ポケットに名言を

寺山修司との初めての出会い ~『ポケットに名言を』から踏み出す人生の第一歩

ポケットに名言を

人間、「己を知る」というのは時に残酷なものです。

やりたいことがない、何がしたいのかも分からない、自分が何ものか知ることもなく人生を終える人がいる一方で、かなり早い時期に自身の個性や能力に気付き、それに人生の全てをぶっ込む人もいる。そう言うと、多くの人は、「個性や能力に恵まれて羨ましい」と思うかもしれません。でも、現実はその逆です。本来、人間を豊かにするはずの個性や能力が、いつしか本人に取って代わって人生を支配するようになる。自分が能力をふるうのではなく、自分自身が能力に使われるようになるのです。

そして、世間一般に言われるように、目に見える形で成果をあげ、社会的にも評価されることは非常に難しいものです。一つの星の下には累々たる屍の山があり、能力を伸ばしきれずに深い挫折感を味わう人、諸事情から断念せざるを得ない人、最後まで運に恵まれなかった人、いろんな苦悩が渦巻いています。自分の能力に懸けることは素晴らしいかのように称えられますが、それは人並みな幸せや平和な暮らし、世間一般で良しとされる価値観に背を向け、ひたすら己と向き合う偏屈な生き方でもあり、一歩間違えば、一生変人・奇人の烙印を押され、社会的にも破滅しかねないデンジャラスな道です。

ゆえに、多くの良識ある家族や知人は、身内の誰かが「ミュージシャンになりたい」「会社を辞めて、新規事業に打ち込みたい」などと言い出すと全力で阻止し、屍の末路をこんこんと説くのです。

[passster password=”luuk”]

私の場合、「何か」に気付いたのは七歳の時でした。

ふと思い立って、ジャポニカ学習帳に『小公女』と『シンデレラ』を足して二で割ったような物語を書いたのが始まりです。

書き終わった時、「これが自分に与えられたものだ」と感じました。それは「作家になりたい」という願望とは少し異なり、「それゆえに我が在る」みたいな気持ちです。

以来、原稿用紙が私の住処でした。

言葉を縦横無尽に組み合わせ、一つのストーリーに織り上げるのが面白くてたまらない。夢や意思や感情という、漠然とした靄を形と成し、言葉に磁場を発生させる楽しさです。

私は決して作文上手ではないですが、書けば人が引き込まれるのは自覚していました。でも、その力が何を意味するのか、小説を書けばいいのか、新聞記者を目指せばいいのか、それを具体的に示唆してくれる大人はなかったのです。

そうして高校生になり、いよいよ自分の進路を決めねばならなくなった時、私は一つの壁にぶち当たりました。

進路よりも、何よりも、自分の能力を結晶させる『テーマ』が欲しくなったのです。

マーガレット・ミッチェルに「スカーレット・オハラと南北戦争」があったように、カール・マルクスが生涯をかけて共産主義を構築したように、私も自分の全てを結晶できるような『テーマ』が欲しい。小説であれ、ルポルタージュであれ、自分にしか書けない生涯のテーマを渇望するようになったのです。

でも、そのような動機を誰が理解するでしょう。

ただでさえ作家志望なんてのは、自分を客観視できない人の妄想にしか思われないのに、まして「人生のテーマ探し」など、いつの時代の中二病、そんなことをクヨクヨ考える暇があったら、勉強せえ、勉強! 忠告する親は実に真っ当至極であり、それが分かるから子供はますます苦しみます。当然のこと、家庭内における私の立ち位置は『みにくいアヒル』の如く。ただアンデルセンと違うのは、惨めな気持ちで追い立てられるのではなく、『花の慶次』みたいに颯爽と世に出ようと考えていた点です。

大学に行こうと思えば行けたけど、あと四年もこの家で暮らし、籠の中の鳥みたいに監視されるのは耐えられない。そもそも親に逆らいながら、親にご飯を食べさせてもらうのも屈辱ではないか。それに大学に行ったところで、確実にテーマが見つかるわけでもなし、結局、何をもモノにできないまま何百万円をドブに捨てるぐらいなら、自活しながら道を模索した方がいい――。

そんな思いで本屋を巡っていた時、書架に並んだ一冊のタイトルに目を引かれました。

家出のすすめ 寺山修司

なんとまあ、世の中には真逆をいう大人もあるのだなと新鮮な気持ちで立ち止まり、その時、初めていくつかの著書に手を伸ばしました。

ただ『家出のすすめ』は、期待した内容とは少し趣の異なるエッセーで、現実に自活したい私のマニュアルにはならなかったのですが、その代わり、別の本を買って帰りました。それが『ポケットに名言を』です。

最初の一ページを繰った時、一目で天才だと直感しました。

私のいう「天才」とは、美文家や弁士ではなく、真の意味で言葉に人生を懸けられる人――「言葉」というものを絵画や彫刻と同じ魂の造形と捉え、それを完璧に織り上げることに凄まじいまでの執念を持っている人です。

言葉を友人に持ちたいと思うことがある。
 それは、旅路の途中でじぶんがたった一人だということに気がついたときにである。

たった数行で何が分かる――と思うかもしれません。

でも、分かる人には、分かるのです。

他の誰とも異なる言葉の閃き。

自身の悲傷や苦難さえ題材にできる作家の眼差しと、生きることへのひたむきな思い。

そして、芸術への敬意。

それに続く一文も、まさに私が聞きたかった言葉でした。

そのかわり私は、詩人になった。そして、言葉で人を殴り倒すことを考えるべきだと思った。私は言葉をジャックナイフのようにひらめかせて、人の胸の中をぐさりと一突きするくらいは朝めし前でなければならないな、と思った。
 だが、同時に言葉は薬でなければならない。さまざまの心の傷手を癒やすための薬に。エーリッヒ・ケストナーの「人生処方詩集」ぐらいの効果はもとより、どんな深い裏切りにあったあとでも、その一言によってなぐさむような言葉。

