言する人もあり、本作を気に入っている私としては少々淋しい気がします。
それにしても、何が心に刺さる、って、映画館のチケット売り場での『猿の惑星、一枚』でしょう。
当時は、オンラインサービスもそこまで充実してなかったし、スマホのQRコードもなければ、自動券売機もない。
土曜の午後、上映時刻の30分前には映画館に行って、チケット売り場の長い行列に並び、窓口で買い求めなければならなりませんでした。
そして、土曜日の午後といえば、若者グループやカップルがチケット売り場の前でキャッキャとはしゃぎ、おひとり様に居場所などありません。
居場所が無いだけならまだいいが、チケットを買い求める時、幸せそうな人々の間に挟まれて、自分が鑑賞したい映画のタイトルを、売り場のお姉さんに口頭で伝えなければならない、という苦行が待っています。
それも、若い女性が好みそうな恋愛映画やアイドル主演の邦画なら格好もつきますが、若者グループやカップルが「恋人たちの予感、二枚」とか、「プレデター、四枚」とか、楽しそうにオーダーしている横で、洒落たブランドのスーツに身を包んだ30代独女が、『猿の惑星、一枚』とか口にすれば、周りの視線がどうなるか、容易に想像がつくでしょう。
しかも、チケット売り場には、コミュニケーションが図りやすいよう、マイクとスピーカーが設置されていて、ガラス窓の向こうで、きれいなお姉さんが、生真面目に復唱するわけですよ。
「ありがとうございます。猿の惑星、一枚 でございますね」
それも、間違いを防ぐ為に、映画のタイトルを特に強調して。
こっちとしては、(復唱はええから、さっさとチケットを寄越せや)みたいな気分ですよ。
また、そういう時に限って、お姉さんの動作が非常に丁寧で、釣り銭を待っている間に、こんな周囲の心の声が聞こえてくるんですね。
(おいおい、この女、土曜の午後に、一人で『猿の惑星』とか見るのかよ)
「うわー、この人、こんなキラキラした格好で、猿の惑星なんか見るんだ、しかも一人で!! )
えー、えー、そうでございますとも。
だって、ティム・バートンの最新作だよ?
かの名作のリメイクだよ?
映画ファンがこれを見逃すなんて、もぐりじゃん。
彼氏とデートや暇つぶしでやって来る、あーた達と違って、あたしは映画鑑賞に命かけてんの。
猿の惑星だろうが、エマニエル夫人だろうが、話題の作品は一人でも観ますよ。
どのみち、この世は一人じゃないか、オギャアと生まれる時も一人、死にゆく時も一人、一人で悪いか?!
……と思いながら、いつも一人分のチケットを買い求めていました。
ちなみに、私は、映画や舞台芸術、美術展などは一人で観る主義なのです。
鑑賞後の余韻に浸っている時に、「なんか、いまいち、よう分からんかったね」とか言われると、ムッカーとくるタイプなので^^;
その点、今はいいですよね。
恥ずかしい映画のチケットも、漫画本も、オンラインでこそっと買えるし、おひとり様にも市民権があるし。
私なんか、『北斗の拳』の愛蔵版も書店で全巻、購入しましたけど、超絶恥ずかしかったから(『猿の惑星』の比ではない)
それもレジ係が若い男の店員だと、もう最悪。
(おいおい、この女、マジで『北斗の拳』とか読むのかよ)
突き刺さるような視線を感じますからね。
それに比べて、IT化が進んだ現代は、書店やレンタルビデオ店で恥ずかしい思いをすることもなければ、本や映画を借りる為に、わざわざ外出する必要もない。返却に出掛ける必要さえない。どんだけ恵まれてるんだと思います。
しかも、これだけ理解が進んでいる中で、「おひとり様」を躊躇するなんて、本当にもったいない話です。
映画館だろうと、ビュッフェだろうと、海水浴だろうと、気になるものがあれば、どんどん一人で行動せねば。
後で振り返って、「ああ、あの時・・」と悔やんでも、二度とその機会は訪れないですよ。
ちなみに、女性誌などでは、「一人で行動できる女は格好いい」「私を磨く贅沢な時間。お休みの日は“おひとりさま”を楽しもう」みたいな価値観もありますけど、おひとり様って、「ほら、私って、こんな素敵な生き方をしてるわよ」と、いちいち勝利宣言するものではなく、自身の美学の『選択の結果』だと思います。映画を楽しむのも、旅行に出掛けるのも、それが最上の形態であるから、一人で行動するだけで、「いい女だから」みたいな後付けは完全に間違いです。
『猿の惑星、一枚』であっても。
ティム・バートンの『猿の惑星』
ティム・バートンといえば、アメリカンコミックの『バットマン』もポップなのりで仕上げ、熱心なオリジナル原理主義者の不評を買いましたが、私はこれほどユニークな造形のできる監督も二人とないと思ってるし、『シザーハンズ』はもちろん、『The Nightmare Before Christmas』のオープニング、This is Halloweenの美術や演出も神業や思っています。
1989年公開のバットマンも、クリストファー・ノーラン版のファンには違和感があると思いますが、この作品は、『バットマン』というキャラクターを横において、ダークなゴッサムシティのアニメヒーローものとして観れば、色彩の美しさ人物描写に魅了されると思います。ジャック・ニコルソンのジョーカーも最高でしょう。プリンスのヒット曲にのせながら、町中に札束をばらまく場面もよかった。
ジョーカーの衣装も、本当に色使いがいい。
そんなティム・バートンの『猿の惑星』だから、通には観る前から予測がつきそうなもの。
私も、チャールトン・ヘストン版の焼き直しではなく、バートン色のユニークな造形が売りなんだろうと予想していたら、本当にその通りで、前作の哲学性を期待していた人からすれば噴飯ものだったと思うけど、これはこれで見応えがあって、「猿社会がなぜ火器を禁じるか」という理由もちゃんと描かれています。このエピソードが21世紀の新三部作にも繋がっていて、ヘストン版から通して観た人には、すとんと腑に落ちるはず。このあたりの連携は見事ですよ。
このオープニングも、今はほとんど話題にならないけども、映画館で観た時には引き付けられました。
いつか高画質で観る機会があれば、ぜひご覧になって下さい。
ラストもヘストン版とは全く異なりますが、それはそれで風刺が利いて面白かったです。
美人女優のヘレン・ボナム・カーターが、ここでは心優しい学者を演じ、その魅力は猿の特殊メイクにも負けない。
猿社会では足で文字を書くという、小さな場面にも拘り。
猿の上流社会のダイニングルーム。ティム・バートン監督らしい、ユニークな造形。
人間が奴隷として売り買いされる。
人間の女の子が猿の少女にペットとして飼育される。逆の立場から見れば、そうなりますね。
猿社会に突然現れた未来人のレオ・デイヴィッドソン大尉(マーク・ウォルバーグ)に怪しさを感じるセード将軍。
人間の最大の負の遺産である火器を手にして、冷酷さを増す。
他にも細部までこだわった作りがされています。
確かに、SFアクションとしても、人間ドラマとしても、ストーリー的に中途半端な印象は否めませんが、決して駄作ではないし、所々に散りばめられた人間社会への風刺や警告も興味深いですよ。
出演者 マーク・ウォールバーグ (出演), ティム・ロス (出演), ヘレナ・ボナム=カーター (出演), マイケル・クラーク・ダンカン (出演), ポール・ジアマッティ (出演), エステラ・ウォーレン (出演), ケリー・ヒロユキ・タガワ (出演), ティム・バートン (監督)
監督
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