その通りです。

毒にも薬にもならない事をお上品に書き綴っても、人の心を動かすことはできません。論文や報道なら、道義や公共性も重視されますが、私たちは文人です。その中では、嫉妬も、孤独も、殺意も、絶望も、心に残る芸術として昇華します。そして、私が言葉に表したいのは、まさにあなたの主張の通りなのです。

そして、それだけならば、ユニークな名言集で終わっていたかもしれません。

私が非常に共感したのは、あとがきに記されたこの一文。

そして「名言」などは、所詮、シャツでも着るように軽く着こなしては脱ぎ捨ててゆく、といった態のものだということを知るべきだろう。

この一言に、この方の生き様や価値観が凝縮されているように感じました。

人間は日々生まれ変わり、多くのことを経験します。目に映る風景も、感じ方も、大切なものも、その都度、変化するのが自然です。

また、そのように柔軟でなければ、世間の荒波を乗り切ることはできないし、常に新しい目で物事を見る好奇心がなければ、進歩も変化もない。一カ所に留まって、一つの思想に拘泥するのではなく、様々な価値観を楽しみ、もっと伸びやかに生きようじゃないか、と呼びかけているようにも感じました。

一方、この方はあらゆる芸術の真の愛好家でもある。立派な先生が書いたから、一番売れているから、世間並みな物差しで価値を測ったりしない。きらりと光るものがあれば、誰のどんな作品でも、たとえ語法や文体が雑でも、心から一緒に楽しんでくれる。それは言い換えれば、人間を愛する気持ちに他なりません。『ポケットに名言を』に映画の台詞や昭和歌謡曲のフレーズが引用されているのも、その現れでしょう。

それから寺山修司は言葉の友人となり、テーマを追い求める私の唯一の理解者となりました。

たとえ永久に逢えないとしても、こういう大人が存在したという事実が心の支えなのです。

この本は、一つのテーマに食らいついて、それを成し遂げるまでの私の道中記でもあります。私はそれを『六羽の白鳥(グリム童話)』の妹姫みたいに内に秘めて、所願成就するまで決して口にすることはありませんでした。恃むのも自分なら、実際に手足を動かすのも自分、たとえ同志や援助者が得られなくても、自分のビジョンを形にするのは自分自身に他ならないからです。

でも、寺山修司だって、そうなのです。

「旅路の途中でじぶんがたった一人だということに気がつく」というのは、「どこにも友達がいません」という意味ではありません。

もし、本気で己の芸術を極めようと思ったら、前にも、後ろにも、手本となるものはないし、誰かがやり方を教えてくれるわけでもない。ファンが万人いようが、世界中から表彰されようが、書くのは己一人だし、いつも周りの誰かが励まし、称賛し、自分の求めるものを与えてくれるわけじゃない。むしろ前例も手本もないから唯一無二の存在になるのであって、ファンや理解者が欲しいなら、いつも周りが喜ぶことだけやっておればいいのです。

この世には、必死で手を伸ばしても星を掴めない人の方がきっと多いし、周りに理解されず、みにくいアヒルの子みたいに荒野をさまよってる人も少なくないと思います。どれほど大志を抱いても、周囲の心ない言葉に落ち込み、不安に駆られることもあるかもしれません。

[/passster]

でも、言葉を友人にもてば、たとえ独りになっても、道を見失うことはありません。世界のどこかには、あなたの気持ちを代弁し、痛みも悲しさも分かち合ってくれる本がきっとあるはずです。

私にとっては寺山修司がそうでした。

あなたのポケットにも、寺山修司を一冊。

世界で最も勇気ある一歩を踏み出して下さい。

 ポケットに名言を (角川文庫) (文庫)
 著者  
 定価  ¥440
 中古 108点 & 新品  ¥1 から
  (0 件のカスタマーレビュー)

初稿 2017年5月7日

>海洋小説『曙光』MORGENROOD

海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属ニムロディウムをめぐる企業と海洋社会の攻防を舞台に描く人間ドラマ。生きる道を見失った潜水艇パイロットと愛を求めるフォルトゥナの娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
Kindle Unlimitedなら読み放題。
Amazonの海洋学ランキングで一位を記録。

CTR IMG

Fatal error: Uncaught Error: Call to undefined function WP_Optimize() in /home/marier/novella.works/public_html/wp-content/plugins/wp-optimize/cache/file-based-page-cache-functions.php:136 Stack trace: #0 [internal function]: wpo_cache('\r\n<!DOCTYPE htm...', 9) #1 /home/marier/novella.works/public_html/wp-includes/functions.php(4344): ob_end_flush() #2 /home/marier/novella.works/public_html/wp-includes/class-wp-hook.php(286): wp_ob_end_flush_all('') #3 /home/marier/novella.works/public_html/wp-includes/class-wp-hook.php(310): WP_Hook->apply_filters('', Array) #4 /home/marier/novella.works/public_html/wp-includes/plugin.php(465): WP_Hook->do_action(Array) #5 /home/marier/novella.works/public_html/wp-includes/load.php(954): do_action('shutdown') #6 [internal function]: shutdown_action_hook() #7 {main} thrown in /home/marier/novella.works/public_html/wp-content/plugins/wp-optimize/cache/file-based-page-cache-functions.php on line 